帳人 -tobaribito-

判家悠久

even.

 コンビニ:ユージュアン渋谷駅南店の自動ドアが、何度も何度もガンガンを鳴り響く。その原因、ICT長者荒井泰司の立ち話は至って長い。しかもいつも際どい。

 この初夏の大豪雨は至って風物詩で有り、渋谷交差点が水に浸かると、そっちの横断が意地でもになるので、まあ暇な事はやや良い事だ。


「荒井さんも、よく200円のコンビニコーヒーで粘れますよね」

「君原さん、克哉さん、小金持ちとは、金銭一枚一枚の響きを心地良く聞いて、その立場だよ。この2045年で、一杯1500円もするコーヒー名店に、誰が行くかい、行かないだろう」

「牛丼2杯分ですよね」

「私は、欧米の輸入牛は食べないよ。アジアのサプライチェーン再びを望むからね」


 コンビニの対面システム:検力装置の荒井泰司の画像が赤枠に変わる。ユージュアンの警報システムが危険言動を拾い上げた。ここで気が遠くなるレクチャーがぶり返す。



 2033年、東国による日本国の沖縄本島侵攻が始まる。

 それはいつもより、やや大きな示威行動かだったが、そのまま沖縄本島湾岸に接岸する。

 各人でアップされた中継動画では、本当に警報が鳴り響くもせせら笑うだけで、爆笑が連なって行くだけだった。

 ただ、上陸した東国の漁業従事者を装った推定兵隊の手際は見事なものだった。短機関銃を翳し示威動作を見せるだけで、沖縄本島人を地面に伏せさせた。飛びかかる猛者もいたが、呆気なくサバイバルナイフの餌食になった。

 そして東国の漁業従事者は、自動車のオートキーを自由自在にハッキングしては、女子供を、予め定めていた大きなホールに広場に集めた。人の壁有りきの侵攻は開始3時間で、確たる段階を踏んだ。

 ここで在日米軍が立ち入る筈だが、民事には介入出来ないと、次々と在日米軍基地から脱出した。妥当な判断だ。自由に人質を取られて、そこを爆撃及び強襲しようものなら、非人道的と国連決議に並ぶ。

 当然日本国も、この後に及んで遺憾の意を述べるも、日本国と東国との正式交渉には一つも至らなかった。表面上民事問題に安易に踏み込めない。

 東国は強烈な足払いを食らわせ、成功と見るや。第7陣迄の渡海団を送り込み沖縄を実行支配した。

 日本国は何をしているかになるが、沖縄本島及び周辺島をまとめて一つで満足なら、体良く切り捨て現状維持路線を取った。当然だ。この、どう転んでも両国の犠牲しか生まない極東に、兵隊では無い民間軍事会社社員を送り込める勇気のある国は一つも無い。関わったら無限の損失と責務しか生まないからだ。

 この続きはまだある。抵抗活動を一つも起こさない沖縄に、日本国は沖縄全ての戸籍を棄却して、マイナンバーカードに全て紐づいた預金口座を凍結して国庫へと没収した。沖縄有志の、東国との宥和すべしの意見も聞かず、日本国は冷徹な裁断を下した。

 掻い摘んだ沖縄の情報としては、沖縄本島そして周辺島も東国に制圧された。沖縄人も、武器を何一つ持っていなければ、抵抗のしようがない。これはどうしようなく殺生な話だ。


 ただ、東国支配がどうしても嫌で、どうにか船舶で逃げ出した沖縄棄民はいる。それが外にいる、やつれた通称帳人だ。

 日本国政府は、沖縄棄民を東国の諜報活動容疑有りと、頑なに難民の認定はせず、戸籍を棄却したままで、何ら救済措置は打たない。

 そうとは言え、今の日本国はかつてない、人材不足で、アンダーグランドで棄民が売買される。

 その一つの例が、ICT長者荒井泰司のスマートフォンから伸びた、7mはあるプラチナチェーンの首輪に繋がれた帳人の生きるストラップだ。

 隷従した帳人は、人間扱いされない。この雨でもコンビニ:ユージュアン渋谷駅南店の外で傘も渡されず、タンクトップにショートパンツにサンダルで、自ら切り揃えたワンレングスヘアから水が滴る。

 俺は堪らず。


「荒井さん、いくら帳人にスパイ容疑が掛かっていようと、この扱いは酷く無いですか」

「そうかな、かれんには結構大金を掛けてるよ。帳人の相場100万円のところ、かなりの器量良しだから足元見られてね。まあそれ相応に満足はしている。そうだよ、克哉君の時給って、1850円でしょう、そこそこ帳人に投機してみなさいよ。売買の上がりのわらしべ長者で小金は入るよ。何せ、三食ご飯と味噌汁で満足するのだから、ローコストってやつだね」

「ICT長者荒井泰司CEOのその発言は、経済人としてですか、ごく個人としてですか」

「さて。私にそれを問うかい。東国はただ懐が深いって事さ。日本国が沖縄の全住民を棄民をしたばかりに、こんなやつれた身になってしまう。例えばだがね。日本国の未来は折れ曲がり、何処かでデフォルトして、私達も、この帳人の様になるのは、早いか遅いかだったのだよ。今や世界一の国東国にまつろった方が、身なりが良くなる筈さ。これは正しき未来を手に入れたいならば、選択肢は一つって事さ。その輪に仲良く入れて貰う。厳密なロジックだがね」



 コンビニの対面システム:検力装置の荒井泰司の画像が黒の二重線枠に変わる。荒井泰司はまるで分かっていない、今やコンビニも政府機関の一つで、大きな流通網に介入している。致し方ない。


「荒井さん、あなたの頭の中のコンビニは、難癖つけ放題の2020年代迄で止まってますよ」

「コンビニはコンビニだろう、ユージュアンもお高く止まったものだね。店長をちょっと呼びなさい。ご近所にいるんでしょう」

「まあいいでしょう。通告します。小売販売特法第34条諜報防止活動の遂行。立法府の承認によって、内外問わずの諜報活動者を、準非常事態に付き即時処分します。」

「ははん、コンビニ店員の処分なんて、まあ派出所は私とも懇意だがね」


 俺は、右後ろの腰のホルスターから、掌の中に全て収まる、日本ライセンスのSIG P365 JPNを冷静に引き抜き小脇を固める。

 3ヶ月に一辺はユージュアンの研修として、新幹線に乗り長野のとある射撃場で、存分に訓練をする。

 日本はご覧の通りで、人材不足だ。有事の際は、警官、いや兵隊さえも駆けつける事は不可能だ。ただ、コンビニの店員だけは、日本全国に隈なく配置されている。訓練のしがいはどうしてもある。

 1射目、トリガーを躊躇いもなく、小さく落とす。SIG P365 JPNの弾は9mmパラベラムの強力な弾。反動は少ないが、銃身のブレを直しながら2射目へ。

 心臓そして頭蓋骨にヒットし、荒井泰司は背中から倒れてエンドの棚に豪快に打つかり、商品のキャンディーが散乱する。即死は逃れられない。


 俺はカウンターを乗り越え、荒井泰司を見下げる。

 立法府の承認はあるも、俺はこれで5人目。躊躇いも後悔も無い。転がる死体は東国の内通者で、この日本国を壊滅に陥れる。同情は一切無い。


 不意に、入店音が軽やかに流れる。血糊で滑ります。思わず声を掛けようとしたが、立っているのは、隷従、帳人、生きるストラップのうら若い彼女だ。プラチナチェーンが邪魔で、何度も開閉を繰り返していた自動ドアが、今閉じられる。

 彼女かれんは、ずぶ濡れのワンレングスの黒髪を搔き上げると、タンクトップの胸元から何かを引き出す。状況対応マニュアルNo.12、それはネックナイフ所持の挙動だ。


「克哉さん、」


 俺は、いつもの阿吽の呼吸で、素早く右側に屈む。

 乾いた連射音は3発。かれんの、子宮、次は左肺、そして右手甲をネックナイフ諸共バキンと打ち砕き、かれんは金切り声でその場に倒れた。流石の射撃だ。


 カウンターに振り向くと、休憩中だった高身長の大城戸結麻がいる。長い右足をカウンターに上げ、右膝で両手を固定させては、俺のバックアップに応じる。


「結麻、処分指示出てないだろう」

「克哉さん、息の根を確認して下さい。まだ生きてますよ」

 かれんは、この至近距離の命中で激痛に顔が歪み、失血量と共に呼吸が小さくなる。まだ生きているとは、適正麻薬常習者か、荒井泰司はよく仕込むものだ。


 そして背後から、結麻が近づき腰元のバタフライナイフを泳がせてはセットアップする。結麻は抜群のナイフ捌きで、かれんのショートパンツ、タンクトップを、皮一枚の手際で切り裂き、あられもない姿へと剥く。

 気がつくのが遅かったが、それはハイブランドのHeavens Only製で合金ワイヤーが縦に入ってるものだった。防弾軽装とは油断にも持って来いだ。

 そう、結麻の9mmパラベラムは確かに、かれんのしなやかな肢体にめり込むも、防弾軽装が凌ぎ貫通していない。そういう事か。

 そして煮え切らない俺に対して。結麻が、かれんの切り裂いた衣服を捲り上げる。ある。左脇下には深い“朱”の焼印。

 東国が、恭順した沖縄人の俘囚に、次々施した消せぬ残虐行為だ。どうしても逃れられないを示す東国の管理の証しだ。


「これだから男は。克哉さんも、どうしても男なんですね。暗殺要員ですよ、この娘は。しかも相当殺してますよ、この狂気の目」

「そう言うなよ」


 切り開かれ、剝き身になったかれんは、乳房と女性器は抱かれ廃れて、色素沈着が激しい。これ迄の生き方は過酷しかなかっただろう。

 隷従。愛玩物、暗殺者、盲信者、反逆者、そして生きるストラップ。そこ迄して、沖縄を見放した日本国に一矢報いたいのか。

 思いが順繰りに巡る。俺もそうなるのか。本州を侵攻されたら、その統制国家の言いなりになるのか。そして、日本国の国家中枢に憤りをぶつけたいのか。


 俺は、右手に握ったSIG P365 JPNを、荒い息のかれんの心臓に照準を定めた。


 パン。

 荒い息がついに止む。


 一見平和な日本国。ただ、残念ながら今は準戦時下だ。やられたら、愚直にやり返し、排除する。至極単純だが、今日迄の日本国とは、そんな静かな闘争で、平和を謳歌してきた。

 俺は、微かな憐憫の情で、かれんの首にきつく結ばれた首輪を解いた。せめてストラップからは解放したい。

 その憐れみは、渋谷で同様のストラップの帳人を見る度に思うが。中にはかれんの様な危険人物がいたのかと思うと、冷静に我に返る。躊躇いはもう起こさない。



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