第8話
4日目、私はちょっとお洒落してデートに行く
▫︎◇▫︎
「ねえ、本当に変じゃない!?可愛い?」
「えぇ、とっても可愛いわよ、あゆみちゃん」
「えへへっ、ありがとうっ!!」
私は鏡の前でくるくる回る。看護師さんがお着替えをお手伝いしてくれたため、今日の私はいつもとちょっとだけ違う。
白いシャツ生地のチュニックに鮮やかな青色の綿パン。靴はヒールが履きたかったけれど体力的な問題でバレエシューズになってしまったが、そのかわり傷んでいる髪を目立たないように複雑に編み込んでくれたから文句は言うまい。人生初にして多分人生最後のお化粧はナチュラル系だった。お陰でげっそり痩せこけた頬や隈の酷い目元も目立たない。
「奏馬くんのとこに、」
「来なくていい。………迎えに来た」
ぶっきらぼうに言った彼は、ジーンズにティーシャツ、ぶかっとした黒いパーカーとラフな格好だった。なのにも関わらず、とてつもない存在感を放っている。
「………イケメンっていいわね。オシャレしなくてもオシャレなんだから」
鏡の前の自分に溜め息をついてから、私は彼に自分の手を差し出す。
「デート、連れてってくれる?」
「無茶はするなよ」
躊躇いなく手を握って病院の外に連れ出してくれた彼は、私をバスに乗せた。
人がいっぱい乗り込んでいるバスはとても珍しくて、外の世界は輝いていた。
「今日はどこ行くの?」
「ショッピング」
バスの振動に身を任せてふわふわお外を眺めていると、彼はくすっと笑った。
「そんなに楽しいか?」
「うん。楽しいよ。バスに乗ったのはこれが初めて」
「………そうか」
ぽんぽんと頭を撫でられて、私は苦笑する。
「こうやって病院のお外に出るのも初めて。ねえ、………君はいつもこういう風景を見ていたの」
「いや?普段はバスの中はほとんど眠っていたな。サッカーで疲れて、起きている気力すら残っていなかったから」
「そっか………」
彼は相変わらずの無表情で、外を見つめている。
綺麗な横顔は、外にいる子供たちがサッカーボールで遊んでいるのを見つけるたびに苦しそうに歪められていた。
「本当にサッカーが好きなんだね」
「あぁ。………俺の全てだ」
そう言った彼の瞳には、今までになかった生き生きとした光が宿っていた。彼の瞳は、サッカーのことを語る時だけ輝いている。
(ほんと、………ムカつくな………………)
片耳に付いているピアスを見つめながら、私は彼に聞いてみる。
「ねえ、私は死ぬまでに君の心に居座れるのかな」
「………もう、居座ってるよ」
「そっか………」
意外にも気をつかってくれた彼に、私は苦笑する。
「じゃあ、君は泣いてくれる?」
「………………多分、泣けない」
「ん、………じゃあ、もうちょい頑張らないとだね。私の、1週間だけの恋を実らせるには」
にししっと笑うと、彼は窓の外を見つめた。
「………………どんなに仲良くなろうとも、俺は泣けないよ」
ぼそっと呟いた声は、今まで聞いた彼の声の中で1番苦しそうで悲しそうで、そして虚しそうだった。
「ーーー毎度ご乗車、ありがとうございました。お足元にお気をつけてお降りください」
アナウンスに従って目的地に到着したバスを降りようとすると、彼は私の手を取って降りるのを手伝ってくれた。
「………もう、限界なんだろ」
私の瞳が眠たさにとろんとしているのに気がついた彼が、ぶっきらぼうに言う。悔しいけれど、私の身体はバスに20分乗っただけで、体力的な限界を迎えていた。
「もう少しだけ歩け。そうすれば、カフェで休める」
「ん、ありがとう」
彼に連れて行ってもらって入ったカフェは、思っていたよりもずっと大人っぽかった。
可愛いお姉さんがわきゃわきゃ言いながら、楽しげにコーヒーや紅茶を飲んでいて、とても羨ましい光景だ。私には、一生手の届かない光景。
お姉さんたちが奏馬くんに視線を向けて目をハートにしているのに同感しながら、私は案内された席に着いた。
「どれ飲む?」
メニュー表を差し出された私は、困り果てながらも、看護師さんからもらった『食べていいものリスト』と見比べて、食べられるものを注文した。
「カフェインだめなのか?」
私の『食べちゃだめなものリスト』をぺらぺら眺めていた彼は、不思議そうに言った。『食べていいものリスト』は読み込んでいても『食べちゃだめなものリスト』は読み込んでいなかった私は、首を傾げる。
「う〜ん、よく分かんないけど、『食べていいものリスト』には全部ノンカフェインにしなさいって書いてるね」
「そうか。薬関係だろうか」
「多分」
ごくごくノンカフェインのフルーツティーを飲んでいると、彼はよしよしと私の頭を撫でた。
「………前から思ってたけど、私って妹枠?」
「ん?」
「いや、なんか接し方が妹と接するみたいだなって」
一瞬じっと考え込んだ彼は、その後納得するように頷いた。
「俺には妹がいるし、癖なのかもしれない。ま、妹よりもお前の方が可愛いけど」
「ーーーそっか」
フルーツティーを飲み切ると、その頃には私の体力が回復していた。
「次はどこ行くの?」
「ショッピングモール」
悪戯っ子のように笑った彼は、私をショップングモールに連れて行ってくれた。あまりの人の多さにおっかなびっくりしている私を楽しげに見つめて、ウィンドウショッピングをさせてくれる。
憧れの真っ赤なハイヒールや大きな飾りがついたイヤリング、ミニスカートやショートパンツを見つめているだけでも、私の気分は最高になった。
テレビの中だけでしか見たことのない、きらきらしたアイドルが身につけていたものは、私の憧れだ。
ショッピングモールの中にあるご飯屋さんでランチを食べて、手芸屋さんで工作キットを購入して、私と奏馬くんは帰路に着く。
うつらうつらと眠たくなってしまった私は、バスに乗ってすぐに眠りに落ちてしまった。
そして、目が覚めた時には病室のベッドの上で、夜の9時になっていた。
「ありがとう、奏馬くん」
ーーー私の寿命はあと3日。
初恋の人とデートに行った今日の私は、多分人生で1番輝いていた。
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