207 身勝手な善意の代償

「バカめ。あんたも魔法契約を甘く見過ぎだ。契約の神のもとに結ばれた魔法契約に、ただの人間が干渉出来るワケがないだろ」


 罰則なのに呪い扱いされたのも、契約の神の気にさわったのだろう。

 エアは呆れながら姿を現し、うるさいので手で顔を押さえて床を転がるお節介女とバカ商人を防音結界で包む。

 そして、武器に手をかけて固まった元護衛だった冒険者たちを見やった。本能で身構えたが、同じく本能で抜いたらヤバイと悟ったらしい。


「このバカの護衛依頼を受けた人たちだな。共犯とは見なさないから安心しろ。警備隊の事情聴取には協力してもらうが、無駄足になった護衛依頼の報酬も全額渡るようにするから。

 おれはエア。貸しマジック収納屋のオーナーだ。そっちの仲間は知ってて協力したから共犯で有罪。賠償金を請求する。逃げるなら手足を折っとくけど?」


 エアがそう言うと、共犯商人はぶんぶんと勢いよく首を横に振った。

 一応、土魔法で手枷をかけて置く。


「エアさん、このカイヤさんは何とかなりませんか?余計なことをしましたけど、悪い人じゃないですし、ヒーラーとしても結構な腕で」


 貸しマジック収納屋の受付担当のギルド職員は男なので、若い女にいい顔したいらしい。


「聞く耳持たず、身勝手なを振りかざし、更に痛め付ける結果になってるのに、悪い人じゃない?過ぎた善意は悪意と同じだぞ。まさか、魔法契約の罰だと知りながら干渉しようとする大バカがいるとは思わなかった。干渉した時点で一蓮托生だ。このバカ商人がちゃんと償うまで、この女も罰を受けたままになる。更に呪い扱いして余計なことをしたから、もっと期間は長いかもしれん」


「…え、そうなんですか?他の魔法契約だとそこまでの強制力は…いや、でも、干渉しようとした人って聞いたことがないですね…」


「魔法契約違反と同じ罰を受けるのは共通だと思う。共犯者は魔法契約には手を出してないから、こいつらと同じ罰はないが、社会的な罰は受ける。後はこっちで処理しとこう。…ニキータ」


 緑目夜色子猫型の影の精霊獣のニキータが、いかにも影魔法を使ったかのように名前を呼ぶと、エアとバカ商人、共犯商人、カイヤとかいう大バカ女がゆっくりと影の中に沈む。【幻影】の演出で魔法陣をくるくる回して光らせた。

 影から出る時も先ぶれに魔法陣を光らせ、これまたゆっくりと商業ギルドの受付の側に出た。

 エアが防音結界を解除すると、ギルド内にバカ商人と大バカ女の悲鳴が響いた。


「うるさい」


 エアは土魔法で土を固めたテープを、バカどもの口に貼り付けた。

 相変わらず、混雑したギルド内だが、さすがに静まり返る。


「魔法契約違反者及び共犯者、更に魔法契約に干渉しようとした大バカだ。こいつの魔法契約用紙を出してくれ」


 エアはバカ商人の首から商業ギルドのギルドカードを勝手に出し、照合して魔法契約用紙を出してもらった。

 契約完了した物から塵に還るので全部でも大した枚数じゃないし、サインが赤くなるので分かり易い。

 その魔法契約用紙にエアは魔石インクとつけペンを出して、


――――――――――――――――――――――――――――――

 違反した契約者は借りたマジック収納を返却し、金貨300枚の違約金を払えば、契約は終了し、罰の発動も終了する。ただし、信用失墜のため、この後、二度と魔法契約は出来ない。窃盗の罰は償ってもらう。

――――――――――――――――――――――――――――――


とサラサラと追記した。

 このバカ商人が借りたマジックバッグは戻って来るので、違約金が高く感じるか安く感じるかは人それぞれだろう。

 バカ商人はすぐにマジックバッグから中身を取り出してカウンターに置き、『ナカミル』でギルド職員もマジックバッグ内には何も残ってないことを確認した。

 そして、バカ商人は喜んで商業ギルド口座から違約金を出し、追記した文書の下にサインする。


 しかし、これだけではまだ終了しない。

 エアが確認してサインして初めて魔法契約は終了し、うっすら光って魔法契約用紙が塵にかえった。

 すると、バカ商人のただれた半面の顔もみるみる治り、元の何の傷もない顔になった。ようやく苦痛からも解放される。


 続いて共犯者には金貨150枚の賠償金を請求する。これで示談と見なされるから強制労働はしなくて済むことを知ると、喜んで払った。

 ちゃんと示談書も作り、お互い一枚ずつ持つ。

 警備隊には自分たちで出頭してもらう。影転移で移動してやったので、どこへ逃げても無駄だとは思い知ってるだろう。

 まぁ、マジック収納をもう持ってないのでそちらからは追えないのだが、やろうと思えば精霊獣たちがすぐ探せるのは確かだ。


「…あの、彼女はどうなるんですか?」


 カイヤとかいう大バカ女は顔の半面がただれ、まだ苦しんだままだった。口は土テープで塞いでいるので、くぐもったうめき声。


「お前との縁は切れてるが、契約の神の怒りは買ったままだ。相当、不興を買ったらしい。こうなると、どうすれば怒りが解けるのか、おれにも分からない。何日か苦しめば溜飲が下がるかもしれないし、一生このままかも…まぁ、その前に餓死か自殺してるだろ」


 エアは【鑑定モノクル】で大バカ女…カイヤの鑑定をしてみたが、【神罰実行中】となっているが、それ以外は本当に分からない。

 魔法契約違反の罰なのに、事情も知らず、聞かず、勝手に回復魔法で治し、更に呪い扱いをして【解呪アンチカース】をかけたのは、相当、気に障ったのだろう。


「そんな…」


「面倒みてやれば?押し付けの身勝手な善意とはいえ、善意は善意。お前がいなければこうはならなかったんだから、神の怒りを鎮める鍵はお前にあるかもしれない」


 ないかもしれない。

 所詮、推測しか出来ないのだ。


 面白がりそうだな、とエアはシヴァには念話通話で教えて置き、エアは大バカ女の口の土テープを解除してから、さっさと【影転移】してアリョーシャの街に移動した。

 臨時収入が入ったので、食材も料理も豊富なこの街で食べ歩き、買い溜めするのだ!



 ******



 神の怒りを鎮める方法はエアにも本当に分からないが、おそらく、という推測は付く。

 余計な干渉をしたのは魔法で、なので、大バカ女が魔法が使えなくなるか、魔力を使えなくすれば、神も溜飲が下がるだろう。


 具体的な方法としては【魔法封じの腕輪】か【奴隷の首輪】の魔道具を手に入れ、大バカ女に装着させる。

 …いや、もう二つあるか。神の許しが出るまで昏睡状態で目覚めないようにするか、影収納内や異空間、ダンジョンで生活すること。

 いくら神でもそこまで干渉出来まい。


 シヴァは、しばらく観察してから何らか試すだろうが、どれを選ぶのだろうか。エアには思い付かない、他の方法があるのかもしれない。



 しかし、予想外の結末を迎えた。

 呪文のように大バカ女が謝罪を繰り返していただけで、誰も何もしてないのに、たった三日程度の神罰で神は溜飲を下げてしまったのだ!


 いつの間にか、カイヤという大バカ女の眉間には「Ε§З」というような黒い印が浮き上がっていた。

 文字なのか記号なのか分からないが、何故だか誰もが見ると不快になる印だった。


『一旦、許してやるけど、学習しろよ?』

『この女には気を付けろ!神罰を受けた女だからな!』


 そんな意味だろうが、その程度で済ます神は意外と寛容なのかもしれない。



 これ以降も持ち逃げをしたバカは出たが、罰則発動中に余計なちょっかいをかけてしまう冒険者は出なくなったので、検証は出来なかった。

 色んな実験に使える人に試させたい所だが、間接的に神を怒らせることになってしまうので、検証は頓挫することになったのである。







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新作☆「番外編68 思い馳せし夜空の君」

https://kakuyomu.jp/works/16817330656939142104/episodes/16818093089038196224


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