第7話:ファイトクラブ

 組み合った両腕から伝わった、枢女の過去を知りシーナは心が震えた。人と魔物の想いが溶け合った一つの奇跡の存在。それが上羅月枢女だと知り、シーナは二人の想いに感銘を受けた。


 それ故に、今の枢女の状況に怒りを覚える。


 クソッタレな魔弾のせいで、我を無くした枢女を憐れに思う。しかしそれを打破出来るのも枢女だけなのだ。少しでも早く魔力の流れを取り戻し、自我に目覚めるしかない。その枢女は今、自分をなくし本能のまま自分に噛みつこうとしている……。


 そこでシーナの心の中の何かがぷつんと切れた。シーナは頭を後方に下げて力を貯めると、噛みつこうとしている枢女の頭めがけて渾身の頭突きを喰らわせた。


 ずごぉぉぉん!


 轟音と共に頭突きが炸裂し、シーナ自身も目から火花が飛び散ったが枢女にも相当のダメージがあった。足元がふらつき、腕の力が緩む。そのスキを逃さず、シーナは頭を後ろに反らすと、再び渾身の力を込める。


「いい加減にそんなクソ魔弾に惑わされているんじゃ……ねぇぇぇぇぇ!」


 そう言い放つと、シーナは再び頭突きを喰らわす。

 ずごぉぉぉん!


 ついに枢女は片膝をつく。だが、シーナはそんな枢女にさらに追い打ちをかける。


「弱い人たちを救うんだろ? そんなお前がたった一発の魔弾如きで惑わされてんじゃねえ!」


 頭突きがまた炸裂する。

 ずごぉぉぉん!


 コグルクはその衝撃に驚きながらも、シーナから目が離せなかった。


『この人は泣いている。罵声を浴びせてはいるけれど、実は泣きながら激励しているんだ』


 なぜここまで相手に思い入れるのかは解らないが、間違いなくこの人は自分を無くしたこの吸血鬼に一刻も早く自分を取り戻してもらおうと必死に努力している。


「いい加減にしろ枢女! お前自身が自分の忌まわしい運命を知っているはずだ! クソ魔弾の効果なんか一瞬で消しちまえ! そうかお前。枢女じゃなくてカメか! カメだからトロイのか! カメ! カメ! カメ!」


 シーナがそう言った瞬間、枢女が付いていた膝を起こした。かと思った瞬間頭を後ろに反らす。


「誰が……カメだぁぁぁぁぁ!」


 枢女は渾身の力を込めて、シーナに頭突きを喰らわす。

 ずごぉぉぉん!


 今度はシーナが頭をグラリと揺らす。だがシーナはめげなかった。


「なんだカメ、ようやくお目覚めか!」


 そう言うと、再び頭突きを喰らわす。

 ずごぉぉぉん!


「またカメって呼んだな!」

 ずごぉぉぉん!


「カメをカメって呼んで何が悪い! カメ!」

 ずごぉぉぉん!


「また呼んだな! シナチク野郎!」

 ずごぉぉぉん!


「……子供のケンカかよ」


 ようやく自分を取り戻したコグルクは呆れてつぶやく。しかし、頭突きあっていても二人は決して険悪ではない。むしろ楽しそうだった。お互い腹蔵なく全くの素をさらけ出して罵り合う姿は、どちらかと言うと微笑ましかった。そんな二人を見ていたコグルクは、変なモノに気が付く。シーナと対峙していた枢女もほぼ同時に気付いた。


 シーナの額に数字が浮かんでいる。頭突き合いで血がにじんだ額だが、血の赤に負けない明るさで、光り輝くように数字が浮かんでいた。

 

 〝666666〟


 キレイに6の数字が6つ、並んでいる。その数字の赤は血の生々しさとはまるで違う、永遠に呪われたように光り輝く赤い文字だった。


 次の瞬間、何者かが頭突き合う二人の横に立った。シーナも枢女もハッとしてそちらを振り向く。魔術でも超能力でもなく、何の力の脈動も兆候も無く、度美乃がそこに立っていたのだ。


「け、警視?」

「す、菅竈由良警視?」


 驚く二人を見て、度美乃が微笑む


「……楽しそうですねぇぇぇぇぇ」


 しかし、シーナも枢女も決して見逃してはならないものを見つけてしまった。度美乃のおでこの端、怒りのあまり浮き上がった神経の脈動を。


「け・警視、こ・これは!」

「ち・違います! けっしてケンカなどしていたわけでは!」


 度美乃は二人の頭をガシッと掴むと、無造作にぶつけた。無防備なお互いの側頭部を叩きつけられ、シーナと枢女は白目をむいて地面に即倒した。コグルクはその様子を見て、心底恐怖する。


『あんな二人を? 一撃で? この人はいったい?』


 ミノタウロスすらモノともしない二人を心胆寒からしめるなんて存在は、本物の魔王か神様しかいないだろう……そんな事を考えていると、その本人がこちらを見た。そしてニコッと笑って言った。


「ボウヤ、この二人を運ぶのを手伝ってもらえるかしらぁ?」


 コグルクは、〝身が凍る思い〟と云うものを初めて体験した。

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