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 全貌こそまだ話せないんだけど、大森さんの企てた作戦は『料理』がキーになっていた。


 食欲ってのは三大欲求の一つであり、生きていくために必要なもの。

 いかなる心理状態にあろうと腹が減ったら飯は食う。そして体にご飯が取り込まれる以上、体内からは胃液と同時になにかしらの感情が分泌されるものだ。


『美味しい』『酸っぱい』『甘い』『ありがたい』

 いや……『マズい』でもいい。何かは感じる。


 とにかく、心をガッツリと閉ざしてしまっている今のみつねのような子相手でも、感情の動く余地をつくり出してくれる。それが俺らの狙いだ。


「みつねちゃんが一番お気に入りの、優心くんの料理ってなんですか?」


 あの日、そう訊かれた。


「ロールキャベツかな。あと甘いもの全般」

「じゃあ! 明日から私に、その作り方を教えてください!」


 それで今日の放課後から、大森さんの我が家通いが始まったんだ。



 ♢



「起立、礼。ありがとうございましたー」


 クラスでの終礼が済むと、教室の窓側最前列に座っていた大森さんが一直線に駆け寄ってきた。


「いま行きま〜す、優心く〜んっ!」


 そこまで急がなくても。よっぽど俺に会いたいのかそうなのか?

 夏仕様で半袖になった制服からのぞく二の腕は、大森さんの体が弾むごとにぷりりんと波打っている。


(あの体に抱きしめてもらったんだよな、俺)


 と、やや気持ち悪い思い出に浸ってぼーっと眺めていると。


「一緒に帰りましょう……って、ひゃっ!!!!」

「危ない大森さん!」


 あと数歩で合流、というところで大森さんが机の脚につまずいた。

 身体が前傾し、俺のほうにぶっ飛んでくる。


 やばい、これはラブコメ的カラダ密着イベント!

 ただ大森さんを受け止めた場合……俺の背骨がぶち壊れてしまうんじゃ?(激失礼)


「せ、セーフです……っ。優心くんがいてくれて良かった」


 転倒を免れ安心しているのだろう、俺の腕の中でパチパチと瞬きし、上目遣いでこちらを見つめる大森さん。


 そんな彼女相手にだが、反射的にとんでもない言葉が出る。


「お、重…………っ」


 いやだって重いもん。火を触った時に考える間もなく『熱っ』て言ってしまうのと一緒だ。


「ん、んんんんんんん〜〜〜……ッ」


 ほっぺを膨らませながらこちらを睨んでいた。ブチギレというよりは『もう、なんで……』という気恥ずかしさが混じった表情だけど。


「お、重くない重くない! 片手で持てるぐらい軽い!!!」

「わたし荷物じゃないんですけど」

「うんうんそうだよね! あははー!!!」


 やべぇフォロー能力が終わってる。火に油どころかガソスタをぶち込んでる。


「そもそも重くないというのはウソじゃないですか」

「い、いや……」

「自覚ありますもん、こんなお腹してるし」


 ひったくられた腕がぷにゅりとお腹に押し当てられ、そのボリューム感を再認識。

 ……うん、さすがに大ウソすぎたかも。


「可愛いですか?」

「え」

「重い、軽いの見方では私は残念ちゃんになっちゃうの確定じゃないですか。これでもちょっとは気にしてるんですよ、ぽっちゃりしてるの」


 そうなのか。まあ女の子だしな。


「だから優心くんにはぽっちゃり、可愛いって言って欲しいなあ〜…………」


 甘えるような目つきで言われる。これに関しては自信を持って答えられた。


「可愛いよ。ぬいぐるみみたいで、すっごく愛嬌ある」


 心からの言葉だと伝わったのか、大森さんは『えへぇ〜』と鼻の下をダダ伸ばしにして、掴んでいる俺の手を小刻みに揺らしてきた。その度にお腹のお肉が波打ってドキッとする。


 そういえばみつねも、ホントに思っていることで褒めないと喜んでくれないっけ。

 女の子の勘ってのは鋭く、ごまかしの効かないものなんだと確認し直す。


 ……今回の計画も、まっすぐ勝負しないとな。


「んふふ〜。優心くんに甘やかされて、もっとぽっちゃりになっちゃうかもなぁ〜」


 表情筋をグデグデに緩ませる大森さん。

 これ以上食べるのはやめたほうがいいんじゃないかな。健康的にも。


「それで言うと、俺も大森さんにめっちゃ甘やかされちゃってるし。お互い様だよ」

「あれ、雲来ちゃんって呼ばないんだ?」

「あ、甘え話をしてるけど別に今甘えてるわけじゃないからね⁈」


 俺の性癖のようなものを完全に理解されとるな。それだけ深く絡んできた証とも言えるが。


「ふ〜ん。まあまたいつでも、雲来ちゃんって呼ばせてあげますからね!」


 暗に、いつでも甘えていいよと示された。

 仲良くなりすぎだろ俺ら。


「……有間くんと大森さん、最近すっごい良い感じだよね」


「「ふぇ」」


 ウチの学級委員長が通りすがりに、微笑ましそうに言った。


 傍からでもそう見えるのか。嬉しいような、でもクラスの大勢にそう認識されているならば恥ずかしいような……。


「か、帰りましょう! 優心くん!」


 教室を出ても、俺たちは一緒に過ごすんだけどね。

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