002 兄ちゃん、モテモテだなぁ
「まだ利き手じゃなくてよかったじゃないか」
「あの最悪の猛毒蛇に噛まれて、生き残っただけすごいことなんだぞ」
左手を失ってから、せめてもの慰めとばかりに繰り返される言葉。
そう思えたらどれだけよかっただろう、とエアは思う。
やっとDランク冒険者になって、これからだと思っていたのに。
自分の不注意と準備不足、危機管理も足りなかったのは分かっている。
また稼げばいい、とは思えなかった。
体力を取り戻した所で、左手なしで再び戦えるのだろうか?
エアの武器は両手剣ではなく、片手剣のショートソード。
剣は握れても、左手がないと身体のバランスが崩れるので、慣れないと転がると医者からも言われた。
体重を乗せた一撃が出来るようになるには、一体どれだけかかることか。
ここはエイブル国王都エレナーダ。
側にダンジョンがあるので冒険者も多い。
だからこそ、ダンジョンに行く冒険者が多く、街道からも外れている森の方には中々来ないのだが、偶然、通りがかった親切な冒険者たちにエアは助けられ、街の病院に入れてくれたのはかなりの幸運なのは分かっている。
あのまま森の中にいたのなら、死んでいただろう。
分かってはいるが、入院費で今まで稼いで来た金の大半が飛んでしまう。それに、助けてくれた冒険者たちにもお礼をしないとならない。
エアがいつになく単独行動したのは、ちゃんと理由があった。
ここ二ヶ月の間、エアの身体の動きが悪くなるのと反比例するかのように、パーティメンバーの一人、リーダーで長剣を使う剣士のゲラーチの動きがかなりよくなっていた。
最初の頃は気のせいかと思っていたが、特に最近はおかしかった。
ゲラーチはロクに鍛錬してないのだ!それで動きがよくなるワケがない。
こういった場合、疑うのは何かのスキルか魔法の影響だ。
しかし、証拠もないのに問い詰めることも出来ず、とりあえず、パーティを抜けることを考慮し出した矢先のことだった。
はぁ、とエアはため息をつく。
入院費とお礼は今まで貯めた金で何とかなるとしても、その後は?
何かのスキルか魔法を使われてるんじゃないか、という疑惑を解明するどころじゃない。エアはパーティからあっさり外されるだろう。
エアの回復をゆっくり待つ程の貯蓄も気持ちの余裕も、パーティメンバーたちとの絆もない。
冒険者以外の仕事なんて、自分にやれるとは思えなかった。
読み書き、計算は出来るが、ほとんど独学で間違って覚えていた所も、たびたび気が付くし、まだまだ知らない単語も言い回しもたくさんある。
文章を書くことがあまりなかったし、色んな知識も足りない。
血が足りなくてくらくらする頭でいくら考えた所で無駄だとは分かっているが、今後を考えない方が不安で仕方なかった。
******
「エアさん、お加減どうですか?お水どうぞ」
「エアさん、【クリーン】をかけましょうか?まだいいです?」
「エアさん、果物なら、もう少し食べられます?」
「エアさん、何か買って来て欲しい物はありませんか?」
看護人たちがヤケに頻繁に来る。
一時期は高熱を出して生死の境をさまよったエアだが、持ち直した後はもう貧血と体力ぐらいで、そう様子を見に来なくてもいいような気がするのだが。
「兄ちゃん、モテモテだなぁ。そんなに顔がいいと選り取りみどりか。羨ましいこって」
あはははは、と気楽に笑うのは同じ病室の商人のおじさんだ。
暴漢に襲われてかなり殴られ右足の腱を切られたが、何とか助かった、という境遇なのに、いつも明るい。助かっただけ儲けものだと。
そこで、エアはようやく、素顔のままだったことに気付いた。
長めの前髪と少し色の入ったゴツいゴーグル、人前ではあまり【クリーン】をかけず、少し小汚い冒険者を装っていたのに。
怪我人が不衛生なのは論外にしても、ゴーグルぐらいはするんだった。
夜色の髪に鮮やかなエメラルドグリーンの目、整った顔立ちのエアは、食うや食わずの生活が長かったため、成長が遅くてガリガリ一歩手前の細身で低めの身長だった。実年齢より若く見えることもあって、フラチな連中によく狙われたので、普段は自衛していたのだ。
しまった、とエアが右手で顔を覆うと、商人のおじさんが楽しそうに笑った。
「ああ、何?普段は隠してたんだ?売られそうだしなぁ」
笑い事じゃない。
エアとよく似ている二つ下の妹がとっくに売られそうになった。十歳そこそこで。当然、兄妹二人で逃げたワケだが、それ以降も寄って来るフラチな連中が多くて苦労した。
……苦労している現在進行形か。
「そこまでキレイな緑の目は珍しい。顔立ちもキレイだし、エルフの血が入ってるとか?」
「さぁ?近い親族にはいなかった。エルフやハーフエルフにもよく聞かれるけど」
エアの成長が遅いのは環境にしろ、筋肉が付き難い体質といい、可能性はあるのかもしれない。
そこで、ようやく、お互い自己紹介した。
商人のおじさんはコネリーといった。
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