お別れ
おいしいお肉
第1話
生活を豊かにするには花を飾ると良いと聞いた。ので、仕事帰りに駅の花屋で一輪の花を買った。一輪挿なんて洒落たものは自分の部屋にはない。
瓶のデザインが可愛いからと言う理由で買ったワンカップ酒の容器に水を張り、花を添える。
選んだのは黄色いチューリップ。明るくて、まあるい形がスカートのようで可愛らしい。
玄関の靴箱の上に飾ると、なるほど確かに場の雰囲気が華やいだように感じる。
草臥れた生活を彩るには手軽でいいかもしれないと思った。
「新しい恋人でもできた?」
「なんで?」
「花なんて、君のキャラじゃないでしょ」
部屋に荷物を取りに来た彼女が開口一番そう言うものだから、思わず私は眉をひそめた。
「なんとなく、だよ」
強く否定するのもなんだか馬鹿らしく、私は簡潔に答えた。
「そ、ならいいけど」
彼女はフン、と小さく鼻を鳴らして、黒いローヒールの靴を履いた。
どういう意味、とは聞かなかった。
「じゃあね」
「うん」
揺れた黒髪の面影に、手を伸ばしかけて止める。私と彼女はもう他人だ。
「私がいなくても元気でね」
「言われなくても」
それきり部屋のドアが閉まる。ばたん、と呆気なく幕が閉じて私は一人になる。
くたびれた部屋に、薄く茶色のノイズが掛かる。その中で、黄色いチューリップだけが、鮮やかに咲き続けていた。
お別れ おいしいお肉 @oishii-29
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます