12.

「平日ってやっぱりどこも空いてますね!」


 一歩先を興奮ぎみに歩く大森さんは、空席のカフェテラスや一通りの少ない歩道をあちこち手で指している。


 ……もう片方の手は、俺に繋がれたままだ。

 学校をサボってこんな美味しい一日を過ごしていいのか?


「普通みんなは学校や会社で……あぁ、罪悪感が」

「有間くん。罪悪感とハッピーはセットなんですよ?」

「なになに?」


 語尾のほうでハンバーガーチェーン店建ってなかった?


「やっちゃいけないこととわかりながらもやっちゃう。この自由な感じ、すっごいクセになっちゃいません?」


 顔をのへへんと緩ませながら、ダメ子感丸出しで頭をかいている。

 相変わらず、怪しい人や話から全力で守ってあげないと、と思わされる。


「わかった。背徳、みたいなことだ」

「それです!初めて聞きましたけど!」

「じゃあわかんないのでは……?」


 まあ大森さんの感覚を翻訳すると、まず間違いなくこの言葉が適切だ。


「深夜にラーメン、朝からパンケーキ……大森さんにわかりやすく例えるならこういうノリの状態だね」

「ほほう、よーくよーくわかります!」


 食事系を使うと理解が早い。極めて単純でやりやすい。


「深夜に全マシラーメン、朝からパンとケーキとパンケーキ、おやつにスイーツビュッフェみたいなことですよね?!」

「いや全体的に俺の例えを大盛りにしないで!」

「でもこれが私の『背徳』ですし……このぐらい食べないと幸せも罪悪感も感じられないです」

「すっごい燃費悪い子だね相変わらず!!!」


 俺ならリバース確定。『背徳』ではなく『吐いとく』になってしまう。


 と、やいのやいの天然ボケとツッコミのラリーを交わしつつ、商店街の始まりとなるアーチ状のオブジェクトの真下に差し掛かったところで。


「ねえ有間くん」

「おっ、どうしたの急に止まって」


 いきなりストップの大森さん。

 何かを言いたそうに口をあうあうさせている。


「いきなりですけど一つ問題です」

「クイズ?楽しそうだしどーんときて」


 軽い気持ちでそう返す。

 だが大森さんは至極真剣な顔で俺を凝視する。


「私は今、心の中で何を考えているでしょう」


「…………ん?」


 ちょっと妙な空気感だ。

 大森さんはふざけていなくて、そのガチな感じがくすぐったくて、おまけに。


「…………なんか手を握る力が強くなってない?」


 ピクリと背筋が動く。

 大森さんが俺に訴えたいことがあるのは明白だった。


 ……そしてそれが、簡単に口を突けないほど彼女にとって重みのある発言だということも。


「私、今のこの状況を改めて考え直してみました。夢みたいです」

「ゆめ」

「はい。こんな幸せなことあるんだあ、って」


 この状況……俺と手を繋いで繁華街にいる。


 え。

 これ、とんでもない爆弾が投下されるのでは。


「私の今の気持ちはねぇ……」


 昨日は『胃袋を掴まれた』って表現された。

 それ自体もほとんど『好き』と言っているようなものだ。

 ただこの流れに乗って、直接的に表現されてしまったら……心臓が破裂する……ッ!


「す」

「すっ……?!」


 唇が小悪魔っぽくツンと突き立てられ、あざとく『す』の形になる。


 こんな顔も見せるのか……。

 繋いだままの手伝いに、異常な心拍数が伝わらないかと心配でしかない。


 だが手を離すまいと俺の顔面をガン見して、大森さんのわんぱくそうな口は形を変え。


 俺の想定の通りに、『い』の母音に形を変え。





「し」


「…………ん?」


『す』の次にくるのは『き』だと想定していたので拍子抜けする。


 聞き間違いか?

 それとも。


「ええと……今の気持ちが、『寿司』?」

「はいっ!お寿司ですっ!」


 はーい思い違い。

 とんだお気楽野郎すぎて死にたくなってきた!


 そもそも俺のことを好きになる女の子なんて……というか、寿司? 今の気持ちが寿司?


「有間くん!あっちに行きましょうっ!」

「え、ちょ」


 出航〜!とばかりに手を突き上げた大森さんは、少し強引に俺の手を引く。


 向かった先では、肉寿司を販売するキッチンカーが路肩に止まっていた。


 商店街の入口のアーケードに『平日からバカ食い! フードフェスタ』の掲示がぶら下がっていた。


「大森さんにはラブコメ的常識は通用しないのね……」


 超ありがち『好き』のごまかしではなく、大森さんは心からお寿司のことを考えていたと。


 ……読めん。

 俺の気持ちは、この無邪気な美少女にかき乱され続ける。



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