無敵な僕らはサイコーの死に方を探すのだ。

馬草 怜

無敵な僕らはサイコーの死に方を探すのだ。

「なんかもうどうにもならんな。死ぬか」


「そうしよっか」


 特にやることも無い昼下がり。クソ暑い六畳一間のアパートで俺たちの死に方探しが始まった。


「やっぱ練炭? その辺で売ってるし」


「密室作るのどうするよ。車はねえし、この部屋隙間だらけだぞ」


「確かにねえ。なら硫化水素もダメか」


 はなはメモ張に書いた「練炭」と「硫化水素」の文字の上に大きく×印をつけた。そしてボールペンをカチカチ鳴らし続ける。


「『れき死』はどう? 電車か新幹線か。結構現実的な案だと思うけど」


「アリっちゃアリだが……せーので飛び込むのか? なんか陸上競技みてえだな」


「言われて見ればダサいか。そんなら△で」


 華は続けて「轢死」と書くかと思いきや、ペンを構えたまま固まってしまった。


「どうした?」


「いや、うーん……」


「なんだよ」


「れき死の『れき』ってどう書くんだっけ」


「ひらがなでいいだろ……」


 寝不足のヒキガエルみたいな華の横顔を眺めていると、段々腹が減ってきた。

 そこら辺に転がってたカップラーメンの箱を拾い、ビニールを強引に破る。


「服毒は? どんぶり一杯の毒飲んだらさすがに死ねるでしょ」


「メシ食うタイミングで言うなよ……」


「まあ毒じゃなくて薬でもいいんだけど。ODとかいうやつ」


「成功率低くない? あと下手すりゃゲロで窒息死すんぞ」


「それはちょっと嫌だな」


 華がうんうん唸っている間にカップラーメンに湯を注ぐ。ボロっちいヤカンでも湯は沸かせるものだ。

 あとは三分待つだけ。長いようで短い時間。


「凍死とかどう? 北極とか行ってさ、オーロラ見ながら死ぬの」


「金あんの?」


「無い」


「即答かよ」


 まあ、この暑苦しい夜に「北極」という響きはなかなか魅惑的だった。

 いっそ冷凍庫に入って死ぬか? 全身どころかケツも入んねえだろうけど。


「それならアレ、焼死とか」


「死ぬほど痛いらしいしなあ」


「そりゃそうでしょ、死ぬためなんだから」


「焼死体見たことあるか? 皮膚はベロンベロンになるしめちゃくちゃ臭いぞ」


「臭いのは嫌だな。『臭い』って言われるのが一番傷つく」


 華はそう言うと唇を噛んだ。コイツはガキの頃めちゃめちゃに苛められてたらしい。

 気づいたら家から出られなくなって、そのまま10年経って、最近親から見捨てられた。

 それでも華は親を恨んでないそうだ。「仕方ないよね」がコイツの口癖。

 殊勝なことだ。俺は親を殺してやりたいと思ってんのに。


 もうとっくに三分過ぎたであろうカップ麺を開けると、香ばしい匂いがした。

 死にたくても腹は減るもんだ。ゴミクソみてえな世の中でもカップラーメンは旨い。


「餓死、は無理か。アンタもアタシも堪え性ないしね」


「わかってんじゃねえか。たぶん二日目で菓子パンとか食いたくなるしな。あんパンがいい。腹減ってる時は、やっぱな」


「じゃあここで本命。飛び降りは? ビルでもできるし致死率も高いよ」


「下に人いたら可哀想じゃん」


「いないとこを探せばいい。東尋坊とか」


「自殺防止のネット張られてるらしいって聞いたけど」


「じゃあ無理じゃん」


「無理なんだよ」


 はぁ、と一つ息を吐いて華は俺の食事を観察しだした。人が食ってる姿を見ると安心するらしい。

 華自身は拒食症でガリガリの骸骨で、お前こそメシ食えよといつも思う。


 しかし今日は見つめてくる距離が近い。そうまで寄られると食いづらいんだが。


土屋つちやくんさあ……」


「んだよ」


「本当は死にたくないんでしょ」

 

 ゲホッ、ゴホ!と大きな咳とともに呼吸が詰まった。これで死んだらお笑い草だ。

 現実には、涙と鼻水がアホほど出ただけで、死ぬには程遠かったが。


 しばらく経ってようやく落ち着いて、華へ反論を試みる。


「バカ言え。俺は本気で死にたいんだよ。どうせ死ぬならサイコーの死に方をしたいだけだ。妥協したくねえの、俺は」


「本当に? でも土屋くんいつも口だけじゃん。自分の父親を殺してやるって言い続けてんのに、もうずっと会ってないんでしょ」


「あんな奴いつでも殺せんだよ。だから生かしてやってんの。俺が本気を出せばなあ、あんな奴……」


「本気、ねえ……」


 床に寝転んで頬杖をついた華の顔は、声に出さずとも俺を憐れんでいた。

 父親は俺に殺されても仕方ないことをしたのだ。許すはずもない。ガキの俺相手に、毎日毎日……

 お陰で俺の左手は意味もなく震える癖がついた。クソみてえなプレゼントだ。いつかお返ししてやる。いつか、いつか。


 それはともかく、華には一言反論してやらねば気が済まない。


「死にたくないのはお前の方だろ。いちいち俺に相談せず、粛々と実行すりゃいい」


「それは……」


「ほら言いよどんだ。わかってるぜ俺にはわかってる」


「……うん、そうだね。アタシは死にたくないんだろうね、たぶん」


 まだまだ華を詰めてやるつもりだったのに、意外な返答に拍子抜けしてしまった。

 なんだコイツ。普段は俺より「死にたい死にたい」って喚いてるくせに。

 なんだよそれ。自家撞着じゃねえか。


「怒った?」


「そりゃお前……」


 もちろん俺は怒っているのだ。いや、怒っているのか? その割にはこう、頭が冷えてるというか、罵声の一つも出てこない。

 いやムカつくはムカつくんだけどさ、これたぶん、華に対して怒ってるわけじゃないな。


「なんで黙ってんの土屋くん。おーい」


 華が目の前でボールペンをぷんぷんと振っているのを見ると、なんだかもうすべてがどうでもよくなってきた。

 明日のバイトも、クソ親父のことも、汗で張り付いたシャツのことも。


「ああつまんねえな。人生。つまんねえ」


「そうだねー……」


 横になっていた華が、突然ピョンと立ち上がった。

 驚いた俺は膝を壁にぶつける。ああ痛え。なんでこの部屋はこんなに狭いのかね。


「逆にさ、これから1ヶ月だけ生きるとしたら何したい? 将来のこととか考えずに、さ」


「んー……とりあえず焼肉かな。食べ放題。吐くまでタン食いてえ」


「わかる。アタシもスイーツビュッフェ行きたい。お腹壊すまでタルト食べたい」


 お前は拒食症ですぐ吐くだろうが、とツッコミかけたが、今は言うだけ野暮か。

 そんな気がする。


「あとはあれだな。クソほど高いホテル泊まって、昼まで寝んの。起きたらルームサービスだろ、何が頼めんの知らんけど。オムレツとか食えるかな」


「食えるよ、たぶん。高級ホテル泊まるならアタシはエステもつけたいな。バリ風?みたいな」


 意外とスラスラ出てくるもんだ。これが現世への執着ってやつか。そういうのを捨てきったブッダはマジですごいと思う。真似したいとは思わんが。


 やりたいこと、考え出したらキリないな。

 死にたい気持ちに嘘はないが、それはそれ。これはこれ。


「他にもやりたいことないの?」


「あー……そうだな。風俗も行きてえ。国籍不明のオバチャンが出てくるやつじゃなくて、3万くらいの。いや5万か? どこから高級なんだろ」


「サイテー」


「うるせえな。お前も最低な願望くらいあるだろ」


「あるある。アタシのこといじめてた奴ら、全員熊に食わしてやりたい。殺してからじゃないよ。生きたまま。意識あるのに内臓とか食われんの」


「うぇっ、気分悪ぃ」


「残った肉片は生ゴミで出してさあ」


「ちゃんと分別はするんだな……」


 毎日毎日死にてえなあって思ってる俺だが、華と話している時だけはスンッとした気分になる。この「スンッ」が何なのか自分でもわからないが、嫌いな感覚じゃなかった。


「で、それ全部やるならいくらかかるんだろね。100万?200万?」


「知らんけど、まあそんなもんじゃね」


「共有の残高いくらだっけ? 通帳どこ?」


「24,801円」


「無理じゃん……」


 100万稼ぐのに何年かかんだろ。そんな金貯めたことないからわからん。

 ああちくしょう。楽しみにしてた棒アイスを地べたに落とした気分だ。アリがたかってうぜえんだよなアレ。


「やっぱ死ぬしかねえかな」


「えー。ホテルは? ビュッフェは? 昼まで寝るんじゃなかったの?」


「あーわかったわかった。金貯めて、遊んで、そんでから死ぬか」


「えっ、でも……それって要するにさ……」


「なんだよ」


「いや……普通に生きていくのと何が違うんだろって……」


「違うんだよ。全然違う。俺たちはなあ、嫌になったらいつでも死ねるの。これはもう無敵ってことじゃねえか?」


「そう? そうかな。そうかも。うん。そうだね、無敵だ」


 小刻みに頷いた後、華はヘニャッと笑った。見てるこっちまで脱力してしまうツラだ。

 美人じゃないし胸もないが、それでも俺にとっては最高の女。やっぱ死ぬ時はコイツと一緒がいい。


 半分だけ食べかけたカップラーメンは、もうすっかり伸びていた。

 それでもまあ、まだ食えなくはなさそうだ。

 どれだけまずくても、腐ってなければ、何とか。


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