あの子の記録 ~「きみのまわりにあるものは?」後日談~

須戸

プロローグ

 ――K、いつか×す。


 この文字を見つけたのは不可抗力だった。小学校の教室を掃除していた途中、運んでいたかおるの机の引き出しから偶然落ちたプリントの裏に書かれていた。

 見なかったことにしよう。あれはけいにも問題があったんだし。そう決めてそっと戻したプリントに書かれた言葉は、いまだに目に焼き付いて離れない。


 かおるとは、小学五年生のとき、初めて同じクラスになった。

「女が“ぼく”だなんて気持ち悪いんだよ」

 当時、私の幼馴染の圭は、かおるをいじめていた。圭がそんなことをしているとは認めたくはなかったけれど、嫌がる人を無理矢理男子トイレに連れ込み複数人で暴言を吐いたり蹴ったりする行為は、どう考えてもいじめだ。


 行為は放課後に行われていたらしい。かおるが男子トイレに連れて行かれるところを見かけた私は、悩んだ末に彼女から話を聞き出し、自分なりの答えを出した。

「これからは毎日一緒に帰りましょ」

 幼馴染である以上、こうすれば、圭はかおるに手を出すことはできない。もし何かあったら、圭の親に言い付けて、注意してもらえば良い。こう考えたのだ。

 この“毎日”が、呪いの言葉になるとは知らずに。

 今振り返るとあの頃の私は、ヒーロー気取りか何かだったのだろう。かおるに声を掛けたのも、決して彼女のためではなかった。自分が不快な場面に遭遇したくなかっただけだ。


 翌日から、かおるはご機嫌だった。

「嬉しいな、みづきさんと毎日一緒に帰れるなんて」

 かおるは私のことが好きらしい。いじめが発覚する数日前、会話の成り行きで告白された。修学旅行のときに皆が脱ぎ散らかした靴を揃えていたからだとか、そんな些細なことで。「責任感があって、正しい行動をしてるから」とも言っていた。


 だけど、正しい行動って一体何なのだろう。あれから数年経った今、私は自分自身がしている行動が“正しい”とは、とても思えない。

 相手に恋愛感情を持たれていると知りつつ友達として付き合い続けることは、“正しい”と言えるのだろうか。


 あの日から、学校のある日はいつも、かおると一緒に下校している。新しい学年になった後もずっと。

 そうやって関わり続けていると、相手の悪い面も見えてしまう訳で。


 圭の悪口と思わしき言葉が書かれたプリントを見つけたのも、その一つだった。

 一つだけなら、我慢できた。けれども、そうはいかなかった。


 ここから語るのは、高校生になったかおると私の、一年間を通した記録である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る