第7話 恐怖心
絵美は、鉛筆をテーブルに置いた。無事に終わって安心した様子で、ジュースを飲んでいる。
ゆかりは、絵美とは違って落ち着かないのか、絵美や私の顔を交互に見たり、コップを持ってみたりする。でも、ジュースは飲んでいない。
千紗は、ぼんやりしていて何を考えているかわからない。
「この紙と鉛筆、どうすればいいの? ゴミ箱に捨てるのはだめよね」
ゆかりが少し怯えているように見える。
「鉛筆は折るんだって。こっちの紙は文字がわからないくらいに破るの」
絵美はそう言いながら、鉛筆を手に取り真っ二つに折った。
「破った紙と折った鉛筆はどうするの?」
キューピッド様が現れたこと。ゆかりは、ようやく恐怖心が芽生えたのか、おろおろしている。こういうゆかりは、珍しい。
夢が叶う。そう言われても、嬉しいより怖いが先に立つのは、ふつうかもしれない。
もし、この処分のしかたが間違っていてキューピッド様を怒らせたりしたら、私達はどうなるんだろう。
祠を探して見つかったとして、願いごとはかなわないままで、不幸なことが起こるんじゃないだろうか。
中学の裏に山があったのは事実だから。信じるしかないのかも。不幸なことが起きないように、信じるしかないのかもしれない。
ちょっとした冒険のはずだったのに。なんだか、大変な話になってきた。
「大丈夫、これは、家の近所の神社に埋めておくから」
絵美は、平気そうな顔で破った紙と折った鉛筆を大きめの封筒に仕舞った。
絵美は怖くないのかな?
「神社でいいの? キューピッド様って天使だよね?」
ゆかりは不安そうにしている。
「大丈夫だよ。ネットにそう書いていたから」
絵美が自信ありげに言うので、ゆかりはようやくほっとした表情を見せた。
「祠探しはどうする? いつから始める?」
絵美が一番乗り気なようだ。
ゆかりは、「えーっと……」と言いながら、私の方へ視線を移す。私に助けを求めてるみたいだった。
「ひかりニュータウンで、家がないようなところってどこかな……」
私がそうつぶやくと、絵美は封筒をバッグに仕舞いながら、
「中学の裏にあった山がどれくらい削られたか、削られる前に山に祠があったかどうか調べたらいいかな?」
山を削ってできたニュータウン。削られても祠は残ってる。キューピッド様の話が本当なら。
「でもどうやって調べるの?」
ゆかりは、今度は絵美の方を見る。
絵美は、ゆかりが自分の意見を参考にしてくれると思ったのが嬉しかったのか、笑みを浮かべる。
「最初に学校の図書館に行って、山が削られる前の昔の地図をコピーして、それから今のこの校区の地図と照らし合わせてさ。地図の中のひかりニュータウンで空地になってるところ、そこから調べてみればいいんじゃない?」
そっか。地図があれば、参考になるよね。
祠は今でも残ってるんだから、わかりやすくなってるよね。壊されていたら、探してほしいってならないはずだもん。
私も少し楽観的になってきた。
「思ったよりも危なくなさそうな冒険になりそうね」
ゆかりは安心しきった顔をして、冷蔵庫に向かう。冷蔵庫から新しいペットボトルを出して、テーブルに置いた。
「今のこの辺りの地図ならウチにあったと思うから持ってくるよ」
ゆかりが部屋から出ていく。
ふと千紗の方を見ると、千紗の顔色が悪い。
「千紗、どうしたの?」
千紗は首を横に振るばかりで何も言わない。
「怖くなった?」と、絵美が少し意地悪そうに言う。
「絵美は、怖くないの?」
私は、絵美の方を見る。絵美は平然としている。
「なんで? キューピッド様は、危なくないんだって。天使じゃん?」
「危なくないって、言い切れるかな……」
絵美の言葉に、千紗が言い返した。
「私がネットで調べてきたんだから。危なくないって!」
「祠って、その山の神様を祀ってたものでしょ。人間がそれを忘れてたことを怒ってるのかもしれないじゃない。見つけたときに、私たちに危険なことが起こらないって断言できる?」
珍しく千紗が反論した。
「見つけたら願い事をかなえてくれるって言ったのよ。危なくなるわけないのよ。千紗、怖いんでしょ?」
絵美はジュースを一口飲んだあと、はあっとため息をついた。
「言われた通りにやらないと、そっちの方が危ないかもしれないじゃん」
そんな話をしていると、ドアが開いてゆかりが戻ってきた。
「地図、あったよ。なんだかわくわくするよね」
ゆかりは、願い事をかなえてもらえるからやる気を出しているのか、もう怖そうな素振りが見えなくなっている。
「あれ? 絵美と千紗、なんだか顔色悪いよ」
ゆかりは状況がわかってない。
「ちょっと千紗がね」
絵美が、またため息をつく。
「千紗、どうかした?」
ゆかりは千紗の方を見る。
千紗は、ゆかりをじっと見たあと、「なんでもないよ」
と言いながらうつむいた。
ゆかりが地図を床に広げる。
「ここが、ひかりニュータウンだよね。地図で見ると結構広いよね」
千紗が四月から通う中学の裏から広がる住宅街。
私の家から少し離れている。
ニュータウンに住むクラスメートはいるけど、遊びに行ったことはない。
「あ、ここって、あやちゃんの家だね」
ゆかりと絵美は、地図を見ている。
千紗の様子が気になりながら、私はジュースを飲み干した。
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