第9話 オカンはリボンちゃんと対峙する

『そは光の障壁、我が願いによって邪悪なる攻撃より守りたまえ』


 かーちゃんが早口で詠唱すると体の前に光の膜のような物が張られた。


『僧侶の呪文! 【ホーリーバリア】、キターッ!!』

『オカンバリアすげーっ!!』

『え、あれって結構高位の呪文じゃね?』


 ビュワッ! と音を立ててリボンちゃんがりっちょんを守っているかーちゃん目がけて飛びこんで行った。


 かーちゃんは丸盾を構え背中を丸めた。


 ガチャン!


 障壁が砕けた。

 が、速度は目に見えて落ちる。

 そのままリボンちゃんは丸盾に激突、かーちゃんの体がずずっと後ろに下がる。

 ガリガリガリガリと丸盾を削ってリボンちゃんは止まった。

 かーちゃんは太い息を吐いた。


『とめたーっ!!』

『俺は【鑑定眼】を持って居るのだが、カメラピクシーのレベルは120超え、その突進を止めるとは、オカンはなかなかのテクニシャン』

『嘘乙! 画面越しに鑑定なんて……』

『レベルだけは見れるんだよっ、二ワカめっ!!』


 リボンちゃんは頭を振ってまた飛び上がった。


 いけない。

 このままだといけない。

 リボンちゃんの突撃をかーちゃんは止める事が出来る。

 だが、魔力を使い果たしてリボンちゃんが消滅する。


「あかん、このままではいかんわ」


 リボンちゃんは空中を飛び回り、かーちゃんの隙をうかがっている。

 りっちょんは頭を抱えて泣き笑いをしている。


 考えろ。

 なんか考えろ、俺!


「さわがしいですね、なんですかっ♡」


 唐突にロビーの真ん中にサッキュバスのサッチャンが現れた。


『サッチャンキターッ!!』

『Dダンジョン広報部のサッチャンだーっ!!』

『Dダンジョンで一番怖いランキング、魔王様と並んで同列一位!!』


 サッチャンはついっと手を伸ばしてリボンちゃんをつかみ取った。

 リボンちゃんは手の中で暴れるがサッチャンの指は微動だにしない。


「誰ですか、ロビーでカメラピクシーを攻撃した人はっ♡ ここは職員とか施設とかいっぱい有るから困るんですよっ♡」


 キャピキャピした明るい声なんだけど、感情が一切こもってない声だった。


『りっちょん』

『りっちょん』

『りっちょん』

「わ、私は悪く無いっ!! 悪いのは全部タカシよっ!!」


 サッチャンはりっちょんを見て、それから俺を見た。

 笑顔なんだが、目がまったく笑っていなかった。


「タカシさん、あなたはサーバントスキルシステムの第一号なので、今回だけは見逃してあげましょう、次はありませんよ」


『ゆるされたっ!!』

『サッチャン寛大!!』

『タカシ良かったなーっ!!』

『いや、タカシのせいじゃ無いしっ』


 サッチャンはリボンちゃんを握った手に力を入れた。

 リボンちゃんは苦しがっている。


「まってくれっ!! リボンちゃんをゆるしてやってくれないか?」


 サッチャンはこいつは何を言っているんだ、という目で俺を見た。


「突撃モードに入ったカメラピクシーは全魔力を使い果たして消滅するのが定めです。ご心配無く、次にダンジョンに入った時に新しいピクシーが付きますから」

「あ、新しいピクシーはリボンちゃんじゃないっ、たのむ、許してやってくれ、リボンちゃんは俺の友達なんだっ!」

「え、何を言っているんですか? こんなのダンジョンの付属品の虫みたいな物ですよ、友達に値する訳無いじゃないですか」


 サッチャンは力を緩めたようだ。

 リボンちゃんの苦悶の表情が和らいだ。

 でも、目は真っ赤なままだ。


「ずっと一緒だったんだ、リボンちゃんは俺の大事な友達だ」


『『『『『『タカシーッ!!!!!』』』』』』


「変な人間ですねえ、イカレてやがりますねっ♡」


 そして、サッチャンはちょっと考えた。


「そうですねえ、悪魔に願い事をするという時は対価が必要と古来から決まっていますねっ♡」


 サッチャンは目を細め、ニヤッと嗤った。


「あなたがレアスキル【オカン乱入】を手放すというなら、このピクシーを助けてあげてもよろしくってよっ♡」


 俺はかーちゃんの顔を見た。

 かーちゃんはニコッと笑ってうなずいた。


「わかった、【オカン乱入】を手放す、だからリボンちゃんを助けてくれ」


『『『『『『バッ』』』』』』

『『『『『ええーーーーっ』』』』』

『バカバカ、タカシ、考え直せっ!! レアスキルだぞ、ピクシーはすぐ貰えるって!!』

『ああ~~~、タカシよ~~、タカシ~~お前はお前は~~』

『な、なんて奴だっ、そんな決断をお前、躊躇無くっ』

『S級配信者だって夢じゃないんだぞっ!! それを手放したらお前、一生底辺配信者のままだぞっ!!』

『『『『タカシ~~タカシ~~~』』』』


 怒濤のようなスパチャの音がした。


 かーちゃんは異世界転生している。

 だからいつか、そこへ行く方法を見つければ良い。

 だから、寂しいけど、お別れするよ、かーちゃん。


「それでこそ、タカシや」


 かーちゃんは満足そうにうなずいた。


 サッチャンはクツクツ笑い始め、そして身をよじって甲高い声で笑った。


「あーもう、最高ね、タカシさん。あなたに免じてリボンは助けてあげるわ」


 そう言うとサッチャンはリボンちゃんを口元に引き寄せ息を吹き込むような動作をした。

 リボンちゃんの目の色が正常に戻った。

 サッチャンが手を離すとリボンちゃんはふらふらと俺の方に寄ってきて頭を何回も下げた。

 良いんだよ。

 友達だろ。


「さあ、レアスキルを奪ってくれ」

「一度魂に宿ったレアスキルは魔王様でも切り離せません。さっきのは冗談よ」

「え?」


 【オカン乱入】を返さなくていいの?


「私は百階のフロアで待っているわ、頑張って降りてきてね」

「あ、ありがとうございます」


 かーちゃんがサッチャンに向き直った。


「あんた、向こうで何回か会った事あるな」

「そういや、聖女さんの取り巻きの僧兵さんね、あなた」


 サッチャンは俺を見た。


「良い事を教えてあげる。オカンさんが居る異世界はここと繋がっているわ。150階の魔王様を倒すと扉があって、向こうの世界に行けるわよ」

「なん、だって!」


 異世界転生したかーちゃんと会える。

 そんな事が……。


「うわあ、生身で会いたいなあタカシ」

「うん、会おう!」

「早めに来て下さいね、魔王様は暇だとろくな事をしないので」

「わかりました、頑張ります」

「じゃねっ♡」


 そう言ってサッチャンは事務所の方へしゃなりしゃなりと歩いていった。


『『『『『『うおおおおおおっっ』』』』』』

『奇跡的にまとまった~~~!!!』

『タカシ、良かったなあ~~!!』

『オカン最高だ~~!!』


 がしっと肩を掴まれた。


「タカシくんっ!! ありがとうっ!! りっちょんも助かったっ!!」

「んもー、レアスキル投げ出すとか、心臓が止まりそうになったよお」

「ほんとすげえよなタカシはっ」


 カーメンさんと、りっちょんファンの人達が俺を祝福してくれた。

 りっちょんはフロアに座り込んでブツブツと何かつぶやいていた。


 リボンちゃんはふらふらと飛んで落としたカメラを取って俺をうつした。


「これからもよろしくな、リボンちゃん」


 リボンちゃんは照れくさそうに小さくうなずいた。


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