帳人 -tobaribito-

判家悠久

even.

 ユージュアン渋谷駅南店の自動ドアが、何度も何度もガンガンと鳴り響く。その原因、ICT長者・荒井泰司の立ち話は至って長く、しかもいつも際どいものだ。


 この初夏の大豪雨も至って風物詩であり、渋谷交差点が水に浸かると、そっちの横断が意地でも渡りたいほど難しくなるので、まあ暇なことはやや良いことだ。


「荒井さんも、よく200円のコンビニコーヒーで粘れますね」


「君原さん、克哉さん、小金持ちとは、金銭一枚一枚の響きを心地よく聞くことだ。この2045年で、一杯1500円もするコーヒー名店に、誰が行くかい、行かないだろう」


「牛丼2杯分です。」


「私は、欧米の輸入牛は食べないよ。アジアのサプライチェーン復活を望むからね」


 コンビニの対面システム(検力装置)に映る荒井泰司の画像が赤枠に変わる。ユージュアンの警報システムが危険言動を拾い上げた。ここで、気が遠くなるレクチャーがぶり返す。


(※2033年の沖縄侵攻と「俺の訓練」についての描写は、緊張感を保つため、この場面から一旦省略することを推奨します。後で適切な場所に挿入することを検討しましょう。)


「さて。私にそれを問うかい。東国はただ懐が深い、ということさ。日本国が沖縄の全住民を棄民したために、こんなやつれた身になってしまう。例えばだがね。日本国の未来が折れ曲がり、どこかでデフォルトして、私たちも、この帳人の様になるのは、早いか遅いかだけの問題だったのだよ。今や世界一の国・東国に服従した方が、身なりが良くなるはずさ。これは正しき未来を手に入れたいならば、選択肢は一つってことさ。その輪に仲良く入れて貰う。厳密なロジックだと思わないかい」


 コンビニの対面システム(検力装置)に映る荒井泰司の画像が黒の二重線枠に変わる。荒井泰司はまるで分かっていない、今やコンビニも政府機関の一つで、大きな流通網に介入している。致し方ないことだ。


「荒井さん、あなたの頭の中のコンビニは、難癖をつけ放題だった2020年代までで止まってますよ」


「コンビニはコンビニだろう、ユージュアンもお高くとまったものだね。店長をちょっと呼びなさい。ご近所にいるんでしょう」


「まあいいでしょう。通告します。小売販売特法第34条「諜報防止活動の遂行」。立法府の承認によって、内外問わずの諜報活動者を、準非常事態につき即時処分します。」


「ははん、コンビニ店員の処分なんて、まあ派出所とは私も懇意だがね」


 俺は、右腰のホルスターから、掌の中に全て収まる、日本ライセンスのSIG P365 JPNを冷静に引き抜き、小脇を固める。


 1射目、トリガーを躊躇いなく、小さく引き絞る。SIG P365 JPNの弾は9mmパラベラムの強力な弾。反動は少ない。しかし、銃身のブレを直しながら2射目へ。


 心臓、そして頭蓋骨にヒットし、荒井泰司は背中から倒れてエンドの陳列棚に豪快にぶつかり、商品のキャンディーが散乱する。即死は免れない。


 俺はカウンターを乗り越え、荒井泰司を見下ろす。


 立法府の承認はある。俺はこれで5人目だ。躊躇いも後悔も無い。転がる死体は東国の内通者だ。この日本国を壊滅に陥れる者に同情は一切無い。


 不意に、入店音が軽やかに流れる。血糊で滑る。思わず声を掛けようとしたが、立っているのは、隷従、帳人、生きるストラップのうら若い彼女だ。プラチナチェーンが絡まって邪魔で、何度も開閉を繰り返していた自動ドアが、今閉じられる。


 彼女かれんは、ずぶ濡れのワンレングスの黒髪を掻き上げると、タンクトップの胸元から何かを引き出す。状況対応マニュアルNo.12。それはネックナイフ所持の挙動を指し示す。


「克哉さん、」


 俺は、いつもの阿吽の呼吸で、素早く右側に屈む。


 乾いた連射音は3発。かれんの、子宮、次は左肺、そして右手甲をネックナイフごとバキンと打ち砕き、かれんは金切り声でその場に倒れた。流石、訓練の成果だ。


 カウンターに振り向くと、休憩中だった高身長の大城戸結麻がいる。長い右足をカウンターにかけ、右膝で両手を固定させ、俺のバックアップに応じる。


「結麻、処分指示出てないだろう」


「克哉さん、息の根を確認してください。まだ生きてますよ」


 かれんは、この至近距離の命中で激痛に顔が歪み、失血量と共に呼吸が小さくなる。まだ生きているとは、常用麻薬の摂取者か、荒井泰司はよく仕込むものだ。


 そして背後から、結麻が近づき腰元のバタフライナイフを泳がせてはセットアップする。結麻は抜群のナイフ捌きで、かれんのショートパンツ、タンクトップを、皮一枚の手際で切り裂き、あられもない姿へと剥く。


 気がつくのが遅かったが、それはハイブランド「Heavens Only」製で合金ワイヤーが縦に織り込まれているものだった。防弾軽装。これは油断を誘うにも持って来いだ。


 そう、結麻の9mmパラベラムは確かに、かれんのしなやかな肢体にめり込むも、防弾軽装が弾を凌ぎ、貫通していない。そういう事か。


 そして煮え切らない俺に、結麻が、かれんの切り裂いた衣服を捲り上げる。あった。左脇下には深い「朱」の焼印が。


 東国が、恭順した沖縄人の捕虜に、次々と施した、消せぬ残虐行為だ。どうしても逃れられない東国の管理の証しだ。


「これだから男は、克哉さんも、どうしても男なんですね。暗殺要員ですよ、この娘は。しかも相当殺してますよ、この狂気の目」


「そう言うなよ」


 切り開かれ、剥き身になったかれんは、乳房と女性器は、抱かれ、荒れており、色素沈着が激しい。これ迄の生き方は過酷なものでしかなかっただろう。


 隷従。愛玩物、暗殺者、盲信者、反逆者、そして生きるストラップ。そこまでして、沖縄を見放した日本国に一矢報いたいのか。


 様々な思いが順繰りに巡る。俺もそうなるのか。本州まで侵攻されたら、その統制国家の言いなりになってしまうのか。そして、日本国の国家中枢への憤りをぶつけたいのか。


 俺は、右手に握ったSIG P365 JPNを、荒い息遣いのかれんの心臓に照準を定めた。


 パン、と。


 荒い息がついに止む。


 一見平和な日本国。ただ、残念ながら今は準戦時下だ。やられたら、愚直にやり返し、排除する。至極単純だが、今日までの日本国は、そんな静かな闘争によって、平和を謳歌してきたのだ。


 俺は、微かな憐憫の情から、かれんの首にきつく結ばれた首輪を解いた。せめてストラップからは解放したい。その憐れみは、渋谷で同様のストラップの帳人を見る度に思うが。中にはかれんのような危険人物がいたのかと思うと、冷静に自分を取り戻す。躊躇いはもう起こさない。

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