第74話 罪の重さ
私がエリア51でギルとシャロンの会議を見守っていた頃、
王都サルマンの屋敷では、仕事を終えたニアが船のラジコンを持ってサマダ湖公園に出掛けるところだった。
――王都西門。
「へへへ、モモ、初航海はきっと上手く行くぜ!」
「にゅふふ、楽しみだねー」
ニアは大きな船を両手いっぱいに抱えて、モモはプロポと呼ばれる船のリモコンを持って、2人でニコニコしながら街道を歩く。
サマダ湖公園までの道のりは、子どもの足でも15分。一本道から少し南へ逸れた森の中を通過して行く。
「来たぞ。情報通り2人だけだ」
「うへへ、片方は殺しちまってもいいんじゃねーか?」
「馬鹿野郎。2人いた方が片方が予備になるだろうが」
森の木の影に3人の人影があった。3人はニアとモモが通るひと気がない暗がりで、薄汚いローブと錆びた剣を持って、密かに犯行のタイミングを待っていた。
「「この山を〜、越えたら〜、どーんなー出会いが〜、待ってーるのかな〜」」
ニアとモモは、カリンに教わった冒険の歌を口ずさみ、何度も通ったサマダ湖公園への道を行く。
そこには少し油断もあったのだろう。公園へ行くのは、これで5回目だ。特に怪しい人物にも出会ったことはなく、ゴードンやキビルの護衛も、その実力を発揮することはなかったのだ。
2人はすっかりこの道を安全だと思い込んでいた。今日も誰か付き添いをと忠告されたが、使用人の1人が「平和になったこの国で、子どもに手を出す者などおりません」と言ったことで、2人きりで出掛けることになった。
モモは嬉しかった。「平和になったのだ」と。
ニアは楽しみだった。この船が完成し、いよいよ出航するのだと。
笑顔の2人を待っていたのは、狂気の笑みを浮かべる2人の男たちだった。
ニアは瞬間的に判断した。この男たちは危険だと。
咄嗟に、大事な船のラジコンを手放し、モモの手を握って、男たちとは反対方向に走る。それは兄として、モモが1番大事な宝物だったから。ラジコンはまたサニーに召喚してもらえばいい。
船のラジコンが地面に落ち、プラスチックの部品が割れる音が響いたとき、ニアとモモは、背後にいたもう1人の男に捕まった。
「くそ! 放せよ! 誰かーーー! 助けてーーー!!!」
ニアは全力で足をバタバタさせ、抵抗した。モモは怖くて声が出せなかった。ただただ、涙が溢れるばかり。
2人は男の強い力で腕を掴まれ、引き摺られて行く。子どもの力では抵抗も虚しく、地面には小さな靴が引き摺られて出来た4本の跡が波線のように描かれた。
モモの靴が片方脱げる。
「へへ、ちゃんとメシ食ってんのか? 軽すぎるぜ」
「くそったれ! こんな事してタダで済むと思ってんのか⁉︎」
「ぐすん、うわーーーーん!」
森の中には、1台の荷馬車が隠されていた。2人は荷台に乗せられると、汚い布切れで口を塞がれ、手足をロープで縛られ、荷物のように
***
「ただいまー。つかりたー」
「ただいま戻りました」
「おかえりなさいませ。お食事になされますか?」
ゼニスが私のローブを預かって丁寧に畳む。ゴードンのスーツの上着も受け取る素振りを見せたが、ゴードンはそっと断った。
「うーん、まだ早いね。ニアとモモは?」
「2人はサマダ湖公園に出掛けております」
「あ! ラジコン出来たのかな! 私も見たい! まだやってるかな!」
私は預けたローブを受け取って、ポータルを開いた。行き先はサマダ湖公園だ。
「ちょっと行ってくるね! ゴードン行こう!」
「いってらっしゃいませ」
ラジコンは無事に浮かんだだろうか。速さはどれぐらいだろう。転覆したりしてないかな。
2人は笑ってるだろうか。
ポータルを潜り抜け、サマダ湖公園を見渡す。湖は結構な広さなので、どこで遊んでいるかわからない。
私は空を飛んで、ボートで遊ぶカップルや、釣りを楽しむ人たちを避けて、ラジコンで遊べそうなポイントを探した。
しかし、2人の姿はどこにもなかった。
「あれー? もう帰っちゃったのかな」
「もうすぐ暗くなりますので帰ったのでしょう」
私は少ししょんぼりしながら、サプライズを思い付いた。ここから追いかけて、2人を後ろから抱き締めるのだ。きっと2人とも驚いて喜ぶに違いない。
そうと決まれば走って追いかけよう。
公園の出口から、王都への道へ全力でダッシュする。移動速度上昇の効果が付いたこのブーツなら、楽に追いつけるだろう。ゴードンを置いていかないように少しセーブして走らなくては。
流れる景色を横目に、森を抜けようと駆け抜けた時、道に何か落ちているのを見つけた。
ニアが大事に組み立てた船のラジコンだ。見間違うはずがない。船体を丁寧に青に塗ったのだ。タリドニアの青だと、ニアはニコニコしながら塗装していた。
そして、モモの靴だ。これも私が召喚した、白のリボンが付いた黒のパンプス。つま先を地面に擦った傷が付いている。
血の気が引いた。
この状況、どう見ても何かあったに違いない。
「これは……サニー様、2人が引き摺られたような跡が付いております。ここから先がない。ここで何かに載せられたか、それとも数人で抱えて行ったか」
「
「おそらく。ですが血痕などはありませんので、争ったわけではないようです」
「ゴードン……どうしよう……」
「すぐに近場の盗賊のアジトを捜索しましょう。有名どころであればすぐに……サニー様?」
「キレそう」
ゴードンは戦慄した。サニーの目は紫色に光り、周囲には紫と黒が入り混じったオーラが渦を巻いて木々を揺らしていた。
「サニー様! お鎮まり下さい! この私が命に変えてでも2人を救出して見せます!」
私はゴードンの『命に変えても』という言葉で少し正気を取り戻した。
でも、同時に悲しくなった。
ゴードン、命と引き換えちゃダメなんだよ。そんなの嬉しくないんだ。
そんな場面を想像したら、私の頬に生温い雫が伝い、顎からポタリ、ポタリと地面に落ちて行った。
「サニー様」
ゴードンが強く抱き締めてくれた。
「サニー様、屋敷に戻りましょう。誘拐であれば何か屋敷に届いているやもしれません」
私は小さく頷いた。
***
「サニー様! これを!」
屋敷に戻ると、ゼニスが血相を変えて手紙のようなものを私に渡した。
ゼニスの話によれば、貧民街の子どもがこの手紙を持って来たのだという。その子どもは、ローブ姿の男に頼まれたのだとか。顔はフードを深く被っていて見えなかったそうだ。
手紙にはこう書かれてた。
――「魔女、サニーへ」
子どもは預かった。
返して欲しければ、5億ダリアを持って1人でガヤド砦に来い。
誰か連れてきたり、魔法を使ったりしたら子どもの命は無いと思え。
日時は明日の午前の鐘12。
鐘一つ遅れるごとに子どもの手足を切り落とす。
私の怒りが紫のオーラとなって溢れ出す。屋敷のロビーはガタガタと揺れた。
「サニー様! どうか落ち着いて下さい! 私が付いております! どうか!」
ゴードンは私を強く抱き締めた。その腕は力強くて。その表情は心から心配していて。
「サニー様、ギル達を呼びましょう。こんな時こそ仲間を頼るのです。きっと彼なら何かいい方法を教えてくれます」
涙が溢れて止まらなかった。
そうだ。今の私には仲間がいる。
仲間を頼ろう。
ポータルを開くと、そこは私の写真が壁や天井に沢山貼られた気色悪い部屋だった。いつの間に撮ったのか、パンチラの写真まである。
私は泣きながらギルの部屋へ入って行った。
「うぐっ、ひっぐ、ギルー……ニアとモモがー、うえええええん!」
ギルは目を皿のようにして状況を考察した。傷害、誘拐、殺害、あらゆる被害を想定して同時に対応策を高速で思案する。それはまるでパソコンのCPUのような高速演算で犯人を殺すまでの経緯をシミュレートしていた。
「サニーたん。まずは座って。話を聞かせて」
私は犯人からのものと思われる手紙をギルに見せた。ギルは内容を読む前に、これに誰が触ったか確認してきた。
貧民街の子どもから直接ゼニスに渡った手紙なら、触った人間も限られている。
ギルは衛星電話でサモンドフォースに緊急招集をかけた。ポータルで全員迎えに行くと言った私を、ギルは手厚くベッドに寝かせた。
「サニーたん、今は落ち着いて。瞳孔が小さい。極度の緊張状態だよ。仲間たちはすぐにここへやって来る。そしたら皆んなで晩御飯食べよう」
サモンドフォースが集う。その装備は要人救出ミッションの隠密作戦仕様だった。
誘拐――私は許せるだろうか。
これの犯人を。
メチャクチャにしてやりたい。
ハラワタを引き摺り出して口に突っ込んでやる。片目を抉り出して鼻に詰めてやる。
殺してやる。
***
「あっはっはっはっは! 殿下! 上手くいきましたな!」
「ああ、あとはこのガキ共を殺して、あの魔女を始末すれば国に帰れる」
「殿下、この調子で国王の暗殺もお願い致します」
ガヤド砦では、ゲラルドとバイデッカ、トスカーが数十人の貴族を従えて晩餐会を開いていた。
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