Part6 一時離脱
*ハイド*
ハイドが2種類のモニターをスリープモードから復帰させて早々、レーダーに敵機の反応が映った。
コンソールモニターの平面レーダーによれば、ターマイトが3機とイヴリースが1機。
ハーキュリーズはここまで強行突破で飛んで来たのだ。敵の注意を惹いてもおかしくない。
今回は機動力を最優先としたため、基本装備であるシールドとブラスターライフルは持って来ていない。
おまけに常人であるリーナを乗せている上に、自分も彼女もパイロットスーツを着ておらず、無理な挙動はできない。
必要最低限の動きだけで戦うしかない。
ハイドは行動方針を、今近くにいる敵を排除したら、速やかに安全圏まで離脱するという方向で決定した。
タッチパネルに兵装セレクタを呼び出し、腕部30ミリ電磁バルカン砲を選択する。
ハーキュリーズ両前腕部のカバーが開き、申し訳程度の長さの2本のバレルが飛び出した。
スクリーンモニターの立体レーダーが、右前方のビルを下りてくるターマイトが最も近くに居ると告げている。
右の操縦桿を倒すとそれに合わせてハーキュリーズの右腕が動き、連動してスクリーンモニターのロックオンカーソルも動く。
パイロットがモニター正面で射撃を観測できる範囲から出てしまう分は、上半身が動いてフォローする。
ウォーレッグはカメラの視界とコックピットからの実際の視界のギャップを最小限にするため、メインカメラは通常コックピットの高さを基準にして設置される。
頭部にもカメラは設置されているが、これはその他の精密センサー類と共に射撃管制に使われる。
ターマイトを肉眼で捉え、ハイドは右操縦桿の親指部分のボタンでロックオンした。
射撃管制装置が瞬時に測的を行い、カーソルの色が緑から赤に変わる。
有効射程距離だ。
迷わず人差し指のボタンを引いた。
その引き金のような形のボタンが文字通りトリガーとなり、バルカン砲から重レアメタル弾が発射された。
レールガンの原理で加速され、圧縮弾倉から毎秒500発の速度で射出された弾丸を、胴体にまともに喰らったターマイトはその場で爆発。
ビルに穴をあけながら四散した。
続いてデフォルトの上半身の方向を正面として真左からターマイト1機。
上半身を砲塔のように回転させて来る方向に向ける。
次は左腕のバルカンが火を噴いた。
ランプセンサーが弾け飛び、フレキシブルアームを先端から順に吹き飛ばし、最後にその付け根にある小さな箱型の演算ユニットを破壊した。
頭脳を失ったターマイトはその場に擱座する。
正面から来る3機目には、攻撃を許してしまった。
火薬式の対人機銃の弾丸が装甲に当たり、ポリバケツを叩くような音と共に弾かれる。
サブシートでリーナが「ひっ」と短く悲鳴を上げるが、ハイドは全く動じなかった。
稼働状況を示すコンソールモニターの三面図には、異常を示すメッセージは出ていない。
あらゆる運動エネルギーを塗面から約5センチの空間で無効化する、運動遮断コーティングのおかげだ。
効果を発揮させるために膨大な量の電力が必要となるため、普通は大規模な建築物や艦船類を保護するために使われるものだ。
これが施されているウォーレッグは、ハイドの知る限りハーキュリーズだけである。
蚊程にも感じない銃撃を浴びながらバルカンを向け、お返しだと言わんばかりに撃ち返す。
弾は機銃弾倉に誘爆。
ターマイトの胴体が
最後は真後ろから来るイヴリースだが――これは手を下す必要はなかった。
上空から降り注ぐように放たれた赤い破線が機体を貫き、ハチの巣に変える。
空を仰げば2機のウォーレッグが、アサルトライフルを片手にハーキュリーズの前に下りてきた。
イヴリースとは対照的な、四角い箱を組み合わせたようなボディと、
現在統合地球軍の主力となっている量産型ウォーレッグだ。
ハイド達の前に現れたのは空戦仕様で、背部にジェット戦闘機の後ろ半分のようなフライトパックを装備している。
統合地球軍所属の機体なら、ハーキュリーズは
素性を問い
「民間人を保護している。退避の支援を求む」
言うだけ言って一方的に通信を切り、スラスターを吹かした。
注意深くペダルを踏み込み、なるべくリーナに負担を掛けないようゆっくりと浮かび上がらせる。
地上を見下ろすと、先ほどの2機以外にもタスクが町中に展開し、戦闘や避難誘導に当たっているのが見えた。これなら任せても大丈夫だろう。
ヘリコプターのように垂直に水平飛行に移る。全力機動と比べれば遥かに安全運転だ。
大きく旋回させながら機体を町の外へ向けた時、不意にコックピットに能天気な着信音が鳴り響いた。
連動しているハンディ・ターミナルへの着信だ。
発信元は"ディシェナ"と出ている。
タッチパネルの応答のアイコンに触れる。
「母さん、無事だったんだね」
『ええ。ハイド、
「そうさ。母さんは今どこにいるの?」
『北第3公用シェルターよ』
ディシェナの仕事場から一番近いシェルターだった。
「分かった。僕達もそっちへ向かう。用意してほしい物があるんだ」
『僕……達? それに用意してほしい物?』
「あれこれ説明するより、実際見てもらった方が早いと思う。とにかく、軍に掛け合って、
『まさか、やる気なのね』
「そうさ。やる気さ」
『そう……詳しい話は後で聞かせてもらうわ』
それを最後にハイドは電話を切った。
ハーキュリーズを少しだけ加速させる。
ディシェナは話を聞くとは言っていたが、間違いなく思い留まるよう説得する気だろう。
だがハイドは、ディシェナが相手だろうと譲る気は一切無かった。
この町で平和に暮らしていただけのリーナを悲しませた罪、お前達の命で償わせてやる。
今尚破壊を続けるターマイトを送り込んだ誰かに向けて、ハイドは誓った。
(Chapter2 おわり/Chapter3へつづく)
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