快適生活の冒険者~禍福転変~

蒼珠

第1章・始まりは残酷な現実

001 注意一秒怪我一生

 黒くて長い影のようなものが視界に入る。


 ―――マズイッ!避けきれない!―――


 エアは咄嗟に動いていた。

 躊躇は一切なく、左手首を斬り落とす。


 左手の手の甲を最悪の毒蛇に噛まれたのだ!

 コースタルタイパン。

 気配も音もなく近寄る有毒魔物の中でも最悪の毒蛇。

 戦闘力も生命力も高くはないものの、その欠点を上回る程、隠密特化で毒も強い。

 あまりいい物ではなかったが、手袋をしていたことで多少は毒牙が深く入らなかった、と思う。


 エアはまだ左手首に噛み付いたままのコースタルタイパンの頭を、ザクッとショートソードで斬り落とした。


 出血が酷くなったのと毒でくらりと目眩めまいが襲う。

 痛みよりも熱い。

 生存率は……いや、諦めるな!

 止血しないと!

 斬り落とした手首の断面を魔力で覆う。

 エアは回復魔法は使えないが、これで多少は止血出来る。それから、その辺の蔓で前腕をぎゅっと縛る。

 左腕全体を失うかもしれないが、死ぬより遥かにマシだ。


 エアは腰のポーチから毒消しを出して飲み、傷口にポーションを…と背負った荷物を探る。瓶が割れないよう布でくるんであったのが仇になり、片手では中々出て来ない。

 寒い。五月初旬なのに震えが来る程、寒い。手が震えて、余計にポーションを出せない。


「…っっおい!血の臭いがするぞ!誰かいるのかっ?」


 男の声が聞こえて、エアはつい気が緩みそうだったが、安心するのはまだ早い。

 声はまだ遠いし、これ幸いと見殺しにして荷物を奪う即席強盗もいるのだ!


 ガサガサと茂みをかき分ける音がする。一人じゃない、複数。


「あ、こっちにいたよ!怪我して動けないみたい!」


「そりゃ大変だ!」


「大丈夫か?意識ある?」


 エアは朦朧とする中、頷いた。声を出しても震えて言葉にならないような気がする。


「…え、自分で斬り落としたのか!?まだガキなのになんつー度胸…スゲェ…」


 ほんの一週間前に十八歳になった所だけど、とエアは内心苦笑する。成人年齢は十五歳だ。


「…うっわ!最悪っ!このクソッタレ蛇か!普通の毒消しじゃほとんど効かねぇぞ!」


「じゃ、さっさと治療院に運ぶぞ!」


 エアはガタイのいい男に背負われた。女一人男三人のこの四人パーティの一人だ。


「傷口にポーションは?」


「毒の場合は変に塞がない方がいいって聞くぞ。布で巻いとこう」


「一応、斬り落とした手と蛇、持って行こうぜ。売れるかもしれないし」


「手が?」


「蛇の方に決まってるだろ!手は毒を消したら、くっつくかもしれないからだ」


「おら、ジャレてんな。先に行くぞ!」


 身体強化が得意な男らしく、すぐにかなりの速度で走り出した。

 この人たちなら大丈夫。

 この二ヶ月ばかり、体調が悪いわけでもないのに、何故か身体の動きが悪く、運も悪かったが、ようやく運が向いて来たのかもしれない。

 出来る限りの恩返しをしよう。

 エアの意識があったのはここまでだった。





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