七話
王国軍は大勝利。敵は幾多の死者と捕虜を残し逃げていったという。アイバル国の将軍やハルバート王国の王太子も捕らえたとのことで、今後しばらくは両国に対して完全な優位に立てるだろうとの事だった。
総大将の王太子殿下、そしてエルイード様は勿論ご無事であるとのことで、私は王太子妃殿下と共に胸を撫で下ろした。そもそも王国軍の損害は非常に軽微で、騎士として出征した上位貴族の者に死者はいないとも聞いた。それはちょっと戦史を読んでいてもあまり聞いた事が無いくらいの大勝利だったようだ。
国王陛下のところに私は招かれ、後方支援に励んだことについて直々にお礼を頂いた。「夫婦揃っての活躍で、王国は救われた」と言われたのでエルイード様もずいぶん活躍したのだろう。
これについてはお義父様に、勝ったなら機密も何も無いだろうと思ったので、詳しい話を伺おうと思ったのだけど、お義父様は笑って「手柄話は本人から聞くが良い」と言って教えて下さらなかったのだ。
ただ、国王陛下ご夫妻にも王太子妃殿下にも大変感謝され、戦地からの情報が伝わったらしい貴族婦人からも「エルイード将軍と次期公妃様のお陰で勝てた」と何度も感謝されたので、エルイード様が活躍なさった事は間違い無いらしい。それは確かにご本人からお話を伺うのが楽しみだ。戦争遊戯の駒を使って詳しく解説してくださる事でしょう。
私はそんな楽しい想像をしながら、凱旋式の準備を進めた。遠征軍は後始末を済ませた後、一ヶ月後くらいに凱旋する。その入城は凱旋式として華やかにお迎えすることになっているのだ。
私は王太子妃殿下や貴族婦人と図って、王宮で行われる式典やその後の宴の飾り付けやお食事などの手配を進めた。同時に、パレードを行う街路を選定してそこも清掃して飾り付ける。街路沿いの住人や店にお金を出し、飾り付けやお酒や食べ物の振る舞いをもお願いする。凱旋式で将軍や騎士は王宮に入るけど、兵士は入れない。なので兵士達をねぎらう宴の場も手配し、貴族達でお金を出し合って大盤振る舞いで酒や食べ物を提供することにした。
なんでこんな事を私や貴族婦人がやっているのかというと、貴族当主の皆様は出征していて、王都に残る官僚貴族は戦後処理に忙しく(早くもアイバル国やハルバート王国から謝罪の使者が来ているそうだ)、それなら私達でやっちゃいましょうと買って出たのだ。遠征軍の支援でそういう段取りを組むのに皆様慣れていたし、やはり戦勝に浮かれていたから何かしていないと私たちも落ち着かなかったのだ。
そして遂に、遠征軍が凱旋して来る日になった。
私は王族として王宮の楼門に席を与えられ、水色のドレスで大人しく座っていた。凱旋式の手配は万全だけど、本当は当日の確認などをしたかったんだけどね。皆様にルクシーダ様の今日の本当のお仕事はエルイード様のお迎えでしょうと言われて仕方なくここにいるのだ。
高い楼門からは王国の大通りが見える。派手に飾り付けられ、既に周囲はお祭り騒ぎだ。みんな口々に「王国万歳!」「国王陛下万歳!」と叫びながら呑んでいる。昼から呑むには良い口実だよね。
やがて、遠くから怒濤のような大歓声が近付いてきた。うわん、うわん、と唸るような音が近付いてくる。そしてやがて、出征の時に見た銀色の隊列がこちらに近付いてくるのが見えた。同時に歓声が王都に爆発する。
「勝利将軍、ドルジアス王太子殿下! 万歳!」
「『アルケードの戦いの勝利者』! 王太子殿下万歳!」
期せずして起こる王太子殿下を讃えるお声。そしてもう一つ。
「ゼークセルン将軍! 万歳!」
「軍神エルイード! 万歳!」
などという声も飛んでいた。……軍神とは大げさな。どうもエルイード様が戦地でご活躍なさったのは事実で、それは兵士経由で伝わって、王都でも有名なくらいらしい。私はまだあんまり聞いていないんだけどね。
隊列の先頭には王国旗、国王旗、王太子旗、王国軍旗を掲げた兵士達が行進し、続けて勇ましい行進曲を奏でる軍楽隊。そしてその後ろに二つの騎影が見える。私は思わず身を乗り出す。沿道の大歓声、特に女性の黄色い声に迎えられたあれが、恐らく王太子殿下とエルイード様だ。
黒い馬と茶色い馬。思い出すと、エルイード様は鹿毛の馬に乗って出撃して行かれた。戦場で馬を替えていなければ、右がエルイード様だろう。というのは、お二人は近いご親戚だけあって金髪も緑色の目も良く似ているのだ。まぁ、エルイード様の方が僅かに背がお高く、大分太っているけどね。だから普通は遠目にも見間違う事は無いんだけど……。
緋色のマントと青いマント。確かエルイード様は青いマントだったわよね。鹿毛の馬に乗っているし、やはり右がエルイード様の筈だ。筈なんだけど……。
お二人がこちらを見上げて手を振って下さり、私と王太子妃殿下は笑顔でそれに手を振り返して、花を撒いて勝利を祝福した。のだけど。
国王陛下の戦勝を讃えるお言葉を受けて、お二人を含む王国の騎士達が私達の下を通って王宮にお入りになり、私達も移動しなければならないタイミングになったというのに、私と王太子妃殿下はお互い顔を見合わせ首をかしげてしまったのだ。
「お分かりになりましたか? ルクシーダ様?」
「……いえ」
大きな声では言えない話だが、私も王太子妃殿下も自分の夫がどっちだか分からなかったのだ。いえね、ちゃんと見たわよ? 高いとは言え楼門の上からなら、真下を通る二人のお顔はよく見えた。でも分からなかったのだ。何しろ、瓜二つに見えたので。金髪も緑の目も、少し日焼けなさった端正なお顔立ちもそっくりだった。
というか、同じくらいの体格、痩せ方に見えたわね。どう見ても青いマントの方もエルイード様じゃ無かったわよ? どういうこと?
エルイード様、凱旋式に怖じ気付いて代理の人を立てたんじゃ無いでしょうね? 確かに王族のお若い方には金髪で緑の目の方もいらっしゃるけど。でも、あんなに王太子殿下に似た方いたかしら? それに、なら本物のエルイード様はどこに?
疑問で一杯になりながらも、私は大急ぎで式典の場に向かったのだった。
◇◇◇
王宮の第一謁見室で行われた式典では、上位貴族の出征者に顕彰が行われる。国王陛下が勲章を授けて下さるのだ。私は玉座の据えてある階段のすぐ下で王太子殿下とエルイード様を始めとする遠征軍の将軍達が入ってくるのを待った。
そして、謁見室の扉が開き、拍手に包まれて皆様がお入りになった。先頭は当然、王太子殿下とエルイード様だ。
……その筈だが、緋色のマントと青いマントのお二人は、やはりもの凄く良く似ていらしたのだ。ほんと、そっくりだ。拍手をしていた皆様も、困惑してしまうくらいに。私も妃殿下も自分の夫が分からないなんて事がバレたら大変だと思って目を凝らす。ど、どっち? ジッと見詰めていると、絨毯を挟んで私の向かい側に立っていらっしゃった妃殿下は気が付いたようだ。あ、というお顔になる。ずるい。私はまだ分からないのに。
というか、緋色は総大将のマントなので、青がエルイード様に決まっているのだ。だけど、本物かどうかが分からない。王太子殿下にそっくりのお顔立ちに、フワッとした金髪に、エメラルド色の瞳。うん。エルイード様のパーツよね。間違い無い。問題は体格だ。王太子殿下と同じくらい引き締まって、肌は日焼けして少し黒い。あのぽっちゃり公爵だったエルイード様がまさか……。
しかし、その青マントの彼が私の事を見て、あからさまに顔を輝かせた。それまで貴族的な穏やか微笑みをしていたものが、私を見詰めてくしゃっと崩れる。その不安を隠しきれない、気弱な笑顔。
ああ、これ、やっぱりエルイード様だ!
私はようやくそれで確信を持った。全然ご容姿は変わってしまったけど、あれは間違い無くエルイード様だった。私が唖然として立ち尽くす間に叙勲式は終わったようだ。あまりの衝撃に意識が半分飛んでいたらしい。気が付くと、叙勲された将軍の皆様は解散され、一目散に自分の妻や子供のところ、あるいは両親の元に駆け寄っていた。謁見室の方々で再会を喜ぶ方々の喜びの声や涙声が聞こえた。
見ると王太子殿下も妃殿下と抱き合って喜んでいる。そして、私の前にも大きな影が現れた。青いマントを着て、鎧姿。まぁ、出征の時に見てはいたんだけど、勇ましいお姿。あの時は借りてきた衣装を着たみたいだったんだけど、今はすっかり馴染んでいる。鎧は傷だらけだしマントは日に焼けているしね。
背は高いし肩幅は広い。記憶の通り。でもね、どうしちゃったのそのお顔は。どこのイケメンですか。引き締まった輪郭。でもよく見れば目鼻立ちの配置は前のままのようだ。つまり、戦地で激やせなさったという事なのだろう。それにしても、痩せただけでこんな美男子になるなんて聞いてない。
そのもの凄い美男子顔を情けなく歪ませて、エルイード様は私をガバッと抱き締めた。いや、もう遠慮無く。遠慮は要らないんだけど、夫婦なんだし。でも、鎧姿なのともの凄い力だったので私は思わず「ぐえ!」と呻いた。
「ルクシーダ! 会いたかった! 会いたかったぞ!」
エルイード様は涙声でそう仰って下さった。そんな嬉しいことを言って下さったら私も「痛いから離れてくれ」なんて言えない。私も彼の背中に手を回す。
「お、お帰りなさいませ。ご活躍、おめでとうございます」
私は型通りに言ったのだが、エルイード様は私の頭に頬ずりしながら、なんだか涙声だ。
「ああ、会いたかった。ルクシーダがいればもう安心だ。君がいなければ私はやはりダメだ。もう二度と戦場になど行くものか!」
軍神とまで讃えられている方にしては随分と情けない事を仰る。でも、この弱虫な感じはやっぱり私のエルイード様よね。随分ご容姿は変わってしまったけれど、中身は変わっていないようだ。私は苦笑しながら、彼の頭を撫でた。ようやく、夫が帰ってきた事が実感されてきた。
「大丈夫ですよ。エルイード様。私がこれからはずっとお側におりますからね。私が怖い物から護ってさし上げます!」
「ああ、ルクシーダ!」
エルイード様は嬉しそうに言うと、私をひょいと抱き上げた。軽々とだ。私はビックリ仰天だ。元々お力はあったのだろうけど、やはり戦場暮らしで筋力が付いたのだと思われる。それにしてもこんなところで高い高いされては恥ずかしいのですが。
と、そのまま私はお姫様のように横抱きにされる。間近にエルイード様の見慣れぬ麗しいお顔がある。ここまで近付くと、王太子殿下よりもお顔立ちが優しいし、表情も柔らかい事に気付く。次は見間違えないだろう。それより、いきなり抱き上げられた私に会場の注目が集まってしまっている。
「え、エルイード様?」
戸惑う私に構わず、エルイード様は嬉しそうに仰った。
「さぁ、帰ろう」
「え? 帰る? こ、この後戦勝の大祝宴ですが?」
私も準備に大いに関わった祝宴だ。エルイード様にも楽しんで欲しいのだけど。しかしエルイード様は首を横に振った。
「いやだ。早く帰りたい」
それはエルイード様、社交が好きじゃないしね。戦勝将軍の一人として主賓を務めなければいけない宴席なんて嫌なんだろうけど、そういうわけにも……。
しかし、エルイード様は私の耳元に口を寄せて囁いた。
「約束通り、本当の夫婦になろう。私はその事だけを、その時だけを願って戦場を生き抜いたのだ」
は? え? 私の顔は真っ赤になってしまう。それってアレですよね。その、まだシテないあれの事ですよね。どうやらエルイード様は私とのその約束を、心の支えにして厳しい戦場生活を潜り抜けたものらしい。
それで、やっと私と再会出来てもう我慢出来なくなってしまったようだ。それはたくさんたくさん我慢して、色々溜め込んでいるんだろうからね。うん。エルイード様頑張った。その頑張りは褒めてあげたいし、気持ちは分かるし、私だって約束を忘れていたわけではないし、そのつもりだったし、楽しみにしていたから気持ちは分かるんだけど。
「さぁ、帰ろう愛するルクシーダ!」
祝宴をすっぽかして屋敷に飛び込んで、ってのは困る。どんな噂になるかも分からない。せっかく戦勝将軍になって高まった彼の評判や私の評判が、社交界でとんでもない事になっちゃう。困る! もの凄く困る!
「ちょ、ちょっと待って! エルイード様! だめ、いや、ダメじゃないけどダメ! フレイン! お義父様! エルイード様をお止めして! こらー!」
私を抱えて一目散に会場を出ようとした彼を、フレインやお義父様、王太子殿下までが駆け付けて止めて下さらなかったら大変な事になるところだったわよ。中身は変わらないと思ったのだけど、やっぱり戦場で軍隊を指揮する中で、決断力と行動力は以前の彼とは比べものにならないほど上がったらしい。
後でお聞きした話によると、戦場に行ったエルイード様は戦場の把握や前線の視察などで否応なく馬で駆け回り、荒くれ者を指揮する関係上率先して小規模な戦闘に出たりする必要が生じ、それこそ気弱なエルイード様には身も痩せ細るような日々だったのだそうだ。だからこんなに痩せたのか。
私が物資をどんどん送ったせいで王国軍には持久戦を戦う余裕が出来て、エルイード様お得意の大規模な縦深陣で敵を王国領内に引き込んで一網打尽にしたのだけど、その作戦はかなり時間が掛かって反対意見も多くて大変だったのだそうだ。王太子殿下も庇ってくれたけどエルイード様も弱気は見せられず、反動で一人でいる時は食事も喉を通らない有様だったとか。それでより一層痩せたらしい。
とにかくそういう日々を耐えきるために、私との約束が心の支えとして必要だったのだそうだ。まさかあの約束にそんな強力な効力があろうとはね。私のためにエルイード様がそんなに痩せ細るまで頑張って下さったなんて。正直女としては凄く嬉しかったわよ。
まぁ、そのせいでね、祝宴が終わってお屋敷に帰った後に、溜め込んだ想いその他を解放したエルイード様に、私は結構大変な目に遭わされたんですけどね。ほら、エルイード様は戦場で体力をお付けになったから。ちょっと凄かったのだ。
おかげで、翌年には私達は元気な長男も授かったし、エルイード様は軍の将軍としてそれからも活躍なさったし、私はずっと幸せだったから、良いんだけどね。
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