第37話 返り討ちにあって全滅しました
「どうやって不足した魔力を補ったんだ?」
「お兄様と一緒で、生命属性の魔法を覚えたんです」
嫌な予想というのは当たってしまうものだな。
違って欲しいと思っていても現実は変わらないのだ。
俺はナターシャの命を削って生き延びている。
十年もの歳月をさかのぼるには、どれほどの寿命を減らしたのだろうか。考えたくもないが、それじゃダメだ。目を背けて状況が好転するなんて、あり得ないのだから。
「命を魔力に変換して足りない分を補ったのか」
「……はい」
「寿命はどのぐらい縮まったんだ?」
「正確なことはわかりませんが、十年ぐらいでしょうか。なんとなくですが」
一年さかのぼるのに一年の寿命が必要だと考えれば良いのか?
いや。違うな。ナターシャは正確なことは分からないと言っているので、甘く見積もらない方が良いだろう。
もう二度、使わせたくない。使わせてはいけないのだ。
「だったら残りの寿命を大事にしてら。まだ間に合うから、今すぐ逃げ出せ」
「断りますっ!」
強い口調できっぱりと断言されてしまった。
瞳からは確かな意志を感じる。
何を言っても意見は変えないと言いたそうだ。
「今回ばかりはワガママを聞いてやれない。そんな余裕はないんだ。分かってくれ」
プルップたちは街を滅ぼすのに充分な戦力を集めてきている。父や砦で死んでしまった騎士が生き残っていれば対処のしようもあるが、いないのだから仕方がない。
「お兄様は、この戦いに勝てないと思っているんですね」
「…………そうだな」
プルップと老婆の魔族だけであれば、やり方次第では勝てただろう。だが、魔族の王、あれはダメだ。現存戦力を全てぶつけたとしても勝てない。百回戦えば百回負ける。
王国軍の力が借りれるのであれば話は変わるだろうが、そのためには過去へ戻らなければいけない。それはナターシャの命を消費する行為となる。
我が領地は詰みの状況だ。
できることと言ったら、少しでも多くの生存者を出すために動くことぐらいだろうか。
まさに撤退戦だな。俺が当主になって初めてする大仕事が、負け戦になるとは思いもしなかったぞ。
「でしたらもっと前に戻りましょう。そうすれば勝てます」
「却下だ」
「なぜですか!」
「ナターシャの寿命を削ってまで生き延びたいとは思わない」
「領民や騎士たちも巻き添えになるんですよ? 全員が生き残れる道はあるかもしれないのに諦めてしまうんですか? そんなの、私の知っているお兄様ではありませんっ!!」
領主として判断しろ。
そう訴えかけているようなものだ。
酷いことを言う。
「だが助けようとした結果、ナターシャが死んでしまったら意味はない」
「いいえ。ブラデク家が残るのであれば意味はあります」
目を細めながら鋭く睨みつけ、ナターシャが語り出す。
「初回の人生でお兄様が死んだ後、ブラデク領は魔物や魔族の手によって滅びました」
「原因は?」
「隠している金の鉱山の発掘量を増やそうとした外部の貴族が、大勢の人を魔の森に連れて入っていったからだと言われています」
「外部の貴族か。恐らくドルク男爵の協力者だろう。正体は分かっているのか?」
「過去に戻る方法を探すのに必死で無視していました。何も知りません」
「そうだよな……」
独自の魔法を作るのであれば、それ以外のことに気を使う余裕なんてない。
ナターシャは詳細を語らないが、きっと領地を捨ててどこかに隠れ潜んでいたのだろう。
「で、どうなったんだ?」
「魔の森を荒らされて怒った魔族たちが攻めてきて、ブラデク領に住んでいた人々の九割は死亡し、領地は魔の森に飲み込まれました」
魔の森に飲み込まれたという事実に驚愕した。
まさか領地がなくなるだけじゃなく、人が住む領域ですらなくなったとは。
「貴族や王家は何をしてたんだ?」
「魔族を倒そうとして十万の兵を動員しましたが、返り討ちにあって全滅しました」
「その話の根拠は?」
「はい。近くで戦場を観察していましたから」
特に魔族は強く恐ろしい存在として聞いていたが、まさかこれほどとは。
王の力があってこそなんだろうな。
やはり今回の戦いは俺たちに勝ち目はなさそうだ。
「そんな戦いを目の当たりにしたんだったら分かるだろ。今回は逃げるしかない。さっさと準備しろ」
話は終わりだ。
ナターシャに背を向けて部屋を出ようとする。
「まってくださいっ!」
腕を掴まれてしまった。
振りほどこうとして力を入れる。
「今、この部屋から出たら、私は死にますからねっ!」
最も効果的な脅しをされてしまい、立ち止まって振り返る。
「ナターシャ……」
「お兄様と私が生き残る道は、過去に戻るほかありません。覚悟を決めて下さい」
ナターシャの命を削ってまでやり直したというのに、部下や領民を殺し、領地を破滅させてしまうような男だ。今さら半日時間を巻き戻したぐらいじゃ、勝てる道なんて見つけられない。
今日という日を何度やり直しても勝てない相手だとすれば、少しでも多くの人を生かすために命を使うべきだろう。
それが父の死後、ブラデク家を受け継いだ俺の責務なのである。
例えその先に自身の死があったとしても受け入れるべきだ。
「ナターシャさえ生きていれば、俺は死んでも――」
「そんな悲しいことを言わないでください!」
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