幕間SS:『たこ焼き一番』の遭難
「まだ行けるわっ! 根性ださんとっ、何のために大阪から出て来たんや! 三十九階で逃げ帰ってみい、ネットの笑いものやでっ!」
「せやかて、よしお、もうポーションがあらへんし、高子もしんどそうやで、撤退しようや、これまでの最高記録やんなあ」
「あかん、逃げるなら四十階フロアボスのマンティコア師匠に挑んでからや、負けても謝れば見逃してくれるっていうボスやから、行って損は無い、どうしようも無くなったらカエル玉を使えばええんや」
「行けるか、高子」
「あと【ヒール】が二発、で終いや、【プロテクション】は無理やで」
「ここは三十九階や、あともう一息や、高子もしんどいけど、頑張ってや、なあ」
「頑張るで、リーダー。日本一の高校生パーティの名を守らんとな」
「そうや、そうや、じゃあ、元気出していくで」
『たこ焼き一番』のメンバーはのろのろと立ち上がった。
ここは三十九階入り口階段だ。
フロアボスの居る場所までは、この階の下り階段まで移動し、その後、四十階のボスフロアまで移動しなければならない。
『たこ焼き一番』のメンバーにとっては遙か彼方の場所に思える。
『たこ焼き一番』は安全地帯を出て、迷宮に足を踏み入れる。
彼らは半年ほど、ずっと三十階の浅い階でレベル上げをしていた、三十五階は最高記録であって、普段は三十三階程度で地上に戻る事が多い。
お金は稼げるが、レア武具を買えるほどでは無い、それでもサラリーマンの給料ぐらいは月に稼げるのは嬉しかった。
きっと、また、幸運が訪れてレア武具が宝箱から出て、C級から卒業できるだろうと楽天的に考えていた。
リーダーの遠藤義男はそろそろ卒業だ。
将来はプロのDチューバーとしてやっていくつもりだ。
三十階台に入ると、魔物から出る魔石や宝箱からでる品物である程度は稼げる。
そんな時、よしおはタカシの動画を見た。
幸運でレアスキルを得て、アイドルを助けて活躍していた。
レアスキルがうらやましかった。
レベル六十代の母親が助けてくれる。
しかも、その母親は異世界転生して、現地では『僧兵』という戦えて癒やせるレア職業の戦士だった。
こいつは伸びてくると直感した。
そして、その勘は当たる。
凄いDチューバーの仲間がタカシの元に集まって来た。
史上二番目の
迷宮で全裸狂女と呼ばれていた鏡子。
槍が使えて、世界初の『
小学生の凄腕『
それぞれに華があって、ファンが付きそうな配信冒険者たちだ。
よしおは焦った。
このままでは俺はぱっとしない万年C級になってしまう。
なんとか、『Dリンクス』の人気を落とし、さすがは『たこ焼き一番』とリスナーに一目置かれるような存在になる。
そう考えての今回の賭けであった。
なんとかなると思った。
これでも高校生パーティ日本一だ。
テレビにも、週刊誌にも、何度も取り上げられた。
『Dリンクス』が脚光を浴びるまでは、タカシの位置にいたのは俺だった、とよしおは考える。
なんとしても阻止しないといけない。
『暁』を取り上げて快進撃にストップを掛けるんだ。
最初は直接喧嘩を売って争奪戦をしようと思って居た。
ちょうど、『Dリンクス』が難波迷宮に来た頃の事だ。
『Dリンクス』は世界一の配信冒険者マイケルと戦って、『暁』を守った。
しかも、マイケル戦の前は陰陽師が変じた罪獣とまで戦っていた。
争奪戦の最後には神様まで出た。
よしおたち『たこ焼き一番』は、その時、難波迷宮に居た。
女神さまも見た。
あんな強い奴らと戦うのはごめんだ、そう、思った。
それで、ネットで騒いで、四十階フロアボスを倒す競争という、あまりぱっとしない賭けとなったのだ。
『たこ焼き一番』はビクビクしながら三十九階を行く。
なるべく魔物と戦わないように、盗賊のカンチが前方を探り、慎重に進む。
もう、『ヒール』が残り少ない。
高子はよしおの彼女で『
メンバーと協力して養殖したが、魔力が少なく、一人だけレベルが低い。
正直足手まといで、メンバーは前任の男僧侶のアキラを懐かしむ奴も居たが、よしおは怒鳴って黙らせた。
アキラは追放されて、別のパーティで活躍している。
アキラにも悔しい思いをさせる為にも、賭けに勝って『暁』を手に入れる。
あれさえあれば、俺だって。
よしおはそう思っている。
運の良い事に、フロアボスまでに魔物との遭遇戦は一度だけだった。
バンパイヤの群れだったので、
ドロップ品は魔石だけだった。
『たこ焼き一番』はボスエリアに足を踏み入れる。
で、短時間で負けた。
高子が真っ先に狙われ、サソリの尾の毒を受けて死んだ。
しかも、カエル玉は高子が持っていた。
離脱も出来ない。
よしおは躊躇無く土下座をした。
「マンティコア師匠、自分らは少し早かったみたいです、勘弁してつかあさい」
パーティメンバーもよしおに習って土下座をした。
――マンティコア師匠は甘いから、土下座をすれば解放してくれる。したら、高子の死体からカエル玉を回収してロビーに飛ぶんや。はよ、高子を蘇生させへんと。
そんな事を考えていたよしおの隣の男戦士がマンティコア師匠に踏み潰されて死んだ。
「え?」
よしおは顔を上げた。、
マンティコア師匠はニマニマ笑っていた。
凄まじい笑顔だった。
老人のような醜悪な顔に三日月のような笑顔が広がり、鋭い牙が見えた。
そのまま、マンティコア師匠は『たこ焼き一番』の全員を殺した。
「どうしてや、どうしてや、あんたは土下座をすればゆるしてくれるって、ネットの情報で!」
よしおの手首の上のコメントウインドウに字が流れた。
『ばかだな、よしお。あやまったら許してくれる事もあるだけで、百%じゃないぞ』
『カナダでも、フィンランドでも、戦意喪失したパーティを全滅させてるぞ』
「なんでや、なんでやっ、不公平やないかいっ!」
『悪魔に何言ってんだお前』
『あ、よしお死んだ、『たこ焼き一番』全滅! おおっと、マリオンライブ再開だっ』
『うわ、『タコイチ』なんか、見てる場合じゃねえっ』
マンティコア師匠はぐるると満足そうに喉を鳴らすとフロアの真ん中で箱座りをして、眠りについた。
フロア中に高校生の死骸が散らばっていた。
不意にポータル側のドアが開いた。
入って来たのは『ホワイトファング』の田上である。
とても上機嫌だ。
『お、タガミーだ、ハイエナしにきたか?』
「うるせえ、マリエンライブ見てろ」
『ホワイトファング』のメンバー四人で、高校生の死骸を一つの所に集めた。
『何をするんだ?』
「新兵器の実験だあ!!」
そう言うと田上は【回収珠】を『たこ焼き一番』の死骸たちにぶつけた。
ボワリと白煙が出て、高校生の死骸は跡形も無くなり消えた。
「お、Dスマホに選択ボタンが出た、どれどれ、うん、これだ『死んだ者をその者の装備財産によって蘇生費用にあて、余った売却費用の差額をパーティが得る』、ぽちっとな」
『回収珠実況か、タガミーはこすいなあ」
「うるせえ、みんな生きかえるから良いじゃねえか、ええと、あ、百万儲かった。意外にしょぼいな」
『六人分の蘇生料をこの場に持って来た装備類であがなうのだからな、そんなもんじゃて』
「あいつらの貯金は? 余さん」
『装備類で足りなければ回収するがのう、その場合、回収者の実入りは無しじゃ。珠を使う前に欲しい物を取っておくんじゃな』
「『転移の兜』と『疾風丸』の売却益だと、そんなもんか。『Dリンクス』が遭難したら、儲けが凄そうだなあ」
『タカシは慎重だから、そうそう全滅しないだろうよ』
「まったく、あいつはヤナ奴だぜ」
『『『おまえがいうなっ』』』
「ちげえねえ」
田上はそう言うと、にやりと笑った。
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