第105話 鏡子ねえさんが何か見つけた

 離れの中は工房になっていた。

 なんだか日本刀の工房みたいに炉が切ってあって鎚とか砥石とかが並んでいた。

 神聖な場所って感じだなあ。


「わあ、すごい、あれ?」


 みのりがテーブルの上に置いてあった何かを取り上げた。

 裁ちばさみだな。

 裁縫とかに使うやつ。


「ハサミも作ってらっしゃるんですか? 乃木先生」

「ああ、陰陽鍛冶だけでは食っていけないからね」


 みのりはハサミを広げて閉じてとシャキシャキやっていた。


「お幾らくらいですか?」

「それは二千円、隣のは二千五百円だよ」

「「「「安っ」」」」


 陰陽鍛冶の先生が打った本式のハサミが二千円?

 安すぎないか?


「ははは、ハサミなんて物は高かったら売れないんだよ。鋼材は良いのを使っているのだけれど、ステンレスじゃないから錆びるしね」

「買います買います、お土産にしますよ」

「私も買うー」

「僕も買います」

「俺にも一本ください」

「ありがとう、サッチャンも安いと言って沢山買ってくれたよ」


 ああ、あの人はこういうの好きそうだしね。


 鍛冶場の一角に藁の人形が置いてある場所があった。


「鏡子さん、ちょっと技を使って見てくれないか」

「はいー」


 鏡子ねえさんはブラスナックルをはめてわら人形に技をズパンズパンと決めていた。

 乃木先生はふむふむとノートを取りながら観察していた。


「ブラスナックルか、ちょっと金属の量が少なくて権能顕現できそうもないなあ」

「フツノミタマが無くても権能が発動するんですか?」

「するよ、『暁』なら魔を焼き払うし、『宵闇』なら切れ味が上がる。表権能ってよばれているね、神降ろしで発動するのは真の権能の方だ」


 おお、付帯効果付きの武器になるのか。

 それはありがたいね。


「退魔武器に体術系は無い……、いや、あったか、どこに仕舞ったかな」


 乃木先生は戸棚を探して、少し大きめの桐箱を出して来た。


「これは陰陽鍛冶の失敗作だ、鍛冶をやるものへの戒めの為に残された物だよ」


 なんか箱に字が書いてあるんだけど達筆で読めない。


「金時の籠手、ですか?」


 おお、さすがは泥舟だ。


「金時って誰?」

「坂田の金時、頼光四天王の一人で、ええと、金太郎さんだよ、鏡子さん」

「おお、まさかりかついだ金太郎か、それは知ってる、金太郎の籠手なのか」


 乃木先生は寂しそうに笑った。


「正確には、金時さま用に作って断られた籠手だね」

「断ったのか金太郎」

「これを作った私の先祖は素晴らしい技量の持ち主で驕った性格であったと言われていてね、坂田の金時さまの体つきを見て、体術用のこの籠手を全能力を打ち込んで作った。だがね、金時さまが欲しかったのは刀だったんだよ」

「なんだよ、金太郎のくせに」

「それでね、われわれ陰陽鍛冶は執行者の意見を聞かないで武器を作ってはならない、どんな素晴らしい武器でも執行者が嫌といえば無駄になると、戒めの為に、これを残したんだ」


 そう言って乃木先生は桐箱を開けた。

 中に入っていたのは古ぼけた大きな籠手だった。

 金時さん、大男だったみたいだな。


「この形の物なら、新しく作る事が出来るよ、フツノミタマが宿るかもしれないね」

「……」


 鏡子ねえさんは、金時の籠手を愛おしそうに撫でた。


「これをください」

「え?」

「これは、金太郎のために作られたんじゃないよ、私に使われるために千年前に作られたんだ」


 鏡子ねえさんは桐箱から金時の籠手を取って腕にはめた。


「もう、古いものだし、新しい技術で、もっと良い物ができるよ、鏡子さん」


 鏡子ねえさんは首を振った。

 ぎゅるっと音がして勝手に籠手はねえさんの腕に固定された。

 大きさが縮んでフィットした感じがする。


「こいつは生きてる。それで、私に会えてうれしいうれしいって言ってるよ」


 ぶわっと金色の粒子が集まって、金時の籠手は光輝いた。


「じ、自動補修、そんな高度な術式を……」

「ああ、良いな、いいなこれっ!!」


 金の粒子が消えると、布地も金属部分も新品のように光輝いていた。

 鏡子ねえさんは拳と拳を打ち合わせる。

 ガチンと音がして、火花が散った。


 そのまま、わら人形の場所に移動して、鏡子ねえさんは正拳突きを放った。


 ダキューン!!


 凄まじい音がして、一撃でわら人形はバラバラになって吹き飛んだ。


「凄いっ、打撃力が内部で爆発するかんじ!」

「表権能は[くさび]なのか!」

「鏡子おねえちゃんすごーいっ!!」

「くっそー、権田の時にこれがあれば、あいつをバラバラにしてやったのにっ!」


 鏡子ねえさんはニッカリ笑って乃木先生に向き直った。


「これをください、というか、これじゃ無いといやですっ」

「し、しかし、契約は退魔武器製作であるから、その」

「じゃあ、泥舟の槍を作ってあげてくださいよっ」

「い、いや、僕はそんな」

「ああ、だったら、ねえさん、グリーブも作って貰えば、ええと」

「ああ、装甲脚絆だね、鏡子さん足技も使うし」

「ええ、良いのか、そんなにして貰って」

「鏡子ねえさんは前衛の要だからね」


 乃木先生は、ふうと息を吐いた。


「解りました、金時の籠手は鏡子さんに差し上げましょう、そしてチケットではそれに負けないぐらいの装甲脚絆を私が作ります。それで良いですか?」

「いやったーっ!! ありがとう乃木先生っ!!」

「いえ、こちらこそです、時間を越えた『巡行』もあるのだなと、実感しましたよ。たぶん逸話通り、我が先祖は驕慢で金時さまの意思を確かめずに勝手に籠手を作ったのでしょう。ですが、全身全霊を込めて素晴らしい仕事をしたのです。そして千年の時を経て、適合する執行者が現れたのですね。いやはや、鍛冶とは奧が深い」

「フツノミタマは宿っていないのですね」

「はい、この金時の籠手は一度も神を宿しておりませぬ」


 それでも、それでもだ、強力な武器に変わりは無い。


「金太郎めっ、お前の装備は私が頂いたぞ、わっはっは」


 鏡子ねえさんは仁王立ちで笑い、そう宣言した。

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