据え膳
西川東
本編
みなさんがみる夢には癖というか、決まったシチュエーションがないだろうか。
たとえば『なにかに追い回される夢』ばかり見るということもあるだろうし、またある人は決まって『家族と遊園地にいったところから夢が始まる』といったこともあるだろう。
さて、自分がよくみる夢のシチュエーションとしては、『小学校~中学校のこと、またはそこが舞台になっている』というのが圧倒的に多い。
今回みた夢もまさにそのパターンで、小学校ぐらいの自分が卒業式に参加していた。
現実では、だいたい体育館で執り行われたあと、そこから順次解散して部活動や友人、クラスメートらで別れを惜しむものだろう。
ただ、この夢はそれと異なり、卒業式が終わってから教室に一度戻って、最後のクラスルームというか、打ち上げのようなものを行うところから始まっていた。
当時、自分は3組の人間であったが、担任のことが嫌いであり、2組のクラスルームにこっそり参加することにした。
2組では担任の先生が奥さんのことをネタにした馬鹿話で盛り上がり、終始笑いが止まらない状態だった。
宴も
『餅つき』には臼と杵が必要である。そこで担任が「養鶏室」からそれらを持って来いと生徒に指示を出した。
もちろん現実にそんなものはない。夢独自の設定である。
それが教室の窓側、通常は出入り口などない側のすみっこに「養鶏室」の扉がある。というのも、扉の上部の壁に「図書室」、「家庭科室」、「保健室」とでもいうかのように、「養鶏室」と書かれたプラスチック板がはめ込まれていた。
そこから2組の生徒が臼と杵を持ってきたのだが、これが真っ黒な埃まみれで、教室にそれらを入れた拍子に、養鶏室の埃が墨や霧のように撒き散らしてしまった。
これでは餅つきどころではなく、掃除をしなければならない。
卑怯な話だが、自分は3組の人間である。掃除やらは2組の生徒らに任せ、いったん自分は3組の方に戻ってみることにした。
そうして慌ただしくしている彼、彼女らの姿を横目に自分はこっそりと教室を抜け出した。
廊下に出ると、各々の教室から騒がしくて楽しそうな声が聞こえてくる。そのまま一歩、二歩・・・と歩みを進めるのだが、なにかがおかしい。
2組と3組は隣り合わせなものだから、もう教室前方の扉が目にみえるのだが、不自然にも開け放たれている。
その先には蛍光灯で照らされた畳張りの床が広がっていた。
そこで先程から気になっていた違和感の招待に気づく。
廊下に響き渡る歓声を背にして、目の前で口を開けている3組の教室からは、なんの音も聞こえてこないのだ。
「え!?どゆこと!?」と、教室には入らず、顔だけですっと中を覗く。
窓のない空っぽの教室、そこで暗めの蛍光灯がジーッと畳張りの床を照らしているだけであった。
軽いパニックになって辺りを見回す。
すると、いままで死角になっていた教室の前方、本来なら黒板と教卓がある場所、そこにいくつかのお膳が並んでいた。
外身は艶のない漆塗りで、中身は少しくすんだ朱色のお膳。
小さな勉強机ほどの大きさで、正座をした足の部分が膳の下部にスッと入り込めそうな高さであった。
それが壁にぴったりくっつけた状態で、ずらーっと一列で並べられているのだ。
お膳のうえには、これまた艶のない漆塗りで中身がくすんだお椀が置いてある。他にはなにが置いてあったか、どんなお食事が盛られていたかは覚えていない。ただお椀は空っぽであった気がする。
そんな『卒業式』にそぐわないものが、そこにあった。
無人の教室。
場違いなお膳。
その不気味な雰囲気に蹴落とされ、自分はそこから飛び出してしまった。
そして逃げた先は校庭であった。
校庭は先ほどの教室とは異なり、明るい雰囲気に満ち溢れていた。
というのも、校庭を囲むように何枚もの畳が敷き詰められており、一定の区域をロープと杭で仕切られていた。
例えるならば、昔話の長者がやるような花見と、運動会の保護者席を足して割ったようなものであった。
そんなところを、なにも考えずにぶらぶらと歩く。それだけで周りの空気に揉まれ、なんだか高揚し、先程までの恐怖心はどんどんと小さくなっていった。
ドンチャン騒ぎする人混みのなか、ある一角に女の子の姿がみえる。それは私の初恋の相手であり、同時に3組のクラスメートであった。
彼女のもとに駆け寄って拙いながらもことの次第を話した。そして同じクラスの人間だからこそ聞かずにはいられなかった。
「どうして3組には誰もいないの?」
「それはね、卒業式から戻ったら誰も頼んだおぼえのない『お膳』が並んでいたから、集団パニックを起こして解散になった…らしいよ」
彼女は淡々と答えた。
それから私はとりとめもなく彼女と話を続けた。その内容はまったく覚えていないが、あの『お膳』に関して私が「場違いだ」と口にしたときの彼女の返答は覚えている。
「そうだよね~。お葬式でもないのに、『お別れの場』で通夜にだすような『お膳』が出てくるなんてね…」
いたずらっぽく、どこか悪意の滲み出る言い回しだった。
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