元ホームレスの俺(40歳童貞)が美少女化して神転生したのは戦乱の異世界を救う為です。
あるてな
第1章 転生と新しい世界
第1話 願い事
――現代日本。東京某所。西暦2023年3月4日。午後7時。
行き交う人の流れが川のように感じられるのは、きっと俺だけ流れに逆らっているのが原因だろう。
東京の川の流れは早く、茨城から出て来て3ヶ月の俺にはまだ上手に泳ぐ事ができなかった。
いや、理由は単に田舎出身ということだけではないのかもしれないが。
5年前、医者に『適応障害』と告げられた。精神病院に入院したときの話だ。
適応能力には自信があったのだが、適応し過ぎるのも問題らしく、ある日、プツンと糸が切れたように精神が崩壊した。
それからというもの、俺は『頑張る』ということをしなくなった。いや、できなくなったのかもしれない。
楽に生きよう。そう思った。
一度『楽』を覚えてしまうと、そこから抜け出せなくなるのだということを、今、実感している。
例えばこのコンビニの裏口なのだが、ここをノックすると従業員が出てくるということを俺は知っている。
ほら出てきた。
「こんばんは。これ今日の分ね」
「こんばんは。いつもありがとうございます」
午後7時過ぎ。こうして消費期限切れ間近の弁当を受け取りに来るのが俺の日課だ。
今日の弁当は豚生姜焼き弁当か。こんなものを捨ててしまうなんて勿体無い。
なぜ俺がこんな風に『楽』して食料をゲットしているのかと言うと、人助けならぬ犬助けをしたからだ。
まるでアニメのワンシーンのように車に轢かれそうになっていた犬を助けた。
その犬はゴールデンレトリバーの『ターニャ』で、先ほど出てきた従業員さんの飼い犬だった。
おかげで俺はターニャの命の恩人となり、俺が食べ物に困っていることを知った従業員さんが、弁当を1日1回分けてくれるようになったというわけだ。
弁当はあったかい内に食べるのが俺なりの礼儀である。せっかく従業員さんがあっためてくれたのだから、そのご厚意に感謝して冷める前に食うのだ。
ここからなら歩いて3分で家に帰れる。
――家を作るというのは大変な作業だった。あちこちからダンボールを集め、ブルーシートやガムテープ、物干し竿などを調達し、潰れないように組み立てる。
試行錯誤を繰り返し、やっと満足のいく形になったのが、このマイホームだ。
築3ヶ月。敷金、礼金なし。立ち退き要求1度もなし。
人生の転機というのはいつやってくるかわからないと言うが、俺の経験上、何もしていなければいつまで経ってもやってこないというのが俺の見立てだ。
人生の転機なんて、努力してる人の元に訪れるのであって、こんな風に施しで貰った弁当を食っているホームレスなんかに巡ってくるわけがない。
しかし、今日は誕生日である。
今日で満40歳。
40歳まで童貞だと賢者になれると聞いたことがあるのだが、今のところ魔力を感じたりはしない。
もし恋人がいたら変わっていただろうか。2人で料理を作り、一緒に食べる。そんな生活に。
自分で言うのもなんだが、俺はかなりレベルの高いボッチである。両親も兄弟も友達も恋人もいない。
だからこそ――
今こそ神様にお願いするのだ。
「神様……何か素敵なプレゼントをください……」
――「了解しました。個体、藤井時政の転生シークエンスを開始します」
どこからともなく声が聞こえてくるというのは何とも不気味で、耳を疑うということを俺は初めて体験した。
幻聴の類だろうか。精神病院に入院していた時、幻聴に悩まされていた患者がいたのだが、きっとこんな風に聞こえていたのだろう。
「心肺停止。実行」
人生の転機というのは努力した者にのみ訪れるというのが俺の持論だったのだが、特に努力も何もしていない俺に『幻聴が聞こえるようになる』という転機が訪れたようだ。
そしてこの足元の魔法陣である。幻覚――正しくは幻視というそうだが、こんなにもはっきりと見えるものなのだろうか。
直径2m程の円に10芒星、そして見たこともない文字が羅列していて、薄っすらと紫色に光っている。
あれだ。きっと異世界転生アニメを見過ぎたのだ。
だから――
だからこの胸の痛みも幻覚だっ!
「ぐっ! くっ、ぐぎゅっ!」
心筋梗塞は痛いと聞いたことがあるが、これは歯医者で神経を削られた時よりも痛い。
心から痛いと思った時、人は本能的にその痛みが生じた場所を手で覆う。ちょうど今俺が両手で胸を鷲掴みにしているように。
痛みに耐え切れず崩れ落ちる。まるで操り人形の糸が切れたようにドシャっと倒れ、ゴンっと頭が地面に叩きつけられる。
痛みのせいで気付くのが遅れたが、俺は今呼吸をしていない。できないのだ。息が吸えない。
「っ! っ!」
体が痙攣する。口から泡を吹いているのがわかる。
それと同時に視界が端から暗くなっていく。
重く、冷たい。
目の前が真っ暗になり、どれぐらい経っただろうか。
胸の痛みはいつの間にか消え去り、息も苦しくなくなっている。
徐々に視覚が蘇ってくる。少しずつ景色が見えてくると、見慣れたダンボールハウスが映った。
しかし違和感を覚える。視点がいつもと違うのだ。上から見ている。そして体が動かない。というより手足の感覚がない。
「魂の分離完了。転生先へ移送します」
またこの声だ。女性の声。まるで機械のように無機質で無感情な声だ。
――マイホームがどんどん遠ざかって次第に見えなくなっていくと、夜の東京はこんなにも綺麗なのだと痛感させられた。
この時の俺は、二度とここへは帰って来られないということを知る由もなかった。
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