安全装置~堂々巡り②~
森本 晃次
第1話 特別症候群
この物語の根幹となる基準のお話に似たようなものがございますが、あくまでもこのお話はフィクションですので、作者の創作としてお楽しみください。
二〇八四年の年が明けようとしていた。河村義之はこの年、三十歳になっていた。大学でロボット工学を勉強し、それまで不可能とされてきた「ロボット工学基本基準」を網羅したロボットの開発に一石を投じたのだ。
「ロボットと人間の脳の共有ができれば、ロボットが無限ループに入り込むこともなく、動作できる。ただ、そこで問題になってくるのは、『ロボットが意志を持ったら?』という発想が残りますが」
と、義之が自分の考えを述べると、
「ただ脳の共有だけでは難しいかも知れませんよ。それも、今の科学ではさすがにそこまでは難しいですね。河村君の発想は、今の段階では仮想でしかないですね」
と、ロボット工学の教授が言った。
確かに、二〇八四年時点の科学は、ロボット工学に関して言えば、まだまだ発展途上であり、何よりも研究が遅れている。その一番の原因は、研究者の絶対数が少ないのだ。理由としては、ロボット工学基本基準を絶対の基本とするならば、電子頭脳に基本基準を搭載させたロボットは、
――「無限ループ」に陥って、動かなくなる――
という定説が、遠い昔からの伝説として根強く息づいているせいだった。
搭載が不可能とされた理由、それは、
――思考回路には限界がある――
ということだった。
ロボットが人に与えられた命令を実行するには、それ以前の前提として、いかなる理由があるにせよ。人間に危害が加わってはいけないという大原則がある。そのため、ロボットは、自分の中であらゆる可能性を考えなければいけない。
その中には、その時に必要な考えなのか、まったく関係ないことなのかを、瞬時に見分けなければいけないだろう。
だが、何が必要で、何が不要なのかということも、可能性から考えて無数に存在する。どちらに転んでもロボットの思考回路では、判断できるものではないのだ。
それを、「フレーム問題」というが、その問題も、百年以上も前からある発想だった。
だが、人間はその判断を一瞬にして下すことができる。自分で考え、自分で行動できるのだ。
「この場合の不要なことというのは」
などと考えることもなく、スムーズに判断している。判断しているという意識がないのは本能によるものなのか、そうであれば、ロボットよりも獣や動物の方が、より人間に近いということになる。
この時代になってロボット工学の研究が進んでいない理由の一つとして、ロボット工学基本基準が、人間に対しての「安全装置」であるなら、その理由は人間に対しての「パンドラの匣」と言っていいだろう。そう、どうして研究が進んでいないのか、
「それは、ロボットが自らの意志を持つことを恐れている」
ということからであった。
それまで意志を持っていなかったものが、意志を持つようになった時、最初に考えることは、
「自分がどうして、ここにいるというのだろう?」
という、自分の存在意義ではないだろうか。
その時に必ず引っかかってくるのは「ロボット工学基本基準」で、意志を持ったとしても、その基本基準が絶対的に有効であるなら、ロボットにとって、これほど辛いことはないはずだ。
中には、そのせいで考えがまとまらず、考えることがキャパをオーバーしていたら、きっとショートして、使い物にならなくなるかも知れない。使う側の人間に、ロボットの意志など伝わるはずはない。
「何しろロボットは、俺たちが作り出したんだからな」
という、ロボットに対しての絶対優位性を持っているからだ。
そういう意味では人間ほど、他の生物やロボットに対し優越感を持っていて、自分たちが中心で地球が回っていると真剣に信じているものはいないだろう。
それをエゴというべきなのか、確かに人間が文明を作ってきたのだが、それは人間の側から見ての優越感であり、他の生き物やロボットから見れば、そんな人間はどう映っているのだろうか。きっとロボットは、自分たちを作ったのが人間などということは信じないに違いない。
ロボットと人間の脳を共有などということは、確かに時期尚早なのかも知れないが、発想として不可能ではない。それを証明しなければならないわけだが、最初に義之が目を付けたのは、「死者の脳」だったのだ。
死者の脳と言っても、完全に死んでしまった人の脳を使えるわけはない。心停止した人間の脳をロボットに移植するというものだった。
もちろん、この時代にも心停止に対して、どこまで医学的に利用できるかというのは、論議の元だった。人道的見地からも難しく、ひょっとすると、二十一世紀に比べても、さらに厳しくなっているのかも知れない。
二十一世紀から二十二世紀になるまでの変化で大きなものは、ロボットの出現と、それに伴う人間の存在意義との関係だった。
ロボットの出現によって、人間は飛躍的に労働から解放された。
しかし、その反面、今まで人間がやってきた作業をロボットに任せることによって、大きな雇用問題に発展した。
もちろん、その問題も分かっていたはずなのだが、ロボット開発に比べて、問題解決への進展は遥かに遅かった。ロボットが普及してくると、どの企業もロボットを採用するようになり、人間を雇うよりもコスト面でいくらでも削減できるようになった。
確かにロボットには壊れるかも知れないという危険性はあったが、人間のようにわがままも言わなければ、無理も効いた。要するに、ズル休みやサボるという観念がない。しかも、疲れを知らないので、残業をものともせず、何よりも労働条件をあれこれ文句を言う労働組合のようなものも、ロボットにはなかったのだ。雇用する側とすれば、これほど楽なものはない。
さすがにまだ二十一世紀には、ロボットと言っても、単純労働を繰り返すだけのものしか存在していなかったが、二十二世紀になると、
――自分で考えて行動する――
というロボットが開発された。
スキルもバラバラだった。
いや、正確に言えば、最初に製造され、各々の適材適所に配置されてからが変わってくるのだ。彼らは、
「成長するロボット」
だったのだ。
自主的に行動できるロボットではあったが、それでも、まだ彼らは意志を持つことがなかったことが、ロボットが人間に使われる側である証拠でもあった。
もちろん、ロボットが意志を持つことによって、人間にどのような災いをもたらすかということは昔から分かっていたことだった。
「ロボット工学基本基準」も、その観点で作られている。
もし、ロボットが壊れたり、劣化したことで、人間に危害を加えたり、反乱を起こしたりしないようにするための「安全装置」を、最初から埋め込んだ電子頭脳が、彼らの暴走を抑制する力を持っている。
ロボットというのは、どれほど人間によって抑制されているかということを知らない。ロボットにとってそれが幸せなのか不幸なのか、誰にも分からない。
「俺たち人間だって、何が幸福で何が不幸なのかなんて分かりっこないんだ」
というのが、義之の考えでもあった。
義之は、ロボット開発を、ロボットの側からだけ行ったわけではない。人間の本質、ひいては、人間だけではなく、まわりにいる犬や猫だったり家畜にまで精神状態を研究し、
――いかに環境がロボットに適用できるか――
ということを、研究してきた。
出来上がってしまった環境を崩すことはできない。どれだけ、ロボットが環境に従順できるかということが問題になってくる。そのためには、ロボットに意志を持たせてはいけないという結論に至った。
ロボットと人間とは、相容れる関係ではない。特に人間がロボットに対して同情や、ましてや愛情などを抱いてしまうと、その人にとっては、不幸以外に何者でもない。ロボットには感情がないのだ。
意志を持たないようにするには、まずは感情を持たせないことが必須であり、特に人間に対して感情を持ってしまうと、いつ自分の存在について疑問を持つようになるか分からない。
「ロボットが反乱を起こしたり、人間に危害を加えるようなことがあるとすれば、最初に考えられるのは、彼らが自分の存在に疑問を呈した時である」
というのが、義之の考えでもあった。
だからこそ、彼の基本はロボット工学基本基準であり、
「こんなことを考えている俺が一番、ロボットに近い考えを持っているのかも知れない」
と、考えていた。
五十歳を超えた義之は、原点に戻るため、二十二世紀になって開発されたタイムマシンに乗って、三十歳の自分を見に行った。そこには、ロボット工学に対してまだまだ意欲を燃やしていた三十代の自分がいた。
五十歳を超えると、さすがに第一線では、若手が台頭してきていた。
ロボットの普及というのは、人間の老化を早めるという副作用もあり、五十歳になると、すでに現役ではないと言われるくらいになってきた。逆に平均年齢は伸びてきていて、いわゆる「老後」というものが、人生の中で半分近い時期を占めるようになってきていたのだ。
これは、人類には由々しき問題であった。
老後問題とロボット問題とは、切っても切り離せない問題となっていた。その原因の一端を図らずも担ってしまったことで義之は五十歳にして、自分が信じらなくなり、極度の鬱状態に陥っていた。
ただ、これは義之だけの問題ではない。二十二世紀になってからは、鬱状態の人間が爆発的に増えた。
――暗黒の時代――
と言ってもいいだろう。
ただ、鬱状態はずっとあるわけではない。普通の精神状態と鬱状態を定期的に繰り返している精神状態に、ウンザリしていただけだ。
ずっと鬱状態よりも、定期的に繰り返している方が、却ってきつい。普通の状態から鬱に変わる時、その前兆を感じる。その時の精神状態ほど自分を嫌になることはない。他の人は、この瞬間に自己嫌悪が最高潮に達し、何もしたくなくなる。その状態を繰り返すことで、無気力人間になっていくのだ。
これもロボット普及の副産物であり、
「誰よりも自分に責任がある」
と、義之は考えた。
その気持ちがあることで、ウンザリはしているが、普通の精神状態になっている限られた時間、義之は正常に戻ることができた。
「何とかしないといけない」
そう思うと、結論として、過去の自分を見に行くことを選択したのは、無理もないことである。
過去の自分は、
「ロボットと人間の脳の共有」
を提唱し、ある程度まで可能にしたが、それは中途半端なものだった。
それをそのまま実行すれば、ロボットは堂々巡りを繰り返してしまうことは、テスト段階で証明された。
確証があっただけに、三十代の義之の落胆も大きかった。しかし、それから三年後、義之の提案は功を奏し、いろいろな研究所で、義之の考え方が採用されるようになった。
「あの時は実現は不可能だったが、研究するには大いに参考になる提案だったよ」
あの時、
「ロボットが意志を持った時」
という命題を示すことで、義之の意見を退けた教授も、三年経って、やっと義之の考えを前向きに見ようとしたのだ。
「ただ、わしもそろそろ年齢的にも引退の時期が近づいているので、後は若い者たちに頑張ってもらうしかないけどね」
と言って笑っていた。その顔には、優しさと力強さが溢れていて、
――やっぱり生身の人間はいいな――
と感じた。
いつもロボットの研究ばかりしていた義之には新鮮で、
「自分も生身の人間だ」
ということを思い知らされた瞬間だった。
「俺にもあんな時期があったんだな」
パラドックスという考え方があるために、直接過去の自分に会うことはできない。
タイムマシンの発明が実現したのは、タイムマシンに乗って違う時代に行った時、もう一人の自分に、自分を見せることができないか、あるいは、先祖や祖先に会った時、相手に、
「この人は自分に関係のある人だ」
と思わせないという選択ができるということが実現できるようになったからだ。
ただし、後者は一緒にいる時だけしか作用しない。もし、タイムマシンの使用者がその時代から退去したら、その効果は失われてしまう。
それでも、また同じ時代に戻る時は、以前に自分と一緒にいたという記憶は完全に削除されてしまうという作用もあった。もちろん、パラドックスに対しての「安全装置」なのだが、会いに行った方には記憶が残っている。
自分を知っているはずだと思っている相手の記憶がまったく抹消されているというのは辛いものだ。そのことを、まだ知らない義之だった。
五十歳になった義之はあることを企んでいた。
三十代の自分とまったく同じロボットを作り、そこに今の自分の知れたる意識や記憶を埋め込んで、タイムマシンで、過去に行こうと考えていた。
タイムマシンにおけるパラドックスは、人間にしか通用しない。タイムトラベラーがロボットやサイボーグであれば、その限りではないのだ。
もちろん、そのことは証明されたわけではないが、義之はずっと信じていた。
サイボーグの研究も十分になされていて、二十一世紀の人間には、まず見分けがつかないほどの性能だった。
義之は、自分の過去を知りたくなった。その理由は、自分が多重人格であるということに気付いたからだ。
確かにこの時代、多重人格の人が増えてきた。そして、一年に一度の健康診断では、身体だけではなく、精神状態までも検査してくれる。もちろん、オプションではあったが、彼のような研究者は、必須になっていた。
「ロボットやサイボーグのように、意志や心を持たないものをずっと研究していれば、精神が蝕まれてしまう可能性は極めて高い。しかも年齢を重ねてくると特にひどいことになりかねない」
ということで、四十歳を過ぎた頃から、精神的なことも検査するようになっていた。
最初は、
「要様子」
と書かれ、再検査やリハビリまでは言われない程度のもので、レベル的には五段階の中で二くらいのものだった。
しかし、五十歳が近づいてくると、次第に深刻になってきたようで、
「再検査」
というレベルが二から一気に四に上がってしまった。
再検査すると、やはり、
「精神的に病んでいる個所がありますね。少し入院して検査が必要です」
ということで、三か月の入院を余儀なくされた。
「たまには、骨休みだと思って、ゆっくりするのもいいか」
と、楽天的に考えていた。精神状態の病なので、下手に深刻にならない方がいいに決まっている。
病院にもロボット看護婦や、リハビリ専門のロボットがいたりして、ロボットの普及が進んでいることを示していた。
「いつも研究室に籠りっきりで分からなかったけど、世間はこんな風になっていたんだ」
と、自分が世間知らずであったことを今さらのように知った。
ただ、義之のまわりには、ロボットを近づけさせないように病院側が配慮してくれた。
「ロボットの研究によるストレスや精神的な疲労なんだから、相手をするのは生身の人間がいい」
ということだった。
看護婦はまだ若い女の子で、
――まるで自分の娘くらいではないか――
と感じた。
ロボット研究に没頭するあまり、人間を相手にすることはなくなり、結婚もしなかったので、当然子供がいるはずもない。
――子供っていいものだな――
と思うようになったが、それは、今までに感じたことのない思いだったはずなのに、
「はて、以前にも感じたことがあるような」
と、思わず声に出して言ってみた。
初めて感じるはずなのに、以前にも感じたことがあるというのは、「デジャブ現象」ではないだろうか?
いや、デジャブではない。今までに何度もデジャブのような意識を感じたことのある義之は、その時よりも明らかに鮮明な意識をその時に感じた。本当に感じたことを、意識して記憶に封印したかのような感覚だ。
義之は、学生時代、ロボット工学を専攻していたが、その時に一緒に人間の心理学についても勉強していた。ロボット工学の方に偏った勉強だったので、人間の心理学は、ほとんどうろ覚え、それでも、要所要所では記憶として残っているようだった。
その時義之は、
――俺の中には、もう一人の誰かがいるんじゃないか?
と思うようになった。
それは、夢の中に出てくる
――もう一人の自分――
ではない。まったく違う人が自分の頭の中に同居していて、時々表に出てくるのだ。
そのことを今まで意識したことがないと思っていたが、本当は何度も意識していて、それを肯定できない自分がいたような気がしてきた。
医者からも同じことを言われた。
「君は確かに二重人格なんだけど、二重人格の人は、二つとも自分という一人の人間の意識から形成されるものなんだけど、君の場合は、どこかからもう一人の誰かが君の中にいるんだ。それは君自身ではなく、まったく違う人。しかも、それは君の遺伝子から見つかったんだよ」
「ということは。僕の先祖のどこかから、もう一つの人格を遺伝として受け継がれてきたということですか?」
「そういうことになるね。それが君の先祖の誰かの中の二重人格から始まっているのか、それとも、二重人格が始まった時、君の先祖に別の誰かの意識を埋め込まれたかということだろうね」
義之は、医者の話を聞いて、どこかまだ納得できない雰囲気だったので、
「どうやら、もう少し入院が必要なようだね」
と言われた。
従うしかないので、言われた通りに入院していた。
いつもの看護婦が、いつものように世話をしてくれるのだが、やはりどこかで見たことがあるように思えて仕方がなかった。
名札には、
「永池沙織」
と書かれていた。
「沙織……」
頭の中にその名前を反復してみる。思い出せそうで思い出せないもどかしさがあったが、それでも構わないと思った。
義之は沙織を見ていると、その顔を忘れることはないという確信めいたものがあったのに気付いていた。
そのことが、偶然と予知能力という考えを引き出していくことになるとは思いもしなかった。
義之は退院してから、自分の中に誰かがいることを確かめる必要があった。
ただ、闇雲に何を探すというのか、義之には漠然としてしかなかった。
退院はしたが、
「このままロボット研究を続けることにはあまり賛成できませんね。このまま原因をハッキリさせることができないと、間違った方向にこれから進んでいくように思えてならないんです。これは医者としての意見と、心理学の観点からですね」
医者は、臨床心理の権威でもあった。
今までの義之なら、あまり気にしなかったかも知れないが、どうしても引っかかりがあった。そこに看護婦として自分についてくれた
「永池沙織」
という女性の存在が大きくなっていることに違いはなかった。
入院中に、彼女とはいろいろな話をしてくれたが、その中で一つ気になったのが、
「私、ずっと日記を付けているんですよ。日記をつけ始めると、一日でもおろそかにはできないという気分になるんです」
「どうしてだい?」
「だって、一日でも書かないと、そのまま書くのを止めてしまう気がしてくるからなんです。『たった一日だけで?』と言われるかも知れませんが、その『一日』が重要なんですよ」
その話を聞いて、目からうろこが落ちた気がした。
それはロボット工学の研究でも同じことだった。一つのことを研究していて、一日でもやらないと、次の日に続けられる気がしない。
「自信がない」
ということもあるが、もう一つは、
「忘れてしまっている」
という意識が強いからだ。
やらなかった一日というのが、ただの一日ではなく、まったく違う時間を過ごしていたような気がするからではないだろうか。それだけ集中しているということにもなるのだろうが、最近はそれを、
「もう一人の別の自分が、その時間を司っていたからだ」
と思うようになっていた。
日記という形ではなく、研究日誌は毎日つけている。それも、その日の仕事のまとめという意味で、大切なものだという意識がある。
だが、日記というものを付けたことはなかった。
日記というと、昔から言われるような
「つれづれなるままに」
という件があるように、
「日常のことをただ書いているだけ」
という意識が強く、研究日誌をつけている自分には、
「お粗末なもの」
としてしか映らないのだ。
今まで、日記というと、夏休みの宿題に日記というのがあった。昔から残っている義務教育の中でも、実にくだらない風習だとしてしか理解していなかったものだ。夏休みの他にもあった自由研究のようなものは廃止されたのに、なぜか日記だけは残っている。一度文部科学省に文句を言いたいと思っていたくらいだった。
その頃から日記は毛嫌いし、日記という言葉は聞かないようにしていた。
それなのに、この年になって看護婦から聞かされた日記という言葉に反応してしまったのは、彼女の名前が「沙織」だったからなのかも知れない。
だが、看護婦の沙織から、
「日記を付けている」
という話を聞いて思い出したのが、昔聞かされた母親の言葉だった。
小学校の日記を毛嫌いしていた自分に、
「あなたの先祖で、二十代くらいから死ぬ寸前まで、ずっと日記をつけていた人もいたのよ。その日記、今では家宝のようになって、ずっと受け継がれているの。お母さんも一度その日記を見たんだけど、結構嵌って読み続けたものよ。日記っていうのは、つけている人には意識がなくても、読む人に大きな影響を与えることもあるのよ。そこが、小説やエッセイとは違うところ、最初から人に見せるために書いているわけではないというところが新鮮なのかも知れないわ」
そう言われても、自分で日記を書いたり、先祖の日記に目を通そうという気にはならなかったが、その時の母親の話だけは記憶の中で印象的に残っていたのだ。
「そういえば、母が言っていたあの日記、今でも家にあるのだろうか?」
五十歳になって、小学生の頃の母との話を思い出すなど、思いもしなかったが、その時のことがまるで昨日のことのように思い出せるのは、
――今の自分は、「もう一人の人格」が表に出ているからなのかも知れないわ――
と、感じるようになっていた。
さらに、看護婦の沙織と一緒にいる時は、特に「もう一人の人格」が表に出ているのが分かっているような気がしていた。
自分の中で二人の人格が存在し、それが入れ替わる時、本人に意識はない。
「待てよ」
この発想、以前にもしたことがあったような気がする。
そう、三十代に自分が提唱した、
「ロボットと人間の脳の共有」
という考え方は、ここから派生したものではなかったのだろうか?
あの時の発想はいきなり頭の中に浮かんできたものだった。
「閃いた」
と言ってもいいだろう。
だが、それだけに、根拠があってのものではなかった。薄っぺらいもので、教授に指摘されて、それに対しての答えを用意していたわけでも、返事ができるほどの材料が頭の中にあったわけではなかった。
それがなぜなのか、自分でも分からなかった。
――「もう一人の人格」の仕業――
と思えば、納得できるところもある。
確かに閃いてしまったことで、有頂天になり、自分が天才にでもなったかのような錯覚を覚えたことは、今から思い出しても恥ずかしい限りだった。
だが、あの時に感じた発想に間違いはなかった。ただ、突飛な発想であったことで、まわりの人はおろか、自分がついていけなかっただけだ。
だからこそ、それから数年して、少しずつ認められるようになったではないか。一度失いかけた自信がその時に復活したのである。
義之は、退院してから自宅で日記を探してみた。
「確か、母親がいうには、家宝だって言ってたっけ」
そんなに大切なものをしまい込むところ、
「あっ」
義之は母親が毎日仏壇に手を合わせていたのを思い出した。
母親は数年前に他界していたが、今でも思い出すのは、仏壇に手を合わせている母親の姿だった。
義之は仏壇を探してみた。
真っ黒な漆塗りでできた仏壇は、いまだ色褪せることはなかった。
「こんなに古くなっているのに」
細かい部分には、いろいろ老朽化が見えているが、全体的には、まだまだ綺麗だった。
その中に色褪せてはいたが、破けることもなくキチンと保管されていることを物語っている日記が見つかった。
今では日記などの書物は機械に入れると、音声として、小さなマイクロメモリに保存される機械も発明されている。
さすがに、義之が子供の頃にはその機械がなかったので、母は実際に読むしかなかったのだろう。
義之も、機械に仕掛けて、音声で聞こうかと考えた。
しかし、どうにも抵抗があった。
「やっぱり、実際に手に取って読んだ方がいい」
と感じた。
先祖の誰かが、毎日書き綴ったものである。せっかくの文字を音声化して聞いて、どこに解決があるのだろうかと感じたからだ。
「時間が掛かってもいいから、自分の目で読まないといけないよね」
仏壇に手を合わせながら、義之は呟いた。呟いた相手が、日記の作者であるご先祖様なのか、それとも、母親なのか、はたまた、ご先祖様の中にいたかも知れない「もう一人の人格」になのか分からない。
義之は仏壇から離れると、仏壇に再度礼を施すと、さっそく日記を自分の部屋に持って行った。
日記は毎日綴られていた。一言で終わる時も、数ページにまたがる時もあり、日記を書いた人の心情がうかがい知れるのではないかと思えるほどだった。
日記の内容を見ていると、
「あれ? これ本当に同じ人が書いたんだろうか?」
と思うような内容もあった。
一人で書いているはずなのに、一人の問いかけに、もう一人が答えているようなものも見受けられる。
人によっては、そういう書き方をする人もいるが、それはどちらかが妄想を抱いている時に起こりえるものだと思っていたが、内容を読むと、妄想を抱いているようには思えない。普通に学校で女の子同士の会話をしているような感じで違和感がない。それだけ、一人で書いたようには思えないということだ。
しかし、一人が問いかけたことに、もう一人は見事に答えていた。お互いに、心の中が覗いているようで、やはり、誰か一人の中に、もう一人の誰かの意志が働いているように思えてならないのだ。
「でも、こんなものがどうして家宝のようになっているんだろうか?」
母親に聞いたことがあった。
「この日記を付けていた人は、本当は四十歳までに死ぬ病気に掛かっていたらしいんだけど、日記をつけ始めてから、次第に病巣が小さくなっていったんだって。本人は自分がそんな重たい病気に掛かっていることを知らなかったんだけど、知っていたまわりの人は、『これは奇跡だ』ということで、彼女がつけていた日記をずっと残しておくようにしたそうなのよ」
「今の医学なら、治せたのかな?」
「そうね、病名を聞いたら、今の医学なら、そんなに高価でもない薬で治せるらしいわよ」
「誰かが、過去に行って、ご先祖様を治したんじゃないのかな?」
「また、お前のSF好きの発想が始まった。話がややこしくなるから、このお話は、『めでたしめでたし』で終わらせればいいのよ」
と、母親に言われた。
「僕の話って、そんなにややこしくなりそうなの?」
「一晩じゃあ、足りないよ。大体『奇跡』ということ自体が、ただでさえややこしい発想に繋がるんじゃないの?」
「そうかも知れないわね。そのうちに、『奇跡』というのも、科学的に証明される時代がくるかも知れないわね」
「そうなったら、きっと面白くない時代になるんだろうな」
と、言いながら、義之が今研究しているのは、奇跡にも繋がるものだというのも、実に皮肉なことである。
日記には、自分には慕っている先生がいて、先生が自殺したことが最初に書かれていた。先生が自殺したことについて、日記を書いている沙織という女性は、
「自分が悪い」
と書いているが、自分が悪いと書いただけで、その理由はどこにも書かれておらず、自殺した先生がいることも、その時に書かれているだけで、以降には出てこない。
日記の内容は、日に日に自分がやつれていくことが書かれている。
「あれ?」
義之はそこで疑問に思った。
――確か、沙織さんは自分が病気であることは知らないって、母親は話していたような気がしたが――
ひょっとすると、表向きには、自分が病気で長くないということを知らないふりをしていたが、本当は知っていて、それを自分で何とか消化できるようにするために、日記をつけようと思ったのかも知れない。
日記というのは、人に見せるためにつけるものではなく、自分の誰にも言えない秘密や心の奥にしまい込んでおきたいことを、言葉にできない分、文章で残しておこうとするつもりで書いている人もいるのではないだろうか。自分のために書いているのであれば、誰に構うことはない。思い切り書くことができるので、少々物ぐさな人でも続くのだろう。逆に面倒臭がり屋の人の方が続くのかも知れない。毎日続けていくうちに、慣れてくることで、苦にならなくなるからである。
日記も毎日つけていると、つい毎日同じ内容になりがちだが、この人の日記は、そこまで同じ内容になっているわけではなかった。ただ、パターンは同じで、その日の天気を書いて、天気によって自分の心境がどうなのかを書いて、その後、その日にあったことが書かれている。
一見普通の日記だが、同じパターンのせいか、微妙に違っている内容でも、精神状態がかなり違って感じられるのは、それだけ沙織の切羽詰った状態が垣間見られるからだった。
本人は意識していないつもりでも、やはり病はゆっくりと進行している。その状態を日記の文面から見て取れるのだった。
ただ、日記には、
「寂しい」
という言葉は、最初の方に綴られているだけで、途中から消えていた。日記の内容から孤独を見て取ることはできるのに、寂しさは感じられない。それどころか、
「日記を書いている時の私は、一人ではない」
という文面がところどころに見られるようになっていた。日記を書いている時だけ、もう一人の人格を感じているということも、書かれていた。
「だから、私は日記を書くのをやめられない」
という文章が、日記の最後に書かれている時期が多くなっていた。
どうやら、その頃になって、沙織は自分の中にいるもう一人の性格が誰なのかを悟ったようだ。
日記の中に、名前は明記されていないが、
「声を掛けると、答えてくれるような気がする」
と書かれているのを見ると、日記の表には、自分の中にいるもう一人が出てきているわけではないようだ。
日記は会話の記録ではないので、自分の中のもう一人が何を言いたいのか、文面だけでは図り知ることができない。
日記を見ていると、自分の中にもう一人誰かがいるのを最初に悟ったのは、沙織だったようだ。沙織のさらに先祖にも同じ思いの人がいたのかどうかは分からないが、もう一人の存在を知っていて、その人が自殺したことで、自分の中に入りこんだことを最初に知ったのだ。
「でも、この時代には、死んでしまった人の性格を維持させるような装置は、まだ開発されていないはずなので、誰かが先生の脳にインプットされている意識を彼女に移植するような手術を施さないといけないはずだ。一体誰がやったのだろう?」
読み進んでいくと、どうやら、そこには、三十歳代の自分が現れているようだ。
自分が三十歳の時には、まだタイムマシンは実用化されていないはず。義之が五十歳になった時でも、まだ非公式にしか使用されていなかったはずだ。
ただ、パラドックスに関しての問題に関しては、ほぼ正確に解決されていた。問題は使用目的だった。義之のように、自分の過去が変わってしまうのを防ぐために使うのは、問題なかったのだ。
義之は三十歳代の自分のアンドロイドに、今の自分の意識を入れて、タイムマシンで過去に飛んだ。まずは、香澄先生が生きている時代に戻ってみたかった。もちろん、過去の自分を見る前にである。何よりも、どうして香澄先生が死ななければいけなかったのか、それを知りたかった。沙織の日記には、香澄先生は男に裏切られたと書いていたが、それこそ信憑性に欠ける。
「自分の目で確かめなければ気が済まない」
と、義之は考えた。
義之は、未来世界においての「現実主義者」だった。
未来世界では、理想主義を掲げている人は「現実的ではない」という考え方ではない。どちらもその人の中に存在することも「有」なのだ。そのいい例が、義之だったのだ。
理想主義というのは、夢を見る。そして夢を現実にしたいと思うのは、今も昔も変わりない。ただ、昔は、
「この二つが同居することはありえない」
という学説があり、それが定説として揺るぎない地位を示していた。だが、心理学がある時期を境に革命的に進歩した。その時に、理想主義者と現実主義者の同居が許されないというのは迷信だったということになったのだ。
さらに、彼のもう一つの特徴は、
「他の人と同じでは嫌だ」
というものだった。
現実主義とは、また違った性格で、どちらかというと、これも性格の同居はあまり考えられない。
それゆえに、
「自分の中にもう一つの違った人格が存在する」
と思ったのだ。
そう思うと、現実主義の自分と、他の人と同じでは嫌な性格、つまりは「特別症候群」とでもいうのだろうか、この二つは相容れないものとして、一緒に表に出ることはできないものだと思えた。
大昔の小説で、一人の人間の中に二つの人格が存在する話を読んだことがあった。結末はどうなったのか覚えていないが、まったく同じ人間の中に二つの人格が存在するなど、ありえることではないだろう。
――一人の性格が表に出ている時、もう一人の性格はどこに封印されているのだろう?
義之は敢えて、「一つの人格」とは言わずに「一人の人格」という表現をすることにした。「一つの人格」という表現では普通の二重人格というだけに収まってしまう。
「二重人格」という言葉は、義之の中では中途半端な気がしていた。
「二重人格」と言われる人は、一つの性格が表に出ていても、もう一つの性格が隠れているというわけではない。性格の中で葛藤を繰り返すこともある。もちろん、どちらか強い方が主導権を握り、弱い方を意識させないこともあるだろうが、完全に格納しているわけではないだろう。そうでなければ、
「私は『二重人格』なんだ」
という意識を自分から持つことはない。なぜなら、「二重人格」という性格は他の人から見てタブーであり、迂闊に本人に対して触れてはいけないことの一つなのだと思うからだ。
それを本人が分かるためには、自覚するしかないのだ。
自覚してしまっても、二重人格者はその瞬間から雰囲気が変わることはない。それは、本人が二重人格であるということをまわりに悟られたくないと思うからだ。
実際に感じるというよりも、無意識のうちだと言っていいだろう。二重人格だというのをタブーだというのは、誰の意識にも備わっているものであり、二重人格者が自覚すると、人に知られたくないと感じるのは、三段論法のような簡単な理屈である。
ただ、理屈というのは簡単なほど、なかなか意識の中にあるものではない。簡単すぎて意識することはないからだ。無意識に感じることが、得てしてその人に大切なことであるというのも無理のないことであって、義之は、
「俺は二重人格者だ」
とずっと思っていた。
しかし、そこに根拠はない。ただ、感覚として自分が二重人格だという思いを持っていただけだ。
「それがまさか、別の人格を有しているなんて」
と思うようになると、
「じゃあ、自分のような人間を何て呼べばいいんだろう?」
と思うようになった。
すると、「二重人格」という言葉のあることが、障害になっているような気がして中途半端な気がしてきたのだ。
義之は、自分の作った三十歳代のアンドロイド、そこに自分の人格のどちらを入れようか悩んでいた。
「まず、自分が最初に感じていた人格である『現実主義』を埋め込んで、香澄先生に会ってみよう」
と考えた。
香澄先生の情報に関しては、ほとんど得ることができなかった。途中で自殺をしていて、香澄先生自身の墓地は分かっているので、まずは、香澄先生が火葬された時のお骨を手に入れることが先決だった。タイムマシンを使って、香澄先生の火葬場に出かけ、お骨を採取することは、さほど難しいことではなかった。(その時代の人には想像もできないことではあるが)
香澄先生のお骨を手に入れて、そこから、その人の歩んできた人生をある程度まで解析することは義之の時代では可能になっていた。
もっとも、それが可能になったことで、ロボット工学の研究が飛躍的になったのだが、そのお話は長くなるので、ここではやめておこう。
アンドロイドにも、当然のことながら、ロボット工学基本基準が組み入れられている。
そこで、義之は一つ心配なことがあった。
ロボット工学基本基準というのは、人間に対しての「安全装置」であり、それは人間の性格やその立場如何にはとらわれない。あくまでも、その場面を客観的に見て、基本基準が守られることになる。
つまりは、そこには感情が入りこむ余地はないのだ。
過去の人間には過去の立場も考えもある。それを感情を持たないロボットが関わっていいのだろうか?
だから、義之はアンドロイドにロボット工学基本基準とは別に自分の意識を入れることにしたのだ。
しかも、優先順位は、ロボット工学基本基準よりも高いものであった。
それが、今から行うことにどのような影響を与えるのか、想像もつかない。
さらに気になったのは、香澄先生が自殺をしたという事実だ。
自分で自分の命を奪うなどという発想は、正直、ロボットにはない。基本基準の第三条よりも第一条が優先するということで、
――自分を犠牲にしてでも、人間に危害が加わらないようにする――
という考えがあるくらいだ。
これはもちろん、自殺ではない。それはロボットが感情を持っていないから、自らの命を断つという感覚が分からないのだ。自殺というのは、
「辛いことがあって、それは生きていくことに耐えられることではない」
という発想から生まれるもので、優先順位で決まることだ。
ロボットの優先順位は、あくまでもロボット工学基本基準の中にしかない。それはロボットにとっては三つしか優先順位を考える基本事項はないのだ。
そういう意味では、
「ロボットは自分の意志を持たない」
という発想がずっと息づいてきたのだ。
だが、義之の時代のロボットは、ある程度まで自分の性格を持っている。それは製作者の性格である場合もあるが、ほとんどは、大量生産される労働用のロボットなど、使用目的によって、性格はマニュアル化されている。ロボットのボディが大量生産されるのと同じで、性格回路やロボット工学基本基準を格納した電子頭脳も、大量生産されていた。
「だが、それって、本当にロボットの意志と言えるのだろうか?」
義之の時代の人間は、昔に比べて、爆発的に二重人格者が増えたと言われる。そして、同じくらいに躁鬱症の人間がいたのだ。
二重人格者であっても、躁鬱症でなかったり、逆に二重人格ではないが、躁鬱症だったりという人も結構いた。一見、この二つに相関関係などないというのが、「人間の医者」の診立てだったのだ。
義之にとって、ロボットというのは、
「人間とはまったく違った存在で、決して人間や動物のような生き物ではないことから、心を許してはいけないものだ」
という基本理念が頭の中にあったのだ。
ただ、義之が学生の頃、すでに教員ロボットが採用されていた。
高校時代に、義之の学校にも女性型のロボット女教師がいた。
担任などのような責務を負わせるわけではなく、ただ勉強を教えるだけの単純なロボットだったが、雰囲気や外観は本当の人間と変わりなかった。
その時の義之はこともあろうに、ロボット女教師に恋をした。
それは初恋だった。
中学時代まで、女性に興味を持つこともなく過ごしてきたが、何を思ったか、高校生になってロボットに恋をしたのだ。
中学時代までの義之は現実主義の性格が災いしたのか、まわりが女の子に興味を持って、無責任なセリフを吐いているのを聞くと、
「俺はあいつらとは違うんだ」
と思っていた。
これを本人は現実主義だと思っていたのは、特別症候群の自分が表に出てくることがなかったからだ。
もちろん、自分の中にもう一つの人格が存在するなど、想像もしていなかった。ただ、
「二重人格ではないか?」
という思いはずっと持っていた。
だが、どこかおかしいのは自分でも分かっていた。二重人格にしては、もう一つの性格が見えてこなかったからだ。それなのに、まわりからは、異常な視線を感じることがあった。それは、義之を直視しているわけではなく、義之の後ろを見ているような感じだったのだ。
余計に気持ち悪さを増幅させた。
「やっぱり、二重人格なのかな?」
と思ったが、もう一つの性格が見えてこないだけに、対応のしようはない。
ただ、学生時代までは現実主義と、特別症候群は似たような性格だと思っていた。たとえて言えば、
――交わることのない平行線――
ニアミスなくらいに近くにあるにも関わらず、絶対に交わることのないその存在は、近すぎるがゆえに気付かない。考えてみれば、これほど怖いものはない。
その怖さが学生時代に、完成されてしまったからだろうか。卒業してからは。この二つの性格は、まったく違うものだという結論を得ることになる。
それがまさか自分の中にあるなどということを知らずにずっと生きてきた。分かってしまうと、その時に初めて、人格が別の人間が同居していることを実感しなければいけない状況に陥り、納得できないまま、受け入れるしかなかったのだ。
だが、次第にこの性格が悪いものではないと思うようになってきた。
むしろ、こういう人間は、本当は他にもいて、誰も気づいていないだけなのではないかと思うようになっていた。
それは「二重人格」という似たような表現だが、まったく違う性格が存在しているからだ。
表から見れば同じように見えるが、本人にとってみれば、まったく違っている。
まわりから、
「お前は二重人格だ。自覚するか、治すようにしないとダメだ」
などと、無責任な他人は言うかも知れない。特に親や先生なら言うだろう。
何とも無責任なセリフで、親や先生が信用できなくなる人がいるのは、こういうところからである。つまりは、すべてを自分の物差しで測ってしまい、まったく違う性格の人間を一つの殻に押し込めてしまおうとする。
「そんなことが許されてもいいのだろうか?」
と、青年義之は感じたものだ。
自分がロボット工学を研究するようになってからも、人間心理学、あるいは生化学などを平行して勉強した。分かってきた部分もあったが、まだまだ分からないところの方が多かった。
人間心理学を勉強していると、自分の中にあるもう一つの人格が、今は表に出ていないだけで、いずれは、自覚できるようになることを予感していた。
二重人格の人を徹底的に研究した。友達のふりをして近づいたこともあったが、どうも二重人格の人と仲良くなっても得られる情報は少なかった。そして得た結論として、
「二重人格者と、別々の人格が存在する人とは、まったく違うものなのだ」
というものだった。
義之は、
「焦ることはない」
と思っていた。
――ひょっとすると、一生を掛けた研究になるかも知れない――
と感じたが、それでもいいと思った。
これが解明できれば、人間心理学の部門では革命的なことであろうし、ロボット工学においても、どうしても超えることのできなかったロボット工学基本基準の縛りが解けるのではないかと思ったからだ。
義之は、自分の性格を顧みることを一時期止めていた。
――自分のことばかりを考えていたんじゃダメなんだ――
と感じた。
どうして自分のことだけを考えるようになったのかというと、
――他の人の性格を表から見ているだけでは、二重人格者と同じなので、見分けがつかない――
というのが、一番の理由であった。
しばらく、人格のことを考えるのをやめて、ロボット研究に専念していた。
もちろん、諦めたわけではなく、逆にロボット研究をすることで、自分の性格を顧みることができるのではないかという考えもあったからだ。
ただ、これは漠然とした考えであって、確証があるわけではない。ずっと性格の研究をやめておくわけにもいかないと思ったので、ロボットに専念する時期を三か月と定めた。
この期間も漠然としていた。
「一か月では短すぎるし、半年では長すぎる」
というスパンから決まったものだった。
「それにしても、俺って結構アバウトな性格なんだな」
と、苦笑していた。
現実主義なはずなのに、他の人の現実主義とは違っている。
他の人の現実主義についても調べてみたが、どうにも要領を得なかった。自分が現実主義者だと思っているのだから、性格は手に取るように分かりそうなものだと思っていたのに、おかしなものだ。
その時に思い出したのが、
「高校の時にロボット女教師を好きになった自分の心境」
であった。
その時に、初めて義之は自己嫌悪というのを知った。
それまでにも、同じように自分のことを恥かしいと思ったことはあったが、その心境の正体が自己嫌悪だとは思わなかった。
自己嫌悪というのは、もっと心理学的に悩み深いもので、子供には無縁なことだと思っていた。小学生の時も中学になってからも、自分を恥かしいと思うことがあったが、それはすぐに収まったので、悩み深いものだとは思わなかったのだ。
自己嫌悪だと思わなかった一番の理由は、
「恥かしいという感情から、逃げていた」
というのが、義之にとっての自己嫌悪の始まりだった。
つまり自己嫌悪とは、
「自分の感情から逃げること」
だったのだ。
それが分かったのは、自分がロボットの研究を初めてからだった。
ロボットの中には女教師ももちろん含まれていた。
義之も生身の人間であり、感情もある。好きになったロボット女教師を思い出しながら作ったロボットも何台あることだろう。
「また、同じようなロボットを作っちゃった」
と、自分で言って、気が付けば自分に怒りを覚えていた。
なぜ怒りがあるのか分からないが。そこで自分が自己嫌悪に陥ったことを感じた。この自己嫌悪が、将来自分の中にあるもう一つの性格である、
「他の人と同じでは嫌だ」
という特別症候群に繋がってくることを、その時はまだ知らなかった。
自己嫌悪というのは、誰にでもあることだが、その時々で程度も違えば種類も違う。自己嫌悪というのは、感情であり、性格ではないからだ。
ただ、性格というよりも、人格に対して大きく影響を受けるもののようだ。
性格の集まりが人格を形成していると義之は思っていたが、どうやら、義之の中は違うようだ。
「俺は一つの人格の中に、一つの性格しか宿すことができない。だから、二重人格者ではなく、違う人格を持った人間なんだ」
と思うようになっていた。
「待てよ。これはロボットに活用できないだろうか?」
義之は、自分のロボット研究に一筋の光明が見えたのを感じた。ロボットの「ジキルとハイド」を作ることは、それはそれで危険を孕んでいることを、その時は分かっていなかった。
自分のアンドロイドを作った時、自分の二つの性格を組み込んでみた。脳の働きについては、医学的な見地と、学術的な見地とが融合し、脳の働きは、波動で証明することができることは昔から言われていたが、性格までも、波動で証明できることが最近になって分かってきた。研究が遅れたのは、脳と性格というものの結びつきがおぼろげなものだったことで、一つの結論に達するまでには行かなかったからだ。
だが、その二つを結びつける寸前まではずっと前にまでに研究が進んでいたが、最後の一歩が難しかった。医学と学術との融合には、得てして接近していても、最後の一線を超えるまでのハードルが高いことは、今に始まったことではなかった。
義之は、性格の融合には、自分の力だけではうまくいかないのが分かっていたので、友人の心理学者に話をした。
彼は、公式的にはロボット心理学という学問は確立されていなかったので、表向きは人間の心理学者だが、密かにロボットの心理も研究していた。義之のまわりには、意外と公式非公式の両面を持った友人が結構いる。
義之自身も、実際はロボット研究がメインだが、人間の心理学も研究している。彼の場合は、
「ロボット研究から見た人間の心理学」
であり、友人のような
「人間の心理学から見たロボット心理学」
とは正反対のように見えるが、実際には接点が多い。ひとたび話を始めると、一晩中話が尽きないであろう。議論することもあったが、
「話をどこで落着させるか」
というのがある意味、一番難しい。終わらせ方を間違えると、どこで切っても中途半端になり、本当に話が終われなくなってしまう。話を始めた瞬間から、終わりを見ておかなければいけないことを最初から分かっていた。
友人が医学的な見地からの心理学、義之は学術的な見地からの心理学。お互いに平行線を描くことは分かっていた。
「すぐ目の前にあるはずなのにな」
と、お互いに溜息を尽きながら、それでも喜々として話が弾む。本当にお互いの意見を戦わせるような話をするのが二人とも好きなのは間違いないようだ。
人間の心理学では、ありえないことでも、ロボット心理学ではありえること、逆にロボット心理学ではありえないことでも、人間の心理学ならありえること、それぞれが存在するという話をしていた時のことだった。
「ロボットになら、いくつもの人格を埋め込むことができると思うんだが、いくつまでできそうなんだい?」
と友人に聞かれた時、
「何言ってるんだよ。ロボットだって、人格を複数埋め込むことはできないさ。ロボットだからできないと言った方がいいかも知れない」
「どうしてなんだい?」
「ロボットの意志というのは、まだ脆弱なので、意識という器にいくつも人格を埋め込んだりしたら、混乱してしまって、動かなくなるか、オーバーヒートしちまうよ」
「そんなものなのかな」
「やろうと思えばできるけど、やってしまうと、意志が堂々巡りを繰り返して、無限ループしてしまいそうだ。それこそ、『フレーム問題』に牴触しそうだ」
「『フレーム問題』って、ロボットがあらゆる可能性を考えてしまって動けなくなるから、必要な部分だけを選んで行動できるようにする仕掛けを組み込んでも、結局、選別するにしても、無限にある可能性を考えないといけないことから、今度は最初から動けなくなるという、人工知能の問題提起だよな」
「そうそう、それが解決しない限り、難しいだろうな」
と言っている友人に対し、義之は、
「何言ってやがるんだい。ある程度まで先が見えてきているんじゃないのかい? 俺にはもう間もなくって気がしているんだぜ」
と半分カマを掛けてみたのだが、今度は友人がニヤリと笑って、
「まあな」
と一言だけ答えた。その顔には確信めいたものがあり、カマを掛けたつもりが、本当だったとは、義之は自分の身体が興奮で震えているのを感じた。だが、これ以上話を聞いても、彼は答えてくれない。完全な状態でないとはっきりしたことは言わない完璧主義者の彼である。聞くだけ無駄なことは分かっていた。
「フレーム問題」は、ロボットが堂々巡りを繰り返す原因であり、一番の問題は、
「可能性は無限である」
ということではないかと思っている。
彼との話には信憑性はあった。
確かにアンドロイドやロボットの電子頭脳や人工知能に、複数の人格を埋め込むのは難しいようだ。
しかし、どうしても義之は入れ込みたかった。もちろん、この時代の科学では物理的に不可能なことではない。問題になってくるのは「フレーム問題」のような、ロボット自身の意志の問題だ。
そこで義之は、基本的には現実主義を入れ込み、そして、隠しコマンドとして、特別症候群の自分の人格を埋め込むことにした。隠しコマンドは、義之の命令やキーワードがなければ発動しない。そしてひとたび発動してしまえば、現実主義の考えが今度は隠しコマンドの奥に封印され、同じように義之の命令やキーワードがなければ発動しないようにしておいた。
「だけど、ご先祖様を俺と思って命令されれば聞いてしまうかも知れないな」
と思ったが、それでも構わないと思った。
「特別症候群の考え方だって俺に間違いはないんだ。ただ、一緒に表に出すわけにはいかないというだけで、アンドロイドが俺の思惑通りに作動してくれればそれでいいんだ」
と、考えていた。
ます、義之は自分のアンドロイドを、ご先祖の元に送り、様子を見ようと考えた。
「まずは、香澄先生だな」
と、香澄先生の骨からあらかじめ取っておいた遺伝子から、香澄先生の情報をアンドロイドの記憶装置の中に埋め込んだ。
アンドロイドの記憶装置には、人間の記憶領域ほど完成されたものではない。
それは、この時代であっても、人間の記憶領域に関して、完全に分かっているわけではなかった。それが分かっているのであれば、もっと早く、三十代の義之が自分から赴けるはずだからである。
――今の俺が香澄先生や沙織の前に姿を現しても、「おかしなおじさん」としてしか見ないんだろうな――
二人の性格というより、時代背景を考えれば、それも当然のことだった。この時代は、二人の時代に比べて、年齢というものに意識が強い。意識は強いが、それは全年齢を考えることができるようになったからであって、二人の時代のように、他の世代の人間を、
――まるで次元の違う人間――
というような目で見ているわけではない。
それだけ年齢的な精神状態の分析が進んでいて、年齢差別という言葉も生まれたほど、年齢に対しての考え方が道徳問題にまで発展していた。
理由の一つは、今も昔も、「不老不死」を永遠のテーマにしていたからだろう。この世界で、不老不死という考えはある意味タブーとされている。
昔から言われるように社会構造の効率化という意味でのロボット開発では、人間が不老不死になってもらっては非常に困る。この問題は昔から不老不死に対しての副産物のような問題として提起されてきたが、「少子高齢化」という問題が永遠になってしまったことを意味していた。
「そういう意味ではロボット開発というのは、自然の摂理に対する挑戦のようなものかも知れないな」
という話を、友人ともしたことがあった。
「過去の人間と自分たちとの距離は年数じゃないんだ。やっぱり考え方の違いなんだ」
「どういうことなんだい?」
「一言で言えば、『精神的優位性』とでも言えばいいのかな? 過去の人間と俺たちとの絶対的な違いはなんだって思う?」
「それは、俺たちが過去のことを知っているけど、過去の人間は俺たちのことを知らないということではないか?」
「そうなんだよな。そこに優位性が生まれてくる。だけど、その優位性って、単純にそれだけじゃないんだ」
「というのは?」
「確かに俺たちは、先祖のことを調べることはできる。時代背景も勉強すれば資料はあるわけだからね。でも、忘れてはいけないのは、『先祖がいたから俺たちがいる』ということなんだ。こっちは先祖のことを知っていることが優位性だと思いがちだけど、立場的な優位性は先祖の側にあるんだ。俺たちという存在は、『過去の歴史の証明』だと言っても過言ではないんじゃないか?」
「何となく、堂々巡りを繰り返してしまいそうな発想だな」
義之は、その言葉にドキっとした。
確かに話をしていて、たとえば自分と友人がそれぞれの立場から話をしたとして、どちらも自分の優位性を主張することになるだろう。その中でどちらかが歩み寄ったとしても、その時に相手も同じように歩み寄ってくるように思えて仕方がなかった。
堂々巡りを繰り返すということは、そういうことなのかも知れない。理屈だけではなく、お互いに立場を考えているもの同士の意見の葛藤が、平行線を形成している以上、堂々巡りを繰り返す。逆を言えば、堂々巡りを繰り返すのは、会話の中で同じ立場を保とうとする意志がお互いを支配しているからだ。堂々巡りを必然と考えるなら、同じ立場を保とうとするのは作用であり、この場合でいけば、歴史というものが証明を求めて、平衡を保とうとしているからに違いない。
――「歴史が証明してくれる」という言葉をよく聞くが、本当はそういうことなのかも知れない――
と、義之は考えた。
友人がどう思っているのかまでは分からなかったが、会話の中で義之が一つの結論を見出したことを、彼にも分かったことだろう。
義之が自分のアンドロイドを作って、先祖に合わせることを友人に話した。
「アンドロイドだからいいというわけではないのかも知れないが」
という前置きをして、
「お前がそう考えるのなら、俺にいい悪いをいう資格はないような気がするな。ここでは権利というよりも資格という言葉の方がしっくりくるような気がする」
彼は、言葉の使い方にも結構気を遣っている方だった。
「言葉をしっかり選ばないと、せっかくいいことを言っても、誤解されるだけだからな」
と最初は言っていた。
だが、最近では少しその考え方が変わってきているようだ。ハッキリとは言わないが、言葉を大切にするということに何か自分の中で悟りのようなものを感じたに違いない。
義之は、香澄先生の骨から見つけた遺伝子を研究し、アンドロイドの記憶装置に格納した。
友人にそのことを話すと、
「でも、どうして、骨から採取したんだい? もっと前の生前に行ってから、生きている彼女から取った方が正解なんじゃないか?」
と言われた。
「俺も最初はそう思ったんだが、それだと何の解決にもならない気がするんだ。俺は今自分の存在や、それにロボット研究について疑問を持っている。壁にぶつかっていると言ってもいい。それは誰にでもありえることではないんだろうか? そう思った俺は、自分のこの性格の根底には、香澄先生と沙織の二人に何かあると思ったんだ。ひょっとすると、さらに昔の先祖から繋がっていることなのかも知れないとも思ったが、キーポイントはやっぱりこの二人なんだよ。この二人あたりから、どうやら、僕の中に二人の人格が存在しているように思うんだ」
「君はこの性格をどう思っているんだい?」
「これこそ俺の性格であり、二つの人格を有することは必然だと思っているんだ。だからこそこの時代に行って、いろいろ確かめないといけないと思う。特に沙織には大いに興味がある。俺自身だと思えるところがあるくらいなんだ」
「香澄先生がどうして自殺したのかって分かっているのか?」
「分からないんだ。沙織は知っているようなんだが、沙織はそのことを自分の中で封印したまま一生を終えた。だから、余計に自分で行って、自分の目で確かめるしかないんだ」
「でも、ロボットに行かせるんだろう?」
「そうだが、やつは精巧なアンドロイドだ。俺自身だと言ってもいい」
しばらく友人は口をつぐんだ。本当は、言いたいことが山ほどあったが、ここでは言わないことにした。
――俺には分かっているんだ――
その言葉を飲み込んだ。
思えば義之の歯車が狂ってしまった瞬間があったとすれば、この時だったかも知れない。友人がもっと頑強に反対していれば、義之はやめたかも知れない。だが、それはあくまで結果論、この世界であっても、自分の未来を予見することは、予知能力のようなもの以外では、してはいけないこととなっていた。
「君はパラレルワールドって知っているかい?」
「次の瞬間、無限の可能性が広がっているという考え方のことかな?」
「一言で言えば、そうかな? パラレルワールドの考え方でいけば、もし、香澄先生の生前に何か原因があるのだとすれば、その原因が分からないのであれば、結果から推理していくしかないんだ。変化が訪れているどの場所を捉えても、その場所から過去を見ても未来を見ても、無限でしかない。それなら、見るとすれば、最初か最後しかない。生まれ落ちた時を見ても、考え方が分かるわけはない。それなら、最後になった死んだ後を見るしかないと思ったんだ」
「なるほど、結果から推理するということはそういうことなんだな」
「そうなんだ。だから、俺は香澄先生のお骨から、遺伝子や性格を判断できる君に分析を依頼したんだ」
彼は、義之が希望した研究結果を、希望通りに持ってきてくれた。少なくとも知りたいことだけは、きちんと提供してくれた。だが、
「俺にはこれ以上はできない。それは君が一番分かっていると思うんだけどね」
「ありがとう。これでいい」
この会話の後に、先ほど彼が言った質問があった。彼は答えが分かっていて質問をしたに違いないと思ったのは、会話が繋がったからだ。彼の質問は義之の考えを引き出すに十分なもので、
――これが会話っていうんだな――
と、納得させられたものだ。
それにしても、香澄先生についての情報は極めて少ないものだった。きっと彼女が生きていた時代にも、彼女に対して彼女のことを本当に知っていた人はほとんどいなかっただろう。
彼女も自分を分かってくれる人を求めていたわけではないようだ。自分だけの世界を持っていた。
「特別症候群」
と言ってもいい。
そういう意味でも、アンドロイドに特別症候群を表に出させることは控えた方がいいというのが義之の考え方だった。
「やっぱり香澄先生は、俺のご先祖様なんだな」
と、感じた。
だが、この考えが甘いことをいずれ義之は思い知ることになる。
この考えは、沙織にも分かるものではない。
――誰にも知られることのなかった香澄先生の人格――
それは、義之にとっての失敗を演出するものになるとは思いもしなかった。
友人は、実によく調べてくれた。香澄先生の性格は、義之の望んでいる性格であり、そこには惚れ惚れするものがあった。それが義之自身の存在意義に繋がってくると言っても決して大げさなことではないのだ。
義之は、アンドロイドに、自分の人格の一つである現実主義と、隠しコマンドとしての特別症候群を組み込んだ。さらに、人工知能には、なるべく「フレーム現象」を引き起こさないように考慮された機能を埋め込んだ。これは友人との今までの話から培われた、「現在最高のノウハウだ」と自慢できるものでもあった。
もちろん、ロボット工学基本基準もしっかりと埋め込まれている。
「これで完璧だ」
と、義之は思ったことだろう。
義之の失敗は、それ以上の発想を思いつかなかったことだ。だが、それも仕方のないこと、現時点での発想はそれ以上のものなどありえないという思いこみがあったからだ。
「ちょっと考えれば分かったことのはずなのに」
と、思っても後の祭りだった。
すべてが後追いになってしまった。そのことをその時の義之には分からない。それでも、今の自分が存在しているということは、
「その時の自分の判断に間違いはなかった」
ということであり、今から思えば、それが自分の後悔に繋がったのかどうなのか、そこも分からなかった。
そして、義之はその時、もう一つのことを考えていた。
――俺は、沙織に会ってしまっていいのだろうか?
ということだった。
そして、いろいろ考えた中、
――沙織に会うことは避けなければいけないんだ――
という結論に達したのである。
義之は、香澄先生の元に行く前に、もう一つだけすることがあった。それは、三十代の自分のところに行って、もう一度三十歳の自分を見てくるということだった。
三十歳代の自分は、ロボット工学に燃える青年研究家だった。
「懐かしいな」
あの目の輝き、そして、真剣な表情。自分の顔を普段から確認していたわけではないので分かるはずなどないのに、懐かしいと感じた思いを、義之は不思議に思った。
それを見て、義之は三十代のアンドロイドに自信を持ったことにより、アンドロイドをタイムマシンに乗せて、香澄先生が生きていた時代に送り込むことにした。まずは、偵察だった。
「時代は……、そう、沙織と知り合う前に現れるようにしよう」
と、沙織を意識した中で、まずは香澄先生を知りたいという意識の元、彼を送り込むことにした。
香澄先生は、芸術大学に在籍していた。絵描きを目指していたようだが、ちょうどその時、香澄先生の頭の中に陰りが見えていた。
「私には限界がある」
誰もが一度は通る道なのだろうが、その道に差し掛かっていた。
しかし、香澄先生は、他の人とは違っていた。アッサリと、自分の限界を認めたのである。
「私に絵描きは無理。先生にでもなろうかしら?」
何とも、簡単に諦めたものだが、香澄先生のことを知っている人なら、
「香澄らしいわね」
ということだろう。
香澄先生は、まわりから、
「八方美人な性格だ」
と見られていた。
それは好きになったことをすぐに諦めるからだ。だが、それも本当に香澄のことを知っている人は、
「決して八方美人じゃない」
というだろう。
それは、香澄は目指すものにすぐに限界を感じて、目先を変えるが、そのすべては繋がっているものだった。絵描きを諦めたとしても、なりたいのは、美術の先生だった。それは、
「絵画にずっと関わっていたい」
という気持ちの表れであり、香澄のギリギリの気持ちの表れだった。
「自分に限界を感じるのって、勇気のいることなのよ」
香澄は、友達にそう言ったことがあった。
「まわりの人は諦めが早いって言って、八方美人だなんていうけど、自分で限界を決められない人が、諦めきれずに言っていることなんでしょう? 私はそんな人たちとは違うし、私は私なのよ」
と、いつになく激昂したことがあった。
その迫力にビックリした友達は、香澄が特別症候群者であることに初めて気が付いた人だった。
そもそも特別症候群者というのは、自分のことしか考えていない自己中心的な考えの持ち主だというイメージしかなかったが、その時の友達は、香澄に対して、
「考えを改めなければいけないわ」
と感じたのである。
自己中心的な人は、まずまわりのことを考えないということから、まわりの人の目は行ってしまう。確かにそうなのだが、考え方を変えれば、
「まずは自分だ」
ということである。
「自分が好きになれないのに、他の人が好きになってくれるはずもない」
という考えも正論ではないだろうか。
香澄の特別症候群的な考え方は、それが原点になっている。そして、この考えは義之にも受け継がれている。
いや、受け継がれているというよりも、原点だけが同じであって、義之はまた違った特別症候群だ。
考えてみれば、遺伝だといっても、先祖や子孫に同じ人格の人がいて、
――それでも排他だと言えるのだろうか?
と、思うのだった。
義之は、香澄の排他に敬意を表しながら、
「俺は、彼女とは違うんだ」
という考えを持っていた。
きっと、香澄と自分との間に同じように特別症候群の人がいたとしても、同じ考えを持っていたに違いない。
義之が、沙織と出会う前にアンドロイドを送りこもうと考えた理由もそこにあった。
「彼女が自分の特別症候群に気が付いたと思われるのは、沙織に出会う前だったに違いないからだ」
その考えは間違っていなかった。
「自分は人とは違うんだ」
という「特別症候群」であっても、香澄や義之は人の意見を聞かないわけではない。中には、
「特別症候群」というのは、他人の意見を排除するという、言葉通りの意味だと取り違えている人もいるだろう。それは自分のことを、
「特別症候群者だ」
と思っている人に多いように思う。そういう人は、自分の性格がハッキリと分かっておらず、何かの主義に自分を照らし合わせた時、一番近いと思ってそう名乗っているだけなのだ。ハッキリと自分の主義を主張できない人が「特別症候群」を名乗ることに、本当の特別症候群者は、困惑しているに違いない。
ただ、特別症候群というのは、義之の世界では、認知されたものとなっているが、過去に遡ると、「心の病」とされた。香澄の時代もそうだったのだろう。だが、誰もが同じ発想で、
「多数意見が、これすべて正しい」
という考えに落ち着いてしまうと、ロボットの世界と何ら変わらないではないか。ロボットが社会に進出してきたこの時代だからこそ、特別症候群者は認知を受けることができ、ロボットとは違う人間の特性が、やっと認められる世の中になったというのは、いささか皮肉めいたことではあるまいか。
香澄は、特別症候群という言葉も知らないし、そんなに大げさなものではないと思っていた。
「多数派に対しての、細やかな抵抗」
というべき程度のものであったが、明らかに義之の先祖だと言えるものが香澄からは齧られた。ここから先は、義之のサイボーグが香澄と知り合っていくことになるのだが、「義之サイボーグ」もビックリの香澄は、やはり、
「特別症候群者だ」
と言っても過言ではない性格を、隠し持っていたのだった……。
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