32

 学級委員長の指摘から逃げるように、俺たちは有間ハウスに上がり込んだ。


 制服姿で一緒に帰ってそのままお家にお持ち帰り。

 あれ、これって超絶勝ち組ムーブなんじゃ。


「もう、委員長さんさすがにデリカシーなくないですか⁈」

「だね。直接言われたら気まずいよね」

「でもそれだけ優心くんとお似合いって思われてるなら、悪くはないか……」


 大森さんがポツンとこぼした一言に、2人で黙り込む。

 否定できないってことは、互いにそう思っているということだ。


「ねぇ、今日はお料理教室やめて一緒にお部屋でぺたぺたします?」

「ぺ、ぺたぺた……っ!」


 その緩い語感の中には、真逆とも言える凶悪な可愛らしさが秘められていた。


 したい! 昨日あれだけくっついて甘やかされた記憶が高い中毒性でもってフラッシュバックし、俺の欲望を煽り立ててくる!


「いや、ダメだダメだ! みつねの心を解きほぐしてやるのが今の一番の目的だし!」


 当然ながら俺は兄貴なのだ。みつねを放っておくわけにはいかない。

 自分だけ楽で楽しいだけのほうへ流されたくなる気持ちをグッと堪え、どうにか己を律する。


「ごめんなさい、そうですね。元は私が勝って出た役目ですし、ほっぽり出すのは良くないです」

「うん。でも責任感は感じなくていいからね。大森さんが協力してくれるだけですっごく頼もしいんだから」


 そう言うと、大森さんは素直な顔でくしゃっと微笑んだ。

 根が良い子だからなのか、人助けをしていることに喜びを感じてくれてもいるようだ。


「よし、今はみつねちゃんのために全力集中ですねっ!」

「ありがとう。ホントに助かるよ」

「いえいえ、大切な優心くんのためでもありますし」


 体型以外のこと――例えば相当度の肥えた大食いですら基本的に恥じない大森さんのズルいところは、とにかくまっすぐ自分の気持ちを伝えてくる点だ。


 童話の中の女の子か? とツッコみたくなるほどに。


「その代わり、これが終わったらちゃんとご褒美くださいね?」

「任せてよ」

「なんでもいいんです? 私、結構ワガママ言いますよ?」

「もちろん。大森さんには頭上がらないからね」


 喜んで聞いてあげるさ。

 とはいえ大森さんのことだからきっと食べたいご飯のリクエストとかを山盛り――、


「私と付き合って欲しいです」


「ワタシトツキアウ? それは一体どこの国の料理かな……って、んんん?」


 制服姿の大森さんが、照れながら肩を擦り付けてくる。

 突然落とされた巨大な爆弾への理解が追いついていない俺に、彼女は言い回しを変えてもう一度、言う。


「な、何回も言わせないでください……。私は優心くんのこと、彼氏にしたいです」


 あ、これガチのやつだ。


 そう悟ると同時に、バクバクバクバク! っと心臓が暴れ出し、凄まじい勢いで全身に血が送り出されるのを実感する。


 俺、こんな最高に可愛くて素敵な女の子に告白されちゃった。


「そ、そっか……。こんな俺を好きだなんて……ありがと、大森さん」

「こんな俺? 優心くんは私の王子様ですから」


 ダメだ、可愛すぎる。

 明確に好意を告げられたことでより一層、大森さんの一挙一動が愛おしく、可愛く見えてくる。エグいバフだぜおい。


「お、お返事は……?」

「そ、そうだよね! ごめん、返事しないと!」


 とはいえ俺の心中は決まっているのだが。


「……もちろん。こちらこそお願いします」


 震える声で、そう伝えた。

 瞬間、時空が止まったように場がしんと静まったかと思えば、大森さんの瞳がウルウルし出す。


「ご褒美はなんでもいい、って言った手前ではなく?」

「うん。勇気を振り絞ってくれた告白なんだもん。そんなつまらない理由だけでOKしないよ」

「じゃ、じゃあ優心くんも私のことを……」


 祈るような顔つきの大森さんに、俺は努めて照れを見せないよう、努めて返事した。


「俺も雲来ちゃんのこと……大好きです。変な感じだよね、関わり始めたのなんてついこの間なのに。でももう、俺は雲来ちゃんがずっと隣にいて欲しくてたまらない」


 照れてごまかすのは一番ダサくて失礼だと思った。大森さんがぶつけてくれたまっすぐな気持ちに、今度は俺が応える番だと思った。


「これからも、たくさん俺のご飯を食べて幸せそうな顔をしてて欲しいかな」


 鼻の下をこすりながら言う。最後の最後で少し、はにかんでしまうのが俺クオリティ。


 ただよく頑張った! 現に今、すっごく良い雰囲気になってる。

 心地よい沈黙がキッチンに流れ、ニマニマしながら互いの顔を見合う。

 コンロは一つも使っていないのに全身は燃えるように熱かった。


 そんな、とろりとした時間の流れに一旦区切りをつけたのはやはり、


「うぅ……! 大好きですっ! 優心くん!」


 脇目も振らず、俺に飛びかかってきたのだ。

 何回でも言うけどなんだこの柔らかい物体は。ただか弱い女の子のそれとは違い、大森さんの場合はとにかく抱き心地がいいんだよなぁ……。あれ、彼女になってくれたらいよいよ合法的に大森さんのことをムニムニしていいんじゃ。


「絶対成功させましょう、みつねちゃんの心ほぐしほぐし計画っ!」


 息巻いて興奮気味の顔が、目の前にある。

 成功したら俺と付き合えるってことで、俄然やる気が上がったみたい。嬉しい話だよ、ホントに。


「じゃあそろそろ始めよっか。俺のお料理教室を」

「はい! 教えてください優心せんせー!」


 先生、って女の子から呼ばれるのは意外に嬉しい。


 かくして、みつねの心を解きほぐす――作戦コード:『ロールキャベツ』が始まったのだ。ネーミングセンスは20点ぐらいだけど。

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