第22話 金の亡者ーーーー!

 翌日からナターシャは商隊を作るために奔走している。できれば俺も後を付いて見守ってやりたかったんだが、残念なことに当主代理としての仕事が山のようにあるので動けない。


 特に今は冒険者ギルドが完全に破壊されてしまい、街周辺の魔物処理が遅延し始めているので危険な状態だ。


 街に侵入してくる個体こそいないが、街道に出現して行商人を襲うケースが増えている。物流に影響が出てしまい緩やかだが物価が上がっていた。


 さらには領内へ訪れる人たちが減っているため、税収も悪化していくことが予想される。大きなダメージを受ける前に魔物を討伐しなければならず、今は騎士たちを派遣してその場しのぎをしているのだが、数が圧倒的に足りないので改善までには至っていない


 新しく冒険者ギルドの建物を用意して魔物討伐の仕事を回るようにしなければいけないのだが、これもまた場所の選定に時間がかかっている。


 理由は単純で、冒険者という荒くれ者を歓迎してくれる住民がいないからだ。武器を持っている姿は威圧感を覚えるし、酒を飲んで暴れたら手がつけられない。食うに困ったら犯罪にも走るし、魔物の血を浴びて臭いので関わらないようにしても問題は多いのである。


 領主権限で土地と建物を取り上げも良いのだが、反感を持たれてしまうので得策とは言えない。金を使って周囲を説得しようとしているのだが、順調に進んでいるとは言いがたかった。


 さらに金の鉱山も問題が出ている。長年酷使していたゴーレムが故障してしまったのだ。修理できる人材が少ないのに中心人物であったピーテルが死んだことで、作業が遅れている。金の発掘量が大きく減っていて、復帰に向けて慎重な判断を何度もしている。


 気の抜けない日々だ。


 というわけでナターシャについては、身動きが取れない俺の代わりに専属護衛として付けたクライディアとエミーに毎晩、報告させていた。


「で、今日はどうだったんだ?」


 執務室の中心で立っている二人に問いかけた。疲れている顔をしているが関係ない。さっさとナターシャの報告をしろ。


「どうと言われも。大量の木材を買って倉庫に運んでいるだけですね。お嬢様は現場を少し見てから紅茶を楽しまれていました」


 代表してエミーが話し出す。すぐ金をたかってくるが、仕事をしているときは真面目なのでスムーズに進むだろう。


「男の方はどうだ? 調べは付いているのか?」


 義妹を取られてしまうかもしれないという寂しさもあるが、なによりも第二のストークが生まれないか懸念している。


 男に惑わされてブラデク家を裏切ってしまわないか、また毒殺されないかという心配がるのだ。もちろん、少し変わった今のナターシャなら大丈夫だろうとは思うが、油断はできない。


「商会のトップにいる男ですね。名前はエドック。年齢は二十五、独身です」

「その歳で独身か。何か問題でもあるんじゃないか?」


 金に困っているわけではないだろうし、嫁の一人ぐらいいてもおかしくない年齢だ。周囲だって跡継ぎを、などといって結婚の圧力は高いはず。それなのに独身なのであれば、性格もしくは性機能に問題があると言っているようなものだ。


「結婚を約束していた女性がいたようですが、魔物に殺されています。噂によると、その彼女を想って独身を貫いているとか」

「ふーん。周囲はそれで納得しているのか?」

「今まではしていませんでした」

「今は違うと?」

「はい。ナターシャ様と結婚すると思っているよう……」


 机を思いっきり叩くと真っ二つに割れてしまった。


 エミーは驚き、口が止まってしまう。


「マーシャル様。それはやりすぎっす。そろそろシスコン卒業したらどうっすか?」

「口を縫って喋れないようにしてやろうか」


 壁に立てかけていた剣を手に取ると鞘から抜く。黒い刀身が露わになった。


「いやいや! 冗談っす! ねー、エミー」

「金貨一枚くれるなら、助けてあげても良いよ」

「こんなときも金っすか! 金の亡者ーーーー!」


 エミーに抱き付くと涙と鼻水を流しながら叫んでいた。


 あまりにも哀れな姿を見て、ヤる気が削がれてしまう。クライディアの作戦勝ちだ。


 剣を鞘に収めると腰にぶら下げる。


「エミー、話を続けろ」

「この状態でですか……?」


 同僚に泣きつかれ、机が完全に破壊されている状況を見て言っているんだろう。


 俺にしてみれば、だからなんだ? という感想しか出てこない。


「そうだ。お前が気にすることじゃない」

「…………ナターシャ様は否定されているので、噂はすぐに収束されると思われます」

「それでも騒ぎ立てるようなヤツがいたら報告しろ。俺が説明してやろう」


 二人とも何とも表現できない顔をしていた。またシスコンとか言いたいのだろうか。


 多少、妹に対して想いが強い自覚はあるが、引くほどじゃないだろ。


 他よりちょっとだけ、妹を大切にする兄。それだけだ。


「報告は以上です。戻ってもよろしいですか?」

「明日もナターシャの護衛を頼んだ。傷一つ付けるなよ」

「もちろんです」

「了解っす」


 敬礼をしてからクライディアとエミーは執務室から出て行く。


 残ったのは壊れた机だけだ。書類は飛び散っていて仕事は再開できそうにない。


 …………明日、ユリアに頼んで新しい物を持ってこさせよう。


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