ボトル

宇宙(非公式)

ボトル

『大人の,今の俺』 

 夜の海が好きだ。昼ほどナルシシズムを感じないし,人の会話もない。孤独といえばそれまでだが,それが俺の人生のテーマみたいなものだった。友人は数人いるし,その中に女性もいる。ただ,恋愛関係までには至らない。


『子供の,昔の僕』

 昼の海が好きだ。夜ほど陰気さは感じないし,人がいっぱいいる。うるさいといえばそれまでだけど,そのうるささが嫌いじゃなかった。僕には友達がいるし,好きな人もいる。毎日生きるのが楽しい。


『大人の,今の俺』

 ボトルを見つけたのは,感情に浸っている時だった。中には,手紙が入っている。コルクで閉じられていて,簡単に開いた。手紙には日本語で,

「山美 幸大さん,あなたが好きです」

と綴られていた。山美やまみ 幸太とは,俺の名前だ。久しぶりに,心臓が跳ねる。


『子供の,昔の僕』

ボトルを見つけたのは,友達の結衣と下校している時だった。中には,何も入っていない。少し前に結衣と,

「ボトルメールにさ,『好きです』とか書いて流したら,面白そうじゃない?」

「たしかに,どんな反応するのかしら」

なんて会話していたものだから,実際に行動に起こした。

結衣と一緒に文を考え,書いた紙をボトルに詰めた。好きな人,ということもあってか,その作業は楽しかった。ただ,僕は塾の時間だったので,流すのは結衣に任せた。


『大人の,今の俺』

という体験談を中学校来の友人である結衣に話したところ,「それ,子供の頃やったドッキリじゃない?」と笑われた。言われれば,そんなことをした思い出がある。なんだ,と落胆し,この興奮はボトル同様水に流すことにした。


『子供の,昔の私』

ボトルを見つけたのは,幸太くんと家に帰っている時だった。幸太くんと私で,ボトルレターのイタズラを仕掛けたは良いが,海に流すのは私に任されてしまった。今度は,私だけで良いことを思いつく。

鉛筆と紙を取り出し,さっき幸太くんと考えたのとは違う文章を書く。どうせもう,幸太くんは見ないのだから,好き勝手に本音を言ってもいいだろう。


「山美 幸太さん,あなたが好きです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ボトル 宇宙(非公式) @utyu-hikoushiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ