二、学校の終わりと過去の足音(1)

 二学期最後を締め括る終業式の日――俺は久しぶりにあの光景を見た。

 終礼も終えて颯太と魁人を連れて廊下を歩いていた時、隣のクラスの入り口で藍那に詰め寄る先輩男子の姿があった。

「なあ新条さん、頼むよ」

「興味ないんですよね~」

 そこそこイケメンの先輩が藍那に声を掛けており、藍那はそれを心底面倒そうに対応している……ちょっと面白くない光景だ。

 まだ告白とかそういう目的なのかは分からないけれど、あの藍那が意味もなくあんな顔をするとは思えないので、その時点で俺は告白か遊びの誘いなんだろうなと確信した。

「やっぱ新条さんってモテるんだなぁ」

「あれだけ美人なら仕方ねえだろ。まあでも、嫌がってるみたいだしこんな場所でしつこくしなけりゃ良いのにな」

 どうやら二人も俺と同じことを思ったみたいだ。

 チラッと教室の中を見たが亜利沙はちょうど居ないようだ……それならと、俺は藍那のもとに向かう。

「お、助けるのか?」

「良いじゃん。お供するぜ兄弟」

 兄弟ってなんだよ兄弟って……でも、ちょっと意外だ。

 颯太にしろ魁人にしろ、俺と彼女たちの間に何かしらの繋がりがあることは一切知らないので、こうして藍那のもとに向かうことを変に思うはず……だというのに二人は堂々と俺の横を歩いている。

 仮に二人が居なくても知らんぷりするなんてことはあり得なかったが、二人が居てくれればそれだけあの先輩には圧になるだろう。

「あい……新条さん」

 藍那と呼びそうになってすぐに言い換えた。

 突然現れた俺たちに先輩は分かりやすく鬱陶しそうな表情をしたが、藍那は俺を見て花が咲いたような笑みを浮かべ――そしてどうやら、名字呼びから俺の意図を察してくれたようだ。

「やっと来たね堂本君たち。ということで先輩、先約があるのでお引き取りください」

「え? だって用事はないって……」

「先輩との用事がないだけです。彼らとの用事はありますけどね?」

「……くっ」

 先輩はキッと俺たちを睨みつけ、悔しそうに小走りで姿を消した。

 あの先輩が居なくなったことで藍那はふぅっと息を吐き、クラスメイトたちも清々したような顔をしている。

 そんな顔をするくらいなら藍那を助けてやってくれよと思うのは……俺の我儘かな? まあなんにせよ、無事に助けられて良かった。

「ふふっ、ごめんね三人とも。即興ではあったけど、君たちと用があるってことにしちゃった♪」

「い、いえいえ! 全然構わんとです!」

「新条さんを助けるためだったからさ!」

 こいつらめ……藍那はクスクスと二人を見て笑った後、俺を見つめてこう言った。

「でも二人の前に堂本君が居たのを見るに……堂本君から助けてくれたのかな? だとしたらありがと♪」

「あ~……まあそんな感じではあるな」

 というか藍那……このやり取りを心から楽しんでいる風だ。

 一応今日も彼女たちの家にお邪魔することになっているので、合流するのは夕方からだ。

「隼人、そろそろ行こうぜ」

「遊ぶ時間がなくなっちまう」

「分かった。それじゃあ新条さん、俺たちは行くよ」

「またね? 助けてくれてありがと♪」

 颯太と魁人が少し離れた隙を見計らったかのように、藍那がそっと顔を寄せてきた。

「やっぱり隼人君はかっこいいね♪」

「……そう言ってくれると嬉しいよ。隠している関係とはいえ、藍那に言い寄る男を見たらジッとしていられなかったから」

「っ~~♪♪ 今日家に来たら思いっきり甘えさせてね? その代わり、あたしにもたくさん甘えて♡」

 そんな魅力的なお願いと提案を聞いてから俺は二人の跡を追った。

 下駄箱で合流した後、これからどこに行こうかと話をする中で話題は当然藍那のことになった。

「それにしても二人とも、よく付いてきてくれたな?」

「まあな。お前のことだし、きっと新条さんを助けたいんだと思ったんだ」

「そうそう。お人好しっつうか、隼人は優しい奴だからな!」

 ……そうか、ありがとうな二人とも。

 颯太も魁人も俺が実際に言葉にしなくても考えていることが分かったのか、二人して笑いながら肩を組んできた。

「ええい引っ付くな!」

「良いじゃねえかよぉ」

「照れんなっての」

 照れてねえし、暑苦しいんだっての!

 離れても相も変わらずニヤニヤし続ける二人をめんどくさい奴認定しながらも、その後の時間を俺たちは楽しみ……そして別れ際のことだ。

 魁人がトイレに行って颯太と二人になった時、颯太がこんなことを口にした。

「困っている人を見たら助けに行く……なんつうか、隼人が声を掛けてくれた時のことを思い出したわ」

「どうしたよいきなり」

 ジュースを飲みながら颯太に目を向けると、彼は空を見上げながら言葉を続ける。

「最初の頃、クラスに馴染めてなかった俺に声を掛けてくれたのが隼人だった。あれも助けてくれたのと同じだろ? マジで嬉しかったわ」

 そういえばそんなことがあったなと思い出す。

 入学式からしばらく経った頃、クラスに馴染めてなかった颯太に俺は声を掛けたんだが……そこから俺たちの友人関係は始まった。

「颯太もそうだったけど、魁人も魁人で馴染めてなかったしな」

「そうそう。オタクの俺と違ってあいつは見るからに不良だったからな!」

 颯太同様に魁人もクラスに馴染めてなくて……それで気になって声を掛けたんだ。

 あの時はまさかこんな風に二人と仲良くなるとは思っていなかったけど、今になって考えたらあの時の俺の行動は何も間違っていなかった……だって、こんなにも大切に思える親友になれたんだから。

「……ははっ」

「……へへっ」

 ちょっとこそばゆいが嫌な感覚ではなかった。

 トイレから戻ってきた魁人が何があったのか聞いてきたので、どんな話をしていたのか細かく伝えると胸を押さえて蹲った。

「やめろ……あの時の一匹狼を気取っていた俺は死んだんだ!」

「そういえば魁人さ。俺に近づくな怪我するぞとか言ってたっけ?」

「やめろおおおおおおおおおっ!!」

 黒歴史を掘り起こされた魁人は周りの目も気にせずに大声を上げた。

 俺と颯太は悪いと思いつつも仲が良いからこそなので、何ならもっとこれをネタに話を広げてやっても良いと思ったり思わなかったり……ま、やめておくか。

「あ、そういやさ」

「うん?」

「隼人って新条さん……この場合は妹の方か。知り合いだったりするのか?」

「……いきなりどうした?」

 どうしていきなりそんなことを聞くのかと颯太に視線を向けると、彼はう~んと腕を組みながら言葉を続けた。

「何となくそんな気がしたっつうか……ほら、あの新条さんがあんな風に男子と話をするのも珍しいし? まあ他クラスだから勝手な思い込みだけど……今まで何の絡みもなかったにしては隼人も新条さんも親しそうな感じだったし」

「……………」

 なるほど、確かにそういう見方も出来るのか。

 話の内容的に顔見知り程度と感じたようだけれど……颯太って意外と観察眼があるというか、よく見ているんだなと驚く。

「ま、そう思っただけだし気にすんな。隼人も俺や魁人と同じ非モテ同盟の一員だからなぁ! そんなまさかがあるわけないか!」

「おい。俺はそんな同盟に入った覚えはないぞ」

「俺だってないぞ!」

 なんだよ非モテ同盟って初耳だぞ……。

 良いじゃねえかとケラケラ笑う颯太に俺だけでなく、魁人も心外だと言わんばかりの顔を向けていた――その時だ。

「あれ? もしかして堂本君?」

 背後から懐かしい声音で名前を呼ばれた。

「……え?」

 驚くように振り返ると、そこには数人の女子が立っており……特に先頭に立つ女子に関しては俺の記憶を刺激する存在――そう、以前にも見かけた元カノだった。

「……佐伯さえき

 佐伯愛華さえきあいか……まさかこうして直接顔を合わせることになるとは思っておらず、既に気にしていないとはいえ少し動揺した。

「誰……?」

「あ、この間見た他校の……」

 彼女が俺の名前を呼んだことで颯太たちも気になったみたいだが……さて、どう説明したら良いんだろうなこういう場合。

 元カノだった……とか言ったらさっきの会話もあるし、颯太にどんな風にからかわれるか……なんてことを考えていたら、クスッと笑って佐伯がこう言った。

「実は私たち、中学生の時に付き合ってたの。そうだよね?」

「……はっ?」

「なぁにぃ!?」

 ギロリと親友二人の視線が俺を射抜く。

 特に反論をしない俺を見て颯太と魁人がガシッと肩を組んできた……藍那を前にした時は緊張していたくせに、彼女が居たと分かったらこれかよお前ら!

「いや、確かにそうだけど俺たちは全然何日も続かなくてだな……」

「だとしても彼女が居たってことは事実だろ!」

「裏切者がよお! この! このこの!」

 組んでいた腕を放したかと思えば、バシバシと背中を叩いてくる二人。

 俺はいい加減に鬱陶しいなと声を上げようとしたが……佐伯がまるで昔を思い出すかのようにこう言った。

「堂本君の言う通り全然続かなかったんだよ。たぶん私たちって相性がそこまでよくなかったのかなぁって……そこまで楽しくなかったもんね?」

 佐伯の言葉はすんなりと俺の鼓膜を震わせた。

 ただ……この場合はどんな風に返事をすればいいのだろうか――楽しくなかったと直接言われたのは少しショックだが、確かに彼女の言う通り俺も思っていたのと違うなって考えたのは確かだった。

 俺たちは確かに付き合ってはいたが、お互いにこういうことを考えていたのだとしたら長続きしなかったのも無理はない……むしろ、後腐れなくすぐに別れて良かったのかもしれないな。

「隼人……」

「……えっと」

 思いっきり俺に対してちょっかいを掛けていた颯太と魁人も、この微妙な空気にしどろもどろだ。

 まあでも確かにこうなるかなと俺は苦笑した。

 佐伯の後ろに控えている友人たちも気まずそうにしているし……う~ん、これはどうしようかと考えていると佐伯が言葉を続けた。

「でも……本当に久しぶりだね。そこまで長く付き合ったわけじゃないけれど、元カレに会うのは不思議な気分だよ」

「あはは……確かにそれはあるな。俺も不思議な気分だ」

 もしも今……俺に彼女が居ると知ったら佐伯はどんな顔をするかな?

 どんな人なのと聞いてくるのか、それとも特に興味はないのか……まあどうでもいいことか。

 不意な出会いだったけれど、これはあくまで偶然が呼んだ出会いに過ぎない。

 俺も佐伯もこれ以上話すことはないので、どちらからともなく別れを告げた。

「それじゃあね」

「おう。元気でな」

「うん」

 ヒラヒラと手を振って佐伯は友人たちと去っていった。

 その背中が見えなくなるまで眺めていると、また颯太と魁人がガシッと肩を組んできた。

「なんだよ。またちょっかいか?」

 そう問いかけると、二人は頭を振ってこう言った。

「ちげえよ……その、やっぱり出会いがあれば別れがあるんだなと思ってさ」

「そうそう……別れを経験したんだなぁ隼人は」

「おい、そんな顔をするんじゃない」

 心から心配してくれているのは分かるけど、そんな風に元カノのことで憐れむような顔はやめろ!

 もしも俺と佐伯の間で惚気話が展開されていたら二人の受け取り方は変わっただろうけど……まあでも、悪い出会いではなかったな。

(取り敢えず……罵倒っていうか、悪く思われてないのなら良かった。お互いに楽しくなかったねって言われたのはちょっとショックだったけど)

 こればかりは仕方ないなと思い、俺は二人から勢いよく離れた。

「さてと! それじゃあ帰るぞ!」

「おう!」

「うっす!」

 とはいえやっぱり彼女が居て別れたという経験は悲しいものだと二人は考えているようで、別れるまでずっと俺は彼らに心配されてしまった。

 確かに悲しいというか寂しいものではあったけれど、こんな風に心配されるほど今は気にしてないのは確かだし、そもそも今の俺には愛する存在が居る……だから本当に俺は大丈夫だ。

「こういうことがあると彼女作るの怖いよな」

「まあ気が合わなかったら仕方ないと思うけど……初めての彼女とかだと数日間は落ち込む気がするわ俺」

 ヤバい、あんなに彼女が欲しいと言っていた二人が恋愛に対して怖がっているぞ。

 初めて出来た彼女と一生を添い遂げるなんてことは稀だろうし、あるとしても本当に低い確率だろう。

 出会いがあれば別れもある……この言葉に偽りはない。

 何故か二人の方が気分を沈ませることになったものの、別れる頃にはいつも通りの彼らに戻っていた。

「じゃあまたな!」

「冬休み中も遊ぼうぜ! 連絡取り合って時間を作ろう」

「あいよ~」

 二人に手を振って別れ、俺はそのまま新条家へと向かう。

 傍に誰も居ないからこそ、必然的にさっきのやり取りを俺は思い返していた。

「……マジで久しぶりだったな。俺からすれば前にチラッと見たけど」

 あの時にも思ったけど、お互いに中学生から高校生になったんだなと少しだけ感慨深かった。

 まあ何年も経っているわけではないので見た目にそこまでの変化はないが、それでも少しずつとはいえ俺もそうだが彼女も大人に近づいている。改めて話をした彼女は可愛かった。

「……付き合ったきっかけは本当に偶然だったなぁ」

 友達と話をしていた時、誰が可愛いと思う? そんな話題になった。

 そこで俺は特に付き合いたいとかそういうのがあったわけでもなく、個人的に可愛いと思っていた女子として佐伯の名前を口にした。

 それが何故か巡り巡って佐伯の耳に届き、それがきっかけでよく話をするようになって……流れで付き合うことになったんだ。

『堂本君! 一緒に帰ろ!』

 ……付き合いたての頃は本当に浮かれてたと思う。

 聞けば佐伯も俺が初めて出来た彼氏だったらしく、その面でも話は大きく弾むことに……ただ、それでもちょっと違うなとお互いに考えるようになったんだろう。

 そもそもが突発的な付き合いだったのもあるし、あまりにも恋愛に夢を見すぎた結果、現実を知ったってのもあったのかもな。

「…………」

 何度だって言う……俺は何も引き摺ってはいない。

 けれど佐伯との再会は少しだけ俺をセンチメンタルな気分にさせたらしく、無性にこの気持ちを亜利沙と藍那に癒やしてもらいたくなったんだ。

「……楽しくなかった……かぁ」

 いや、ちょっと引き摺ってるかもしれない。

 亜利沙と藍那は俺とのことをそんな風に思ってないだろうか、つまらないと思ってないだろうか……なんて、彼女たちの気持ちを否定してしまう考えをしてしまったことに俺は自分を叱責する。

「何考えてんだ堂本隼人……そんなことを考えるならこれからのことに目を向けろよな!!」

 そう口にして俺は走り出した。

 冷たい風が吹き抜け、雪も少しだけ降る道を駆け抜ける――はぁはぁと息が上がるが足を止めることはなく、程なくして俺は新条家へと着いた。

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