烏丸麗子の御遣い⑧
「そんなの無理です……!! 脳の半分って……依頼人を殺すってことじゃないですか!?」
かなめは机に両手を付いて身を乗り出しながら声を上げた。
烏丸はそんなかなめを見て余裕の表情を浮かべている。
「先生……!! 先生も何とか言ってください!! いくらわたしの命を助けてくれたからって、その対価として見ず知らずの人を殺すなんて……!!」
「いや……かめ……そうじゃない……」
「そうじゃないって……じゃあどういうことなんですか!?」
「依頼人は、恐らく生きた人間じゃない……烏丸先生は死者の依頼も受ける……!!」
「えっ……」
かなめは烏丸に目をやった。
「そういうことよ。依頼人はもう死んでる」
そう言う烏丸の目の奥に、再び紫の光が閃いた。
冷酷で恐ろしい笑みを浮かべて烏丸が続ける。
「死んだ彼等が唯一持ってるモノは、生前強い執着を抱いていたモノ、謂わばこの世に彼等を繋ぎ止める魂の欠片……呪いの類よ?」
「彼等の命にも等しい執着の根本……!! それは私をさらなる高みに登らせる……!! 彼の脳の半分はとっても魅力的……!! 頭脳明晰にして破滅的な狂気を孕んだあの男の脳ともなれば、一体どれほどの狂気と知識が手に入るか……!! 考えただけで涎が出そう……!!」
立ち上がってゆらりゆらりと優雅に舞い踊りながら話す烏丸は、さながらオペラのような荘厳ささえ醸し出している。
かなめの隣で立ち止まり、烏丸はかなめの顎に人差し指を添えて言った。
「だけど、あなたの身体もとっても魅力的……あなたの身体でまことちゃんと寝る夜を想像すると……ふふふ理解るでしょ……?」
ちゅぽんっ……
烏丸はかなめの顎に触れていた指を咥え込むと、音を立ててその指を啜った。
「かめちゃん……私はね……? 欲しいものは絶対に手に入れる……!!」
そう言った途端、烏丸の瞳の奥で紫色の焔が燃え上がり、かなめの視界が真っ暗になった。
焦げ臭い煙が辺りに充満する。
気がつくと卜部の左手が抱き寄せるようにしてかなめの目を覆い、視界を塞いでいた。
「烏丸先生……悪ふざけが過ぎます……」
「せ、先生!? 一体何が!?」
見ると卜部の着るタキシードの左袖は焼け焦げて、皮膚には不気味な記号が焼印されていた。
卜部は右手に握ったボールペンの先を烏丸の首に突きつけている。
しかし卜部の首筋にも同じように、
「
「ふん……飼い犬はご主人様に言われた事だけやってろ……いや……カラスだったか?」
「烏おやめ。驚いたはね……まさかあのまことちゃんが私に楯突くなんて……昔はお漏らしするほど私を怖がってたのに……」
「どうやら本当にこの小娘が大切らしい……!!」
殺意の籠もった目でかなめを一瞥してから烏丸はロッキングチェアに腰掛けた。
「ああ不愉快!! さっさと行って……!! そして精々酷い目に遭って頂戴な?」
そう言って烏丸は一通の封筒を投げて寄越した。
「紹介状よ。これで施設の中に入れてもらえるわ。せいぜいかめちゃんを大事にすることね……!!」
「失礼します。行くぞかめ……!!」
卜部は資料と封筒を拾い上げるとかなめを呼んだ。
卜部に従い数歩進むと、かなめは何か思い出したように歩みを止める。
「おい?」
かなめは卜部の呼びかけには応えず、踵を返して烏丸に一礼した。
「命を助けて下さってありがとうございました。
「前言撤回です!! わたしをかめちゃんと呼ばないでください!! わたしを亀って呼んでい良いのは……」
「卜部先生だけですから」
「失礼します。行きましょう!! 先生!!」
そう言ってかなめはドアを押し開け、颯爽と部屋を出て行った。
そんなかなめに卜部が言う。
「バカタレ……何がうちは依頼をこなすだ!! これは依頼じゃない……お前の解呪の支払いだ!!」
「あ……」
しまった……という顔を浮かべるかなめを前に、卜部は目頭を押さえて唸る。
「まぁいい……なんとも締まらんが……」
「お前がいてくれて助かった……」
ぼそりとつぶやいた卜部の言葉に、かなめは自分の中で何かが熱くなるのを感じた。
「行くぞ。まずは事務所に帰る。それから計画を練るぞ……!!」
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