ハイドラ・エネア:アヴェンジ

正木大陸

Chapter1:思慕

Part1 岬の家

 時は26世紀初頭。

 人類が半永久機関"ワイズマン・リアクター"の火を手にして間もなく。

 エネルギー問題の解決に伴う地球国家統一運動は、地球を二分する戦争を呼んだ。

 "統合大戦"の勃発である。


 その戦場に異形の新兵器が現われる。


 既存の機動兵器を遥かに上回る性能と汎用性を持つ、有脚ゆうきゃく兵器"ウォーレッグ"だ。

 それらが初めて実戦投入された"統合大戦"は、人類史上稀に見る大激戦となった。

 その戦場においてウォーレッグは自らの有用性を存分に示し、旧来の機動兵器を完全に駆逐。その後釜に納まった。


 9年にもわたる大戦は地球全土を巻き込み、宇宙にさえその戦火を及ぼし、最終的に反統合派が地球上での勢力圏を完全に喪失、統合派の勝利で幕を閉じた。




 それから16年――



*ハイド*


 西暦2526年。

 統合大戦終結と共に、地球統合政府が成立してから16年後。


 それより以前は"アメリカ西海岸"と呼ばれていた地域の、とある港町。


 町外れの岬に、喧騒を避けるようにして一軒の家があった。


 今この時代からおよそ500~600年前の町並みが未だに面影を残す、この町の住宅街にはよくある、三角形の屋根にクリーム色の壁。小さいが家庭菜園もある。住んでいる者はそれなりに裕福な暮らしを送っていると言えるだろう。


 その屋根裏部屋で、ベッドの枕元に置かれたハンディ・ターミナルが、爽やかな音楽で起床時間を告げた。


 ドーマーから差し込む朝日と共に、今日もハイドは目を覚ました。

 一度伸びをしてから上半身を起こす。


 階下から朝食を告げる声も聞こえてくる。

 かなり大きな声だ。この家は前に住んでいた家よりずっと小さい。それにハイドはその気になれば1キロ先で針が落ちた音さえ聞き取れるのに、は未だに癖が抜けていない。


 ベッドから下り、反対の壁際に置かれたクローゼットを開く。

 ハイドが寝起きする屋根裏部屋は、必要最低限の家具しか置かれていないが、シンプルな壁紙とほぼ剥き出しの木組みが暖かな雰囲気を醸し出している。

 寝間着からブレザータイプの制服に着替え、ハンディ・ターミナルをズボンのポケットに押し込む。

 それからクローゼットの隣に置かれた戸棚に挨拶をする。


「おはよう、みんな」


 中にあるのは今はもういないハイドのの遺品類だ。


 1階に下りると、そこは居間・食堂・台所がほとんど一体となった、いわゆるLDKと呼ばれる部屋になっている。やはり二人で暮らすならこれくらいの家の方が丁度いい。


 部屋に置かれたさほど大きくないダイニングテーブルに、朝食を用意している30代後半といった見た目の女性が居た。

 彼女の名前はディシェナ・ミデン。ハイドとの間に血のつながりはない。しかし、統合大戦で身寄りを失くした彼や彼のきょうだいとなった者達を拾い、実の子のように育ててくれたハイドにとってはかけがえのない女性ひとだ。


 そしてハイドが辛い時、悲しい時、寄り添ってくれた人でもある。


「おはよう、母さん」

「おはよう、ハイド」


 挨拶を交わし、向かい合って席に着く。

 今日のメニューは家庭菜園で取れた野菜を入れたオムレツとトースト、それに焼いたソーセージだ。


 二人で同時に「いただきます」と言ってから、ハイドは朝食に手を付けた。

 テーブルの傍らではホロプロジェクタが、ニュース番組の天気予報を流している。どうやらこの町は今日一日晴れるらしい。


「ハイド、最近なんだか朝早く起きてくるわね。いつも時間ギリギリに出ていたあなたが、一体どういう風の吹き回し?」


 急にディシェナが口を開いた。


「まあ、ちょっと……思うところあってね……」


 ハイドは答えた後、口の中のトーストの欠片を牛乳で流し込んだ。


「まさか、気になる子ができたとか? この前助っ人を頼まれた日からよね。その時道端で偶然出会った子に……なんてところかしら」

「うえっ!? げほっげほっ! ごほっ!」


 思わぬ冗談にハイドはむせた。すぐにディシェナが背中をさすってくれる。


「そ、そんなこと、あるわけないだろ! 僕はみんなより長く生きてるんだ。そんなこと……あるはず……ない……」

「ふふふ……」


 ディシェナが笑っている。我ながら説得力の無い反論だとハイドは思う。


 実を言うと半分ほど図星だった。

 早起きするようになったのは、あの子の影響しか考えられない。


 自然と食べる速度が上がる。

 オムレツをまとめて口に運びながら思う。


 今の暮らしを始めてから、思考が身体に引っ張られることが多くなったように感じる。

 最近は自分が持つ力に嫌悪感を覚えることも少なくない。

 同時に自分もディシェナも1年前、理不尽な形で付けられた心の傷が癒えつつあることを悟った。


「とにかく! 僕はもう行くからね! 行ってきます!」


 ハイドは動揺を隠すようにソーセージの最後の一本を口に放り込み、席を立った。


 急いで自室に戻り、机の上のタブレット・ターミナルをリュックサックに放り込む。リュックを背負いながら階段を駆け下り、洗面所で歯を磨いて口をゆすぐ。


「母さんにも、いつか紹介してちょうだいね」


 まだ朝食を食べているディシェナがハイドに呼び掛けた。彼女もハイドの幸福を願ってくれている。


 ガレージ代わりに使っている家庭菜園そばの物置小屋から、エアスクーターとヘルメットを引っ張り出し、アシストホイールを転がしながら家から道路に向かう未舗装の坂道に出る。

 内部電源バッテリーの残量を確認し、サドルに跨ると電源スイッチを入れた。モーター音が高まっていく中、ハイドはアシストホイールを格納し軽やかに発進した。


 遠くにうっすらと見える発電所が、ワイズマン・リアクターの余剰エネルギーを青い光として排出している。


 エアスクーターは地面から浮かび上がり、勢いよく坂を駆け下りていった。

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