013 我ながら図太いらしい

 街中以外の冒険者の食事の大半は、携帯食か堅パン、干し肉、ドライフルーツ程度。携帯食はマズ過ぎるが、栄養は摂れるらしいので渋々食べている。


 料理が出来る冒険者は多少はいるが、「出来る」であって肉を焼く、適当に水と塩と肉と野菜を入れて煮込む程度であって、美味しくはない。

 お湯で溶かすだけの粉末のスープも売っているのだが、そんなに種類がないので飽きているのが現状だった。


 エアはそこそこ美味しい料理が作れるので、大半の冒険者より余程いい食生活をしていた。今まで加入したどのパーティでも重宝がられている。すべて亡くなった母親に色々と手伝わされたおかげである。


 エアは左手を失っても、前腕で食材を軽く押さえることは出来るので、フライパンが振れないのが多少不便程度で料理も今まで通りに作れた。

 ただ、パンの成形やパスタやうどんの麺を作ることだけは難しいので、買ったもので。パスタも乾麺ならかなり保つ。

 もっと慣れれば何とかなるような気がしなくもないが。


 ここ最近は街中でもダンジョン内でも、ちゃんと美味しい物をたっぷり食べているのに、エアがガリ寄りの細身のままで、中々肉が付かないのは、体質と成長期と運動量が多いせいだろう。

 懐に余裕がある時は二人前ぐらいは軽く食べるので、「食べる端から消費しているんだな」とよく言われたものだ。


「今日は何でこんなにカエル肉ばかりなんだ?近くのどこかの川で大量に涌いたとか?」


 今日も市場に買い物に行くと、肉屋ではカエル肉が大量に並んでおり、激安で大盤振る舞いしていた。


「おうよ。みんなダンジョンばっかりに行くからってのもあるんだろうな。ホーンラビットとかフォレストボアなら大喜びなのに」


「フォレストボアは運ぶのが大変だろ。3m前後じゃ…あ、今なら平気か。じゃ、狩って来たら色付けて買い取ってくれる?おれの分は確保でそれ以外。解体は無理だけど、血抜きはするから」


 肉屋のおやじはエアがマジックバッグを手に入れたことはとうに知っているが、誰かに聞かれたら面倒なことになりそうなので、マジックバッグという単語は言わない。


 片手で一人では大物の解体は厳しいが、マジックバッグがあるので丸ごと持って来れる。

 【チェンジ】の魔法を使えば、手で触れるだけで収納出来るので、血抜きの時もそれを利用すれば、大物を逆さに吊るすのも簡単だ。


「それは嬉しいが……大丈夫なのか?その手で」


 肉屋のおやじはちらっと左手を見やる。

 夏でも冒険者は長袖で、エアの左袖からは何も出ていない。


 エアが左手を失う前からのつき合いの肉屋のおやじで、今まで数え切れない程、直接、肉を売っている。心配なのは狩りの腕ではなく、エアだろう。

 エアは頷いた。


「問題ない。レベルも上がったからな」


 とりあえず、エアはカエル肉を腐る前に食べ切れる量を買った。

 パサパサ、堅いと人気がないカエル肉だが、それは脂身の少ない肉の調理方法を知らないからだ。

 玉ねぎやきのこがあれば、一緒に漬けて置くだけで柔らかくなるのに。

 ない場合は塩と砂糖をだいたい同量、少量の水に溶かし、その中に肉を漬けて置くと柔らかくなる。

 これは行商人をやっていた亡くなった父からの情報だった。


 ******


 さて、久しぶりの森だ。

 エレナーダダンジョンは王都エレナーダの街の外にあるので、街の外に行くのはしょっちゅうなものの、森の方へはそれこそ、左手をなくした時以来だった。もう四ヶ月弱前のことだ。


 その時のことを思い出して、緊張ぐらいはするかと思ったエアだが、まったくそんなことはなかった。我ながら図太いらしい。

 元パーティメンバーのゲラーチたちに変なスキルか魔法を使われたせいで、あの時のエアは身体の調子が悪過ぎた。


 今はレベルも上がって、体力も取り戻し、少しは筋肉も付いて来ているし、全力で走ることも戦うことも出来る。

 装備もちゃんと揃えてあり、最悪の毒蛇コースタルタイパンの毒牙も通さないグローブも着けている。

 ステータスも上がっているので、何もなかったとしても毒牙程度、通らないかもしれないが。


 エアは森に来たついでに薬草も摘む。常設依頼なので、ささやかでも報酬があるし、実績にもなる。

 【気配察知】スキルで周囲を探ると、ホーンラビットらしき小さい気配がいくつかあった。少し距離があるし、目的はフォレストボアなので後回しにする。


 フォレストボアの痕跡はかなり分かり易い。

 牙で木肌を削り、その周辺も踏み固められた獣道があるからだ。

 ボア肉は美味しいので、それが狙いの冒険者や商人に雇われた専属の人もいるため、狙いが被らないようにエアはより新しい痕跡を探して行く。

 小さな村生まれで、物心付いた頃には森の中に入っていたエアなので、こういった斥候の仕事も得意だった。


 程なく、エアはボアの真新しい痕跡を見付け、後を追ったのだが……。


「アサルトボアか…」


 アサルト…突撃の名前通り、アサルトボアはフォレストボアより一回り大きく、気性が荒く、皮も堅い。肉は赤身が多くなり、旨味も濃くて絶品なのだが……。

 エアは左腰に差している、最近相棒になったダンジョンドロップのショートソードに目を落とす。魔力を通す合金で作られており、切れ味抜群だった。魔力を通さなくても、上に落とした紙がするりと切れるぐらいだ。

 これなら行けるだろう。


 エアは気配を殺して一気に距離を詰めると、ショートソードに魔力を通してアサルトボアの首をねた。

 スパンッ!と音がしそうなのだが、何も聞こえなかった程、抵抗がなかった!

 ここまで切れ味がいいとは思わなかった。

 ダンジョン内でゴーレムやパペットの相手が多かったせいだろう。

 

 エアはまずちょうどいい木の側に穴を掘り、アサルトボアの後ろ足にロープを結ぶと、【チェンジ】でアサルトボアを一旦収納し、すぐに木にもたれかかるよう、アサルトボアを出す。ロープを引っ張って吊るせば、血抜きが出来る。掘った穴は血が溜まる場所だ。

 切り離した頭はすぐ血が抜けるので、さっさと収納しておく。


 もう九月だが、まだまだ暑い。

 まだ午前中で日光は当たらない場所とはいえ、出来れば、アサルトボアは川に沈めて冷やしたい所だが、まぁ、血抜きをして肉屋にすぐ持って行けば、後は何とかしてくれるだろう。


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