第2章 タカシの世界 変わりゆく世界

第10話 タカシの世界

 換金を済ませて地獄門から外にでると、もうすっかり暗くなっていた。


 駅前の商業施設は地獄門が出来てからテナントが入れ替わり、ダンジョン用品のお店や防具店、武器店が立ち並ぶようになっていた。


 俺は大師線に乗り込んでおじさんの家を目指す。

 夕暮れの車内は帰宅時間で少し混んでいた。


 ダンジョンが各地に出来てから、世界は変わった。

 この街で一番目立つ変化は、出稼ぎに来たロシア人が増えた事か。


 ロシアの大統領は赤の広場に出来た地獄門に対して核ミサイルを発射した。

 爆発はサッチャンが食い止めてモスクワは無事だったのだが、彼女は「ロシアはダンジョンが要らないんですね、たいへん失礼しました」と言って、ロシアにあった地獄門を全て消し去った。

 大統領は勝利宣言を出して一時期、ロシアはすげえとなったのだが、そのうちに見る影も無く没落していった。


 ダンジョンから出るポーション、エリクサーなどの魔導医薬品、魔石で動くエンジンや発電機、各種の財宝などがダンジョンがある国に出回り人々は豊かになったが、ダンジョンの無いロシアでは手に入らなかったからだ。


 中国などは初日はサッチャンにバンバン攻撃していたが、資源や宝が出ると判るとくるりと手の平を返し、その巨大な人口でダンジョンアタックを敢行、今では中国、インドがダンジョン攻略先進国になっている。


 焦ったロシアは二年後いきなり隣国ウクライナに侵攻した。

 だが、十万人ものロシアの近代機械化部隊は、ウクライナの元喜劇俳優大統領が率いた、たった七人のDチューバーに阻止された。

 彼らは迷宮産の武器で武装し、スキルを使い戦車を横転させ、魔法でジェット戦闘機を落とし、弓矢で弾道ミサイルを破壊した。

 俺もその頃テレビでウクライナDチューバーの活躍を見てワクワクしたものだった。


 ロシアの近代兵器はウクライナの七人のDチューバーに完敗し、レベルを上げた高位配信冒険者の恐ろしさを全世界に知らしめた。

 その後、ロシアは敗戦を受け入れ、最貧国としてあえぐ事となる。

 で、困ったロシア人は、日本に、中国に、北朝鮮にダンジョン出稼ぎに出る事になった。

 川崎でもロシア人街が出来るほど出稼ぎに来ている。


 電車が駅に着いた。

 俺はリュックを持ち上げて下りる。

 甲冑を着ていたり、盾を背負っていたりの迷宮帰りの奴も何人か下りてきた。

 川崎は地獄門があるから配信冒険者が多い街だ。


 大きい熊のような白人男性が俺の前に立ち塞がった。

 なんだよ?


「タカシさん、ありがと、私、命拾いしました」

「あ、いや、そんな」


 なんだ、ロビーにいた人か。


「タカシさんのマーチ(ロシア語で母親)、凄く強くてキュート。私、ミハエル、今度よろしかったら、一緒に潜りましょ」

「ありがとう、時間が合ったら一緒に行こう」


 ミハエルが手を出してきたので握手を交わした。

 大きくて暖かい手だった。


 ロシア人の配信冒険者は良く見るけど、言葉を交わしたのは初めてだな。

 ミハエルと手を振って判れ、俺は改札を抜けた。

 駅前のスーパーでフランスパンとカットレタスを買った。


 叔父の家は駅から歩いてちょとの住宅街にある。


「ただいま」

「おかえりなさい」


 おばさんはリビングでテレビを見ていた。


「今日はどうだったの?」

「意外と稼げたよ」


 俺は今日の換金したお金をテーブルに出した。

 ミノタウロスの魔石があったから結構儲かった。


「あらあら、いつもこうだと良いわね、ありがとう」


 おばさんはお金を財布にしまった。


 俺は黙礼してリビングを出た。

 おばさんはテレビを見てゲラゲラ笑った。


 階段を上がる。

 上で、従姉のみどりが俺を見ていた。


「早く通りなさいよ、邪魔よ」

「わるい」


 俺は階段を上りきる。

 みどりに荷物が当たらないように注意してすれ違った。


「狩り、上手くいったの?」

「まあまあ」

「早く稼げるようになって出て行ってよね」

「ああ」


 みどりはトントンと階段を下りていった。


「おかあさん、今日のごはんはー?」

「ああ、お父さんが帰ってきたらみんなでお寿司に行きましょう」

「わ、やったあっ」


 二階の突き当たりが俺の部屋だ。

 ベットとテーブルが有る。

 俺はリュックを窓際の床に置いた。


 ふう。


 迷宮の外にはリボンちゃんもくっついて来てくれないし、余さんも見てくれない。

 居場所が無いな、と思った。

 来年になれば十八になる、それまでの我慢だと思った。

 保護者が居ないと高校にも行けないしな。


 かーちゃんに会いたいなと思ったが、今日の分は全部使ってしまった事を思いだした。

 使用回数がリセットされるのは零時なのか?

 それとも使用した時間から二十四時間なのか?

 どっちかな。


 テーブルに買って来たパンとカットレタス、オークハムを出した。

 ハムをナイフでカットしてレタスと一緒にパンに挟み、食べた。

 飲み物は迷宮の水だ。


 美味しい。


 明日は学校帰りに行動食を買って、胸当てを買い換えないと。

 なんだかカツカツだけど、まあ、いつもの事だ。


 寝よう。

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