第4話 忍者の身バレ

「はぁ……疲れた」


 長い長い一日が終わった。先生のあの発言のお陰で俺と望月さんが一緒の家に住んでいるというスキャンダルは隠せたものの、クラスの俺に対する印象は確実に下がった気がする。


「ただならぬ関係って……なぁ」

「お前聞いて来いよ」

「いや、服部としゃべったことねぇし……」

「裏山だわ、マジで」


 クラスの男子からは終始こんな感じだった。


「望月さんってどの辺住んでるの!?」

「ねぇねぇ望月さん。部活は入るの!?」

「髪も肌もキレー! どこの使ってるの!?」


 隣の望月さんは女子からの質問攻めに合っていて、律儀にすべての質問に答えていた。


「その……服部君との関係って……」


 こそっと聞いた女子もいたが……。


「えーと……ごめん、ヒミツ♡」


 きゃあああああああああ! 


 それはもう大盛り上がりで。居たたまれない空気になってきたのでトイレに逃げることが多々あった。


 そんな一日はようやく終わり、後は家へと帰るだけだ。席を立ち、家へと帰ろうとする。


「あ、待って待って服部くん」


 いきなり望月さんに呼び止められてしまう。まだクラスの女子と話している最中だったというのに。


「一緒に帰ろうよ。帰る家もい──」

「ンン゛゛っ!!」


 大きめの咳払いで何とかごまかす。危ない危ない。帰る家も一緒、なんて言われたら明日から注目の的になりすぎて嫌気がさして不登校になってしまうところだった。


「いや、まだ話してる途中でしょ。俺は先に行ってるから、気にしないで」


 そう言って俺は教室を後にした。


「あ、待ってよ、すぐ行くから! みんなごめんね~」

「え~、怪しい~」

「普通だよ、フツーフツー」

「やっぱり付き合ってるの!?」

「いやぁ、どうでしょう」

「連絡先交換しよ!」

「それは喜んで!」


 去り際に聞こえてくる会話に改めてうんざりした。明日からは普通の生活に戻りますように。そんな叶うはずも無さそうな願いをしながら教室を後にした。



「……あ」


 学校の校門で望月さんを待っていると本当にすぐ来た。もっと待たされるものだと思っていたのに意外だ。


「ごめんね、待たせちゃった?」

「いや、全然。もっと待つかと思ってた」

「いや~、人気者はつらいですなぁ~。でも、忘れてないからね!」

「……? 何を?」

「何をって、忍者修行だよ! 忍者修行!」

「あー……」


 てっきり忘れているものだと思っていたが、しっかりと覚えていたらしい。


「今日一日服部君を見てたけど、忍者らしいことしてなかったよね?」

「それで授業中チラチラこっち見てたのか」

「あはは……バレてたか。でもでも、服部君も悪いんだよ? 屋根を駆け上ったり、水中を走ったり、変わり身で授業さぼったりとか全然しないんだもん!」

「するか! 俺はそんな人目につくようなことしないの!」

「そうなの? でも教室の窓から見えたけど、この学校にいる忍者の人たちは結構そういうことしてるみたいだけど……」

「……とりあえず歩きながら話そうか」


 そもそも忍者とは何か、というところから始めた方がよさそうだ。



 俺と望月さんは並んで歩く。人の気配が無くなってきてから俺は話し始めた。


「そもそも忍者って言うのは裏の顔なんだよ。目立っちゃダメなの。望月さんが見てるのは俺からすれば邪道な連中だよ」

「おぉ……なんかかっこいいっ」

「……今更聞くんだけど、望月さんは忍者ってどういうものだと思ってる?」

「んー、悪い人を暗殺したり、極秘情報を持ち帰ったり、偉い人の護衛とか!?」

「まぁ、昔はそうだったらしいけどね。今は違う。今は足が付くような犯罪をすればすぐに他の忍者たちから村八分にされるし、殺しなんてリスクの高すぎる仕事はもってのほか。危ないことは止めて普通に過ごしてる人がほとんどだよ」


 結果、運動神経だけは忍者としての異様なまでの実力を発揮し、忍ぶという忍者の習慣を忘れてしまったことで望月さんがよく目にするような惨状になってしまったのだ。


「……そうなんだ」


 やけにがっかりするな……。忍者が想像とは違ったことがそんなにショックだったのだろうか。


「えーと、リスクの高いことは確かにしないけど、卓越した身体能力を活かして地域の奉仕活動に参加したりだとか、俺たちみたいに運送業やったり……あ、あと最近だとSNSも使って誹謗中傷する悪質な人を懲らしめたりとか噂で聞いたことが──」

「──ふ、あはは! 服部君、優しいんだね」


 一気に顔が熱を帯びていくのが分かった。さりげなくフォローするつもりがどうやら加減を間違えていたらしい。我ながら情けない。


「と、とにかく! 忍者もまだ暗躍してるってこと。いい意味でね」

「……うん。ありがと!」


 眩しいぐらいの笑顔に思わず顔をそむけてしまう。同年代の女の子に面と向かってお礼を言われたのなんて久しぶりだ。


「あーっ!!!」

「うわ!? ど、どうした!?」


 急に望月さんが大声を出すので思わず飛び跳ねてしまった。


「そういえば全然やってないじゃん!」

「やってないって……何を」

「忍者修行だよっ! 私を鍛えてくれるって約束、忘れてないからね!」

「えぇ……。いや、じいちゃんも言ってたじゃん。まずは俺の日常生活を観察すれば何となく見えてくるって」

「そうだけど……、でも、もっと早く忍者みたいになりたいの! だからどんなことでもいいから修行させてほしい! 火遁の術とか、水遁の術とか!」

「いきなりハードル爆高だねぇ……」


 どうしたものか。実のところ俺自身そんなに見栄えのよい事などできない。というか火遁の術とかは仕込み道具を使って術っぽくしているのがほとんどなのだが……これはがっかりしそうだから今は黙っておこう。


「……分かった。考えておく」

「やったぁ!」

「あ、大通りに出たから忍者関係の話はここまで。あとは帰ってからね」

「了解であります、師匠っ」


 ビシッと綺麗に敬礼してみせる望月さん。


「いや、師匠って呼び方はできれば止めて──」


「きゃああああああああああ!!!」


 耳に突き刺すような甲高い悲鳴が人通りが多い道路で響き渡った。


 瞬時に頭の中でスイッチが切り替わる。そして即座に状況把握を開始する。


 声の方を見ると、女の子が一人道路にへたり込んでいる。

 悲鳴をあげたのは女の子の母親らしき人だ。

 母親の方は横断歩道の反対側で、女の子が道路を渡るのを待っていたらしい。


 そこにトラックが突っ込んできている。

 距離から推測するに、あのスピードで直進を続ければ後1秒もしないうちに女の子は無残な姿になってしまう。


 自分と女の子の距離およそ30m。問題ない、

 持っていたカバンを投げ出し、足に全ての力を込めて地面を蹴りつけ、駆ける。

 0.5秒経過──女の子の元にたどり着いた。トラックとの接触まであと0.2秒。


「ふっ!」


 残りの0.2秒で構えを取り、トラックに掌底を打ち込んだ。轟音と共にトラックは勢いを失う。即座に女の子を道路脇に避難させ、救助完了。


 後はトラックの陰になるよう人目を避ける。誰にも見られることなく、事は済んだ。


「おかあああさあああん!!」

「大丈夫!? ケガしてない!?」

「怖かったあああああ!!」


 ふぅ、と一息つく。もう少し反応が遅ければ今頃女の子は泣く事すらできなかっただろう。


 念のため周りを見る。通行人に気付かれた様子はなし。このまま去れば完璧だ。


「あ……」

「……」


 そう。いつも通り一人でいたのなら目撃者などいるはずもなく、何も問題なかったが、今日は望月さんがいた。


 最初はポカンと口を開け、固まっていたが、段々と目に光が戻って……いや、今までで一番の輝きを放ちながらこちらに詰め寄ってきた!


「何それ何それ何それ!? 服部君めちゃくちゃすごいじゃん!!! ねぇ今のどうやってやったの!? ねぇねぇねぇ!!!」 

「うおおおおおおお!! ち、近い! 一旦離れよう、そして落ち着こう!」

「落ち着いてなんていられないよ!! 今の何!? ほかの忍者の人たちとは何もかも違ったっていうか、とにかく凄くて!」


 もはや声を控えることすらしていない。何人かこちらを見て不思議がっている。こんな目立ち方は死んでもごめんだ。


「わ、分かった! とにかく帰ろう! すぐ帰ろう! 帰りながら落ち着こうか!」


 望月さんに追いかけられるような形でその場を後にした。この様子だと白を切ることはできないのだろう。



 家に帰り、気が付くと道場にいた。


「どうしてこうなった……」

「さっきの服部君を見てもうジッとしてられないんだもん! 教えてもらうまで帰らないよっ!」

「いや、君の家でもあるからねここ」


 追いかけられるようにして帰ったが、帰った後も質問攻めは終わらなかった。それを見かねたじいちゃんが要らぬことを言った。


「見せてやればよかろう」


 その結果、道場に着てご丁寧に胴着まで来ているという訳だ。


「押忍! よろしくお願いしますっ!」

「空手とかやるわけじゃないんだけど……」


 これは一歩も引きそうにない。何か教えなければ本当に拘束されそうだ。


「えっと、じゃあ手始めに火遁の術でも見せようか」

「え、ほんと!? でもさっきの服部君の動きも気になるなぁ」

「それはまた今度ね。じゃあいくよ」


 立ち上がり、それらしい構えをして口の前で指で輪っかを作った。


「はっ!」


 それなりの大きさの火がぼうっ! という音を立てて眼前に広がった。


「おぉ~!」


 ここで何事もなく平然としていれば格好もつくのだが……。


「あっちぃ……いや、マジで熱いわこれ……焦げ臭くなるし……」

「……ん?」

「ど、どうかな望月さん。火遁の術」

「服部君、袖燃えてるけど」

「え? うわあっつぅ!? 道理であっつ!!!」


 ネタがあっさりとバレてしまった。火遁の術は腕に仕込んだ火炎放射器を口から出しているように見せるだけ。実際は袖口から火が出ているだけだ。


「思ってたのと違う……」


「俺みたいな普通の忍者ができるような術ってこのレベルだよ。後は体術がほとんど。でも使えれば話は別だけどね」


「異能……?」


「……まぁ教えてもいいか。異能って言うのは簡単に言えば超能力みたいなものだよ。それこそ火を吹いたり水を操ったり、嵐を呼んだり、とかね。まぁ普通に暮らしてればまず縁のない話だけど」

「……それって、やっぱりおかしい事、なのかな」

「……? まぁ、普通とは違うと思うけど」

「そう、だよね」


 沈黙が道場を支配する。何でそんなことを聞くのか。聞きたかったが、そんな雰囲気でもなかった。結局その日はそれで解散となった。



 夕食の時間になったのでみんなで夕食を取る。俺、望月さん、じーちゃん、橘さんの4人。望月さんのおじいちゃんは何やら用事があるとかで今日はいないらしい。


 望月さんの様子はまだ元気が無さそうだ。会話もほとんどなく、テレビの音が妙に大きく聞こえて居心地が悪い。


 そんな雰囲気に耐えかねたのか、じいちゃんが耳打ちしてきた。


「おい祐。さっさと謝らんか」

「俺が悪い前提で話を進めないでくれるかな?」

「あんな元気な由愛ちゃんがお前と一緒にいた後にこんなじゃぞ。お前が悪いにきまっとる」

「そうかな……そうかも……」


 そう言われると自分が悪いような気がしてきた。


 っていかんいかん。自分に非があると決まったわけではない。何も分からずに謝る方が気を悪くするだろう。


「うっす! 今日も飯いただきに来ましたぁ!」

「すみません……毎日のように来ちゃって……」


 おぉ、まさかの救世主が。ありがたい。この雰囲気をなんとなく和ませてくれるだけで──。


「なんか気まずいっすね!」


 この人はホンマ……。ここまでストレートに言うとは。


「本郷さん、今度雰囲気を知る勉強をしましょうね」

「え、橘さんの個人授業ですか!? いや照れるなぁ」

「えぇ……瞬きすら許しませんので」

「マジすか……耐えれるかな、俺」

「普通耐えられないですって……」


 ともかく、二人が間に入ってくれたおかげでなんとなく雰囲気が戻った気がした。望月さんの表情も少し明るくなった。


「ごめんね、服部君、おじいさん。ちょっと考え事しちゃって」

「焦らずともよい。由愛ちゃんはもう家族みたいなものじゃ。話したいときに話してくれればそれでよい」

「えへへ、ありがとうございます」


 新たに2人加わり、食事をしているとふとテレビのニュースが目に入った。


「次のニュースです。詐欺グループの主犯格と、グループ数名が路上で道をふさぐようにして半裸で寝ているところを警察に逮捕されました。容疑者たちは俺たちは嵌められたなどと供述しており──」

「え、結構近い。この辺って変なニュース多いよね」

「あー、これは今朝俺たちがカチコミして──」

「とうっ!」

「ぐふぅ!?」


 因幡くんが力也くんの腹に手刀をお見舞いする。


「うおおお……自慢の筋肉が引き裂かれそうだ……」

「あはは、本郷さんってば筋トレが足りないみたいですねー」

「……?」


 力也くんの口を防げてよかった。そう思いながら夕食をささっと済ませた。



 因幡君が力也君を引きずるようにして帰った今日の夜、いつものように自室で推しの生配信を見終わった時だった。


 コンコン。部屋の扉がノックされる。


「ん?」


 誰だろう。ノックして声はない。


 橘さんだったら声をかけるはず。じーちゃんだったら問答無用で入ってくる。もしかして引きこもりの姉が──いや、それはないか。

 ノックされた部屋を開けると、そこにはパジャマ姿の望月さんがいた。


「ど、どうかした?」


 風呂上りだろうか。髪が少し濡れており、シャンプーのいい匂いがする。意識すると会話に支障をきたしてしまいそうだった。


「……教えて、ほしくて」


 望月さんは俯きながら、ぼそっと呟いた。


「えっと、忍者の修行は今日は終わりだって──」

「そうじゃなくて」


 俯いた顔を上にあげ、視線が合った。何かを覚悟したような目をしていた。


「異能のことについて、教えてほしいの」


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