第21話 お兄様にお願いがあるんです

 時空の魔法で有名なのが転移だ。長距離を一瞬で移動できる奇跡に近い魔法で、歴史上使えた人物は数人しかおらず、現在では誰もいない。


 他にも動きを鈍らせる、加速させる、停止させる等ということもでき、時間の速度にも干渉できるのだ。さらに壊れた部品を戻すといった魔法も存在するらしい。


 時間は巻き戻らないという常識を覆す恐ろしい属性である。


 本では物を修理するときに使う魔法しか紹介されてないようだが、対象を物ではなく世界に変えることもできるだろう。


 懸念があるとしたら膨大な魔力が必要となるだ。


 世界規模で時間をまき直すとしたら、体内の魔力を使うだけでは足りない。空気に含まれている魔力を利用するしか方法はないのだが、そんな莫大な量をコントロールできる人間はないので実現は難しい。特別な方法、それもリスクがあるようなことをしなければ失敗してしまう。


 よって、時空属性を使って世界を巻き戻すのことは、属性の特性上できても実現は不可能。それが俺の出した結論だ。


「魔力のコントロールについて調べてみるか」


 問題になっているのが世界を巻き戻すほどの力をどうやって使い、コントロールするかだ。他の本にヒントがあるかもしれない。


 持っている本をしまうと魔法の専門書を探してみる。背表紙には「魔道士になるために必要な十の訓練」「基礎魔法」「魔道士の心構え」など読める文字もあるが、半数以上は何を書いているかすらわからないものばかりだ。魔族が使っている文字ともちょっと違っていて、内容の予想すらできない。


 しまったな。もっと真面目に学業に励んでいれば良かった。


「こんなところにいたんですね」


 聞くものを全て魅了するような声が聞こえたので振り返る。

 義妹のナターシャがいて、一冊の本を抱きしめながら立っていた。


 今日は地味なカーキー色のワンピースを着ている。アクセサリーはつけていないようだ。専属メイドのメアリーは何をしてるんだ? 毎日美しく着飾るように命令しておいたのに。後で叱咤せねばならぬ。


「今日は平民スタイルにしてみたんですが、似合いますか?」


 くるっと、回転しながら聞かれてしまった。


 前言撤回だ。メアリーはよくやった。


 平民スタイルという新しい一面を俺に見せてくれたのだから。


「似合っている。他の誰よりもだ」

「ありがとうございます。お兄様なら、そう言ってくれると思っていました」

「俺じゃなくても言うさ。もし似合わないというヤツがいたら目は腐っているし、そんなもんは不要だからえぐり出してやる」

「そんなことしたらダメですよ。もっと大人になって下さい」

「…………ナターシャが言うなら、諦めよう」


 昔なら、今のネタで笑ってくれたのだが注意されてしまった。ちょっと大人になったな。やはり俺の記憶とは違う反応を見せる。


「それより、お兄様にお願いがあるんです」

「大抵のことは聞いてやる。言ってみなさい」

「商売を始めたいんです。もう信用できる人は見つけていて、彼にお願いすればすぐに商隊を作って事業は始められます!」

「彼、だと? そいつは信用できるのか!?」

「私はできると思っています。お兄様、私を信じてくれませんか」


 男の存在は気になるが、詳細を聞き出そうとしたら嫉妬していると思われてしまうだろう。格好いい兄として、そのような姿は見せられない。ナターシャにすり寄るクソ野郎は後で調べるとして許可は出そう。


「いいぞ。資金はどうするつもりだ?」

「私のお小遣いから出す予定です」

「では、俺からも追加資金として金貨4000枚を渡そう」

「いいんですか!?」

「もちろん。頼りになる男とやらに渡してくれ。兄が気にしていたと伝言も伝えてくれると嬉しい」

「もちろんです!」


 持っていた本を投げ捨てるとナターシャは抱きしめてくれた。


 資金を出すと言って良かった。


 平民が十年ぐらいは暮らせる金だが、使わずにずっと溜め込んでいた臨時予算の一部なので、問題はないだろう。代理とはいえ次期当主なのだから、このぐらいの権限はある。


「それとだ。資金提供の見返りとして、取り扱う商材と販売場所を一つだけ指定させてくれ」

「お金も出してもらえるんです。何でも言ってください!」

「だったら遠慮なく。冬が近づいたら大量の木材をポラエ公爵家の領地で販売するんだ」


 今年の冬が厳しくなるので木材を使って一儲けしようとの考えだ。商隊の規模にもよるが、俺が出資した金額の倍ぐらいは見込めるかもしれん。


「去年は暖冬だと聞いています。今年も同じようなるのでは……?」

「そうならないと見込んでいる。むしろ例年よりも厳しい寒さになる」


 ニヤリと口の端を上げて笑顔を作った。何か企んでいると伝わったことだろう。


「わかりました。お兄様の狙いに乗りますね」


 抱き付いたままナターシャの唇が俺の耳に近づく。

 吐息がかかってくすぐったい。


「いっぱい稼いだらお金はあげます。家のために使ってください」

「良いのか?」

「それが商隊を作る理由ですから」


 家族のために働くナターシャに感動してしまい、背中に手を回して体を持ち上げる。苦しそうにしているが文句は言ってこない。


 調子に乗ってしまってしまい、そのまま部屋を出る。

 読めない本ばかりだったので魔法の調査は後回しだ。


 今はナターシャと中庭で紅茶を飲みながらお菓子を食べたい。治安の維持や復旧作業など、やらなければいけない仕事は多いが、少しぐらい休む時間があってもいいだろう。

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