第9話 世を忍ぶこと

座禅をやめ、胡坐をかいた。少し長い話になるだろうから。


「さっきも因幡くんが少し話してたけど、俺は普通の人より少し、いやかなり体が丈夫なんだ」

「それって、忍者の人特有の力強さ、みたいなこと?」

「確かに俺の先祖は有名な忍者で、血統も確かにあるんだけど、一番決定的な要因は母さんかな」

「服部君のお母さん? めちゃくちゃ強かったとか?」

「いや、体は強くない、むしろ弱かったと思う。でも、人一倍正義感にあふれてた」


母さんとは随分あってないが、小さい頃母さんと遊園地にお出かけしたとき、向かう途中事あるごとに人を助けてた結果、遊園地に着いたのが夕方だったこともあった。

そんな母さんを見て父さんはやれやれと言いながら嬉しそうな顔をしているのを今でも覚えている。


「そ、それはすごいね……」


「あぁ、今思い出しても母さんはすごかったな。でも、父さんはそこが母さんの一番の魅力だって言ってた」

「おぉ……ラブラブなんだ」

「そりゃもう。……と、脱線しちゃったかな。それで、母さんは俺を身ごもった時に医者から言われたらしい。この子は長く生きられないよって」

「え……」

「父さんは泣き崩れて、母さんは何も言わずただ動けなかったって言ってた」


それから母さんは入院した。

何とか俺を長く生きることができないか検査を受けまくったらしい。


「で、母さんは見出した。とてつもなく強引な方法。それが……あった、これ」


俺は望月さんにスマホで画像検索し、見せた。


「なに、これ?」

「兵糧丸。昔の人が食べてた携帯保存食。なんでも一粒食べれば丸二日は動けたらしい」

「そんなに!?」

「服部家の代々受け継がれてきた極秘のレシピで作ったらしいから、効果は凄いと思う。で、これを毎日もりもり食べてた」

「え!? そ、それ大丈夫なの……?」

「いやぁ……やばかったんじゃないかな……。医者の人も母さんが食べてるのを見かけた途端泡吹いて倒れたって言ってたし、じいちゃんなんか夜通し説教したらしいし」


しかし、その甲斐あってか俺は超健康体で生まれた。やせ細った体でなく、標準的な体重と身長。健康状態も全く問題なかったそうだ。


「ただ、体はめちゃくちゃ頑丈になった。それこそ、トラックとぶつかっても平気なくらいに。こう言っちゃあれだけど、異能みたいな感じだよね」

「確かに……でも、異能じゃないんだ」

「そうらしい。まぁ異質中の異質だと思うけど」


そのせいであまり小学校中学と友達もできず、クラスに馴染めなかったのは内緒だ。


「そっか……。でもそれが服部君の強さの秘訣なんだ」

「まぁ、そうかな。でも、この強さはもう、使っちゃいけない」

「え? どうして?」

「……結論から、簡潔に言うと、めちゃくちゃ暴れちゃってひどいお叱りを受けたから、かな」

「えぇ!? 服部君が!?」

「はは……まぁ小さい頃にちょっとね……」


あの時は俺もどうかしていた。

怒り狂い、思いつくままに破壊の限りを尽くした。

を悲しませた連中が許せなかったのもある。

しかし、それ以上に。

未熟な自分に一番腹が立った。


「服部君が暴れる……想像できないや」

「でも、後悔はしていないから」

「……そっか」

「うん。だから、次は無い。俺が次にそんな表沙汰になるような事を起こしたら、今度こそ俺の首がとぶんじゃないかな」

「とぶって……」

「忍者たちが殺しに来るってこと。掟を破ってるし、当然と言えば当然だけどね」


忍者でなくとも、人は罪を犯せば裁かれ、償いきれない罪であれば処刑される。

忍者はその処刑のラインが少し低いだけの話だ。


「じゃあ、もっとごめんだよ。そんな服部君に私、かなり迷惑かけてるんじゃ──」

「いやいや。それとこれとは話が別。それに、暴れるって言ってもトラックの事故ぐらいなら大丈夫」


それに、と少しドヤ顔で付け加えた。


「誰にも、見られてない」

「……」


いけない、暗い雰囲気にはならないようにと思ったのだが、調子に乗りすぎたか。


「ぷっ、あはは! 私が見てるじゃん!」

「あ……」


言われればそうだ。望月さんが然るべきところに報告すれば、俺の首はチョンパ……。


「服部君、しっかりしているようでちょっと抜けてるよね」

「ぐぬぬ……」

「あはは、かわいいなぁ」


何だかものすごく馬鹿にされた気分だが、望月さんの表情は明るい。それならばまぁいいか、と思う自分がいた。




一方そのころ、街にはスーツ姿の連中がスマホで連絡を取り合っていた。


「間違いないです。あの小娘、この街には来ているはずです」

「分かった。こちらもすぐに向かう。それまでに必ず見つけ、捕縛しておけ」

「はっ」


高層ビルの最上階。連中のトップはそこに陣取っていた。


「社長、望月由愛の行き先が絞れたそうです」

「おぉ、そうか。今すぐ駆けだしたいところだが、何せこちらも会議が立て込んでいてね。影の人気者はつらいつらい。世を忍ぶというのも、楽ではないね」

「仰る通りでございます。では、こちらは引き続き調査を進めます。社長が現地に着くころには、既に決着をつけておきます」

「頼もしい限りだ。期待しているよ」

「はっ。それでは失礼します」


部屋の扉が締められる。


「くくっ……異能とはやはり素晴らしい……これほど金になる原石はないぞ……」


怪しげな笑みを浮かべながら、夜は更けていくのだった。



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