【人間症候群】

文屋治

人間症候群

 某月某日、街路を一人、歩いている最中でありました。私の両耳を好みの音楽で満たしてくれていたワイヤレス・イヤホンの充電が突如として切れてしまったのです。私は軽い溜め息を空に吐き捨てながらも、鼓膜を外界から遮断してくれていた栓を取り外しました。其の刹那、不愉快な現実の奏でる不協和音の騒音が鼓膜を驚かせました。そして、足下の路面へと向けていた視線を不意に上げ、周囲へと向けてみますと、其処にはこぞって亡き骸へと成り果てた魚の様な目を浮かべた者共で溢れ返っておりました。其の時、私はがらんどうの屍が蔓延はびこる街を歩いているかの様でありました。

 此の侭では私と云うものがピシャリ…と押し潰され、見えない不可視の鋭利な牙に首を食い千切られてしまう。私は路上を歩く最中、其の様な気さえして参りました。

 私は何食わぬ顔をしていながらも徐々に々々々歩みを速め、最寄りの駅に停まっていた列車へと駆け込み、空いていた席へと座り、懐から一冊の小説を取り出して、熱心に其れを読み始めました。

 小説でも読み進めていないと、現し世から目を背けていないと、無数の人間共の内面よりい生まれた負のシンドロームの怪物にさいなまれ、噛みつかれそうで恐ろしく、辛抱たまらなかったのです。

 私は思うのです、日常に潜む怪物は常に此方をジッ…と覗き込み、睨んでいるのだと。多くの者が気付いていないだけで其れはずっと々々々…宛ら、堕ちた守護霊の如く。

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