ゾンビゲーム
西羽咲 花月
第1話 招待状
6月中旬の今頃は雨はシトシトと降り続き、毎日のように肌寒い日が続いていた。
学校の校門を抜ければ左右にあじさいの花が咲き乱れ、私達を昇降口までいざなってくれる。
雨の日に髪の毛がまとまらない感じや、傘が邪魔で友達と距離ができるのは嫌い。
だけど、あじさいについた水滴が滑り台をすベルように流れ落ちていく光景は好き。
色々な好きと嫌いが交差する季節。
白井梨乃は1年A組の教室で、小学校時代からの友人、内田春美とおしゃべりをしていた。
「昨日の歌番組見た?」
「見た見た! 新曲よかったよねぇ!」
梨乃と春美は今流行りのアーティストの新曲の話で盛り上がり始める。
窓の外は相変わらず雨が振っていて、灰色の空模様だ。
北岡中学校の灰色の校舎も、空の色に溶け込むようだった。
そんなどんよりとした雰囲気をかき消すように、廊下から軽快な足音が聞こえてくる。
梨乃と春美は会話を止めてその足音に吸い寄せられるように視線を向けた。
すでに開け放たれた状態の教室前方の戸から、男子生徒が元気よく入ってくる。
「おっはよう!」
右手を上げて陽気に挨拶をするのは三沢文秋だ。
文秋は中学1年生だというのに身長170センチを超えていて、細身で、色白だ。
長い手足を邪魔くさそうに折り曲げて椅子に座っている。
ひどく猫背なの文秋の趣味がゲームだからだ。
毎日毎日ゲームばかりしていて画面に見入っているから、背骨が曲がってしまったんだと思う。
せっかく背が高いんだからバスケやバレーとかしたらいいのにと梨乃たちは思うが、本人は運動に興味がないらしく、帰宅部になってしまった。
梨乃たちと同じようにそれを残念がっている先生や生徒はたくさんいる。
『三沢はどんなスポーツでもトップになれそうなのになぁ』
とは、40代の担任教室の口癖だ。
「おはよう文秋。今日もバカみたいに元気だね」
文秋は夜遅くまでゲームをしているという割に朝が元気だ。
早朝にも1時間ほどゲームをしてから登校してきているというから、呆れるやら驚くやらだ。
「なんだよ。梨乃たちは元気じゃないのか?」
文秋は梨乃と春美を交互に見て首をかしげる。
「元気は元気だけど、文秋ほどじゃないよ」
春美は呆れ顔になって答えた。
「元気ならいいじゃん。それよりさ、ちょっとおもしろいもの持ってきたんだ!」
文秋が鼻歌交じりに学校指定の鞄を梨乃の机に置いて、そこで蓋を開けた。
「なに?」
覗き込んで見ると中に入っていたのはDSやらスイッチやらの持ち運びできるゲーム機と、そのソフトばかり。
教科書やノート、筆箱すら入っていないことに気がついて呆れた溜息が出た。
「こんなんでよく授業を受けられるね?」
「ん? 全部机の中に置いてあるから全然平気だけど?」
家に帰っても少しも勉強はしていないんだろう。
梨乃と春美が顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。
文秋がこれほど自由にできているのは、ひとえに文秋がここらへんでは有名大企業のひとり息子だからだった。
ひとり息子だからこそ将来会社を任せるために必死に勉強しなければいけないんじゃないかと思うが、文秋の両親は寛大で『仕事は別の人に託すことができるから』という理由で文秋は好きにさせてもらっているらしい。
つまり、好きなことに好きなだけ時間とお金をかけてもらえることができる状態にあるそうだ。
だから文秋は寝ても起きてもゲームのことばかり。
ゲーム内でどうして課金が必要なときには、すぐに両親がお金を出してくれるらしい。
そんなことだから、文秋はプロゲーマーの間でもプレイヤー名が通るくらい有名人になっていた。
将来はイースポーツのプロになりたいらしい。
そんな文秋はごそごそと鞄の中に右手を突っ込んでなにか探していたかと思うと、奥の方から何かを掴んで引っ張り出した。
それは黒い封筒だった。
封筒には赤いインクでなにかのマークが印刷されている。
なんだか見るからに怪しい封筒に梨乃は顔をしかめた。
「そのマークどっかで見たことがある」
言ったのは春美だった。
そう言われてみれば見たことがあるかもしれない。
だけど思い出せなくて梨乃の眉にシワがよる。
「ゲーム会社スターダムのマークだよ」
文秋に説明されて梨乃と春美は同時に大きく頷いて納得した。
髭の生えた男性のようなマークは、たしかにゲーム会社スターダムのものだ。
このキャラクターが出てくるゲームが発売されるやいなや爆発的人気が出て、今ではシリーズ15作品目の発売が待たれている。
他にも人気シリーズが多く発売されている会社で、誰でも1度はスターダムのゲームをプレイしたことがあるはずだ。
梨乃と春美も例外ではなかった。
「私、スターダムが出してるパズルゲームが好き!」
「キャラクターを3つ集めて消すやつでしょう? 私もよくやってた!」
春美の言葉に梨乃が便乗してきゃあきゃあ盛り上がる。
操作が簡単で、キャラクターがかわいいことで主に女性に大人気になったゲームだ。
当然文秋もプレイしたことがあるようで、何度も頷いて「そう、その会社!」と、言っている。
「で? その会社からなんの封筒が届いたの?」
梨乃は本題に戻す。
文秋は背筋を伸ばして堂々と胸を張った。
「俺、この会社のゲームはかなりプレイしてきたんだ。課金もたくさんして、いつも上位に食い込んでた」
ゲームの中にはオンライン対戦できるものもあり、そのなかで順位を競ったりする。
文秋はそこでいつも上位の常連らしい。
といっても、ここまでゲームバカなんだからそれも驚きはしないけれど。
「それで?」
春美が先を促すと文秋は大きく息を吸い込んだ。
まるで重大発表する時のような緊張感だ。
「それが功を奏して、なんと招待状をもらったんだ!」
黒い封筒を両手で天井へ向けて掲げて言い放つ文秋に、梨乃はまばたきを繰り返す。
「招待状っていうのはさっき聞いたけど、それ、なんの招待状なの?」
1人で盛り上がってしまって詳細を語り忘れていたことに気がついたのだろう、文秋が封筒を持っていた手をゆっくりと下げて咳払いをした。
「これはゲームスターダムが開発した最新ゲームへの招待状なんだ。これを持っているのはゲーム内でランキング上位を連続で取得した5人しかいない」
興奮を押さえるように説明する文秋の鼻息が荒くなっている。
なんだかよくわからないけれど、とにかくすごいことみたいだ。
この招待状はレア中のレアということなんだろう。
「最新ゲームってことは、まだ発売も配信もされてないってこと?」
春美の質問に文秋はうなづく。
「それってすごいじゃん! 文秋は誰よりも先にゲームができるってことだよね?」
梨乃もだんだん理解が追いついてきて声が大きくなってしまっている。
文秋がすぐに口元で人差し指を立てて「しーっ」と静かにするように促す。
「しかも、今回の新作はプレイヤー実体験型のゲームらしい。簡単に言えば脱出ゲームなんだってさ」
「それ、面白そう!」
脱出ゲーム系統が好きで何度か参加している春美の目が輝く。
梨乃もふんふんと興味深そうに頷いた。
「脱出ゲーム系で、チームプレイ。最大3人まで参加できるって、ここに書いてあるんだ」
文秋が見せてくれた招待状には確かに参加人数3人までと書かれている。
それで梨乃たちに声をかけてきたということは……?
梨乃と春美は期待に満ちた瞳を文秋へ向けた。
「次の休み、開いてるか?」
その質問にふたり同時に「開いてる!」と、答えていた。
文秋はニヤリと笑って「じゃ、決まりだな! 次の休みは新作ゲームを楽しみに行こう!」と、拳を振り上げたのだった。
☆☆☆
梨乃と春美と文秋の3人は言えが近く、小学校時代からの友人同士だった。
文秋の家はふたりの家とは少し離れた場所にある豪邸だったけれど、文秋はそれを鼻にかけることなく、ごく普通にふたりと接していた。
そんな文秋に好感を抱いて、中学に入学した今も三人で行動することが多かった。
この日は梅雨とは思えないほどよく晴れた日で、梨乃は久しぶりに傘を持たずに家を出た。
真夏がすぐそばまで迫ってきていると実感できる、肌を焼くような日差しに目を細める。
ジリジリとアスファルトが焼かれて、まだ午前中だというのに約束場所まで歩くだけでじっとりと汗がにじみ出てくる。
約束場所のバス停にはすでに文秋の姿があった。
半袖ハーフパンツから白くて長い手足がひょろりと突き出していて、まるで木の枝みたいだ。
しっかり運動していればもう少しモテそうなのにと、遠目からも感じられる。
「おはよう文秋。さすがに早いね」
ニンテンドースイッチに視線を落としたままの文秋に声をかけると、びっくりしたように肩を震わせて顔を上げた。
ゲームに夢中になっていて梨乃に気が付かなかったみたいだ。
どんな場所でもすぐゲームに集中できるのはさすがだ。
「おっはよう!」
ゲームをセーブして鞄に突っ込んでから、片手を上げて挨拶する。
その顔はウキウキと輝いている。
今から憧れのゲーム会社へ向かうのだから、浮かれても当然だった。
「バスで移動するの?」
「いや。実はここまで会社の人が来てくれるらしいんだ」
「迎えがくるの!?」
驚いて聞き返す。
招待状をもらって、しかも開場まで送ってくれるなんて、まさにVIP待遇だ。
文秋はどれだけゲームスターダムに課金したのだろうかと思ったけれど、聞くのはやめておいた。
それから5分ほど待っていると春美が息を切らして走ってきた。
「ごめぇん、遅れた!」
腕時計を確認してみるけれど、約束時間の3分前だ。
文秋と梨乃が早く到着しすぎただけだった。
「なんか、どきどきするね」
春美は途中のコンビニで買ってきたというスポーツドリンクを一口飲んで言った。
体験型新作ゲームなんて、梨乃だって楽しみで仕方がない。
今日はよく晴れているし、なんだかいい1日になりそうな気がする。
わくわくする気持ちを押さえきれずにいると、1台の黒いバンが梨乃たちの前に停車した。
助手席のドアが開いて灰色のスーツを着た30台後半くらいの男性が出てくる。
髪の毛はピッチリと整えられていて、爽やかな香水の香りがする。
誰だろう?
梨乃と春美がそう思っている横で、文秋の目が輝いた。
興奮したように男性に近づいていく。
「あ、あの、スターダムの方ですよね!?」
文秋の声が裏返っている。
声をかけられた男性はにこやかな表情になって、胸ポケットから名刺を取り出した。
「はじめまして。私はスターダム開発部の大元といいます」
「お、俺は三沢です! それからこっちは俺の友達です!」
雑に紹介されて一瞬眉間にシワを寄せたけれども、梨乃と春美は文秋の半歩後ろで大元と名乗った男にお辞儀をした。
大元も丁寧にお辞儀を返してくれて、悪い印象じゃない。
「本日はよくお越しくださいました。さっそく、開場までご案内します」
大元はそう言うと後部座席のドアを開けた。
中は広くてとても乗り心地が良さそうだ。
それでも少し躊躇していると、文秋がまっさきに車に乗り込んだ。
梨乃と春美は一瞬目を見交わせて、文秋に続いて車に乗る。
車の座席はまるでソファみたいにふかふかで心地いい。
芳香剤と大元さんは同じような匂いがしていた。
「これをつけてください」
助手席に戻った大元さんが真後ろの席にいる文秋になにかを手渡した。
「アイマスクですか?」
それは真っ黒なアイマスクで、3人分ある。
「はい。まだ未完成のゲームなので、開場の場所は極秘なんです。今回の試験運転でうまく行けば、ゲームが解放されることになります」
説明を聞いても文秋もさすがにアイマスクを片手に躊躇している。
目隠しをされてどこへ連れて行かれるかわからないなんて、ちょっと怖い。
けれど、本格的だと思えばそうなんだろう。
「と、とにかく、行ってみたいとわからないもんな。こんなチャンス二度とないだろうし」
文秋は自分に言い聞かせるようにブツブツとつぶやいて、梨乃と春美にもアイマスクを手渡してきた。
マスクをつけると視界はゼロになる。
「では、出発しますよ」
大元の声が合図になって車が動き出す。
最初は怖かったけれど、座り心地のいい座席とアイマスクと、適度な揺れで、梨乃たちは眠気を感じ始めたのだった。
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