一、聖夜の赤い小悪魔姉妹(1)

「クリスマスはどうすっかねぇ」

「俺たち彼女居ねえじゃん。なら男同士で遊ぶしかねえだろ!」

 ある日の放課後、俺の傍で親友二人がクリスマスについて語っている。

 オタクっぽい宮永颯太みやながそうた、筋肉質で不良っぽい青島魁人あおじまかいと――高校に入学してから知り合ったのだが、一度話をしたらウマが合い仲良くなった二人だ。

「ハロウィンも一緒に過ごしたんだし、ここはクリスマスも一緒じゃね?」

「俺は構わないぜ? 出掛けた先でたくさんのカップルを見て泣くことになるかもだが」

「それを言うなよ……なあ隼人?」

「え? あ、あぁそうだな」

 ちなみに俺はもうクリスマスの予定は決まっており、亜利沙と藍那がうちに来ることになっている。

 最初はどこかに出掛けようか、プレゼントも用意しようかという話になっていたんだけど、色々と考えた結果俺の家でのんびりケーキパーティをして過ごすことに。

「二人ともすまん。クリスマスはちょい用事があってな」

「用事ぃ?」

「まさか……女か!?」

 はい、女ですと言ったら怒りを買い、しかもあの新条姉妹だと言ったら更に怒りを買い……これ、二人と付き合ってますなんて言ったら殺されるんじゃね?

 どうなんだよと二人に詰め寄られそうになったが、当然彼らは本気ではなく、すぐになんてなと笑った。

「実を言うと俺も家の用事があるんだよなぁ」

「そうなのか? なら俺は家族と一緒にケーキでも食うかねぇ」

 二人とも家の関係でクリスマスは予定があるようだ。

 遊べないことに対する文句を言うのではなく、家族と一緒の時間を作ることでこんな風に笑顔になれるのは本当に良いことだ。

 家族を大事にする人に悪い人は居ない……極端な例えかもしれないけど、少なくとも俺は強くそう思っている。

「でもさぁ、最近母ちゃんに隼人の爪の垢でも煎じて飲んだのかってよく言われるぜ」

「あ、それ俺も一緒だわ。隼人と一緒に居ると、自然に両親のことを大切にしようって思えるからなぁ。当たり前のことだけど、前に比べたら意識の差は凄いな」

「おい、そんな目で見るんじゃない」

 二人して感謝するような顔で俺を見るんじゃない、背中が痒くなるだろうが。

「いやいや、本当に大きいことだぞ?」

「そうそう。だからこそ、お前に何かあったら力になりたいって思うんだよ」

「……サンクス」

 ヤバい、ムズムズしてきた。

 照れるように小さく口にした俺に彼らはニヤニヤしながら見つめてきたので、確かに二人なりの感謝はあったみたいだが揶揄いの方が大きいことに気付き、結果俺がツンとそっぽを向くのも当然の流れだった。

 それから時間は流れてあっという間に放課後だ。

『今日はうちで夕飯を食べてちょうだいね? いつもみたいに母さんも会いたがっているから』

 亜利沙からそんなメッセージが届いていた。

 朝に家に来てくれるのもそうだけど、夕飯も彼女たちがうちに来てくれるか或いは俺が彼女たちの家へ行くのが当たり前になっている。

(えっと……友達と遊んで帰るから六時くらいには行くよっと)

 そうメッセージを送ってスマホを仕舞い、俺は颯太たちと共に街に繰り出した。

「どこ行く?」

「カラオケでも行くか?」

「そうしようぜ」

 すぐに行き先も決まって行きつけのカラオケ店へ向かう途中、買い食いをしている同じクラスの男子たちとすれ違う。

 その時、自分でも不思議なほどに彼らの会話が耳に入ってきた。

「最近、新条さんたちめっちゃ楽しそうにしてるよな?」

「彼氏でも出来たんじゃね?」

「まさか! あの二人の彼氏ならどこかの御曹司とかじゃないと釣り合い取れねえだろ絶対に」

「確かになぁ! 俺たちみたいな普通の男じゃ満足させられねえわ」

 そんな彼らの会話を聞いて、つい俺は体も彼らに向けて足を止めた。

 今の言葉に何を思ったわけでもない……それでも何故か、自然に足を止めてしまっていた。

「どうした?」

「なんか言われたか?」

「……いや、何でもない」

 不思議そうに見つめていた二人に首を振り、俺はすぐにまた隣に並んだ。

 それからは楽しい時間だった――アニソンや演歌などなんでもござれ、とにかく喉がかれない程度に俺たちは歌いまくった。

 冬休み前の期末テストもちょうど終わったことだし、亜利沙と藍那に癒やされているとはいえ雀の涙程度のストレスは残っていたのかな? まあそれだとあってないようなものだが。

「いやぁスッキリしたぜ!」

「やっぱカラオケは良いもんだなぁ!」

 二人の言葉に俺は頷く。

 現在時刻は五時十五分……そろそろ帰るとするか――そう思っていた時だった。俺はそこそこに懐かしい顔を見かけた。

「……あ」

 俺の高校とは違う制服の集団、その中の一人がある意味で俺の記憶に残っている少女だった。

「何見てんだ?」

「うちの高校じゃねえな」

 広い街の中だし他所の高校の生徒なんていくらでも目にする機会はあるので、二人が特に反応しないのも当たり前だが……俺としては高校生になってまた会うとは思っていなかった相手である。

(……ま、住んでる街は同じだしおかしくないか)

 その少女とはかつて同じ中学のクラスメイトであり……亜利沙たちにも話したけれど、少しだけ付き合って別れた女の子だったのだ。

『私たち、別れよっか』

 数週間程度の付き合い、それこそおままごとみたいなものだった。

 彼女という存在が出来たことは確かに嬉しかったけれど、だからといって天にも昇るほどに喜んでいたかと言われたらそうではなく、彼女の方から別れを切り出された時も、うん分かったと頷くほかなかった。

(きっとつまらなかったんだろうな……付き合ってても、何か特別なことをしてあげたわけじゃないし)

 ……ええい! やめだやめだ!

 既に気にしていないこととはいえ、こうやって思い出すと気分が落ちるのは流石に女々しすぎるだろ。

 俺と彼女はもう終わった関係だし、何より後ろ髪引かれるものがあるとか未練があるとかそういうことは一切ないんだ――だから何も気にする必要はないんだよ。

「じゃあこの辺で」

「ういうい~。またな~!」

「おつかれ~」

 颯太と魁人に手を振って別れを告げ、俺はそのまま新条宅へと向かう。

 彼女たちの住む家が見える頃には街中での出会いも綺麗に忘れてしまっており、俺はいつもと同じようにドキドキを堪え、インターホンを鳴らす。

「亜利沙と藍那……どっちが出迎えてくれるかな」

 なんてしょうもないどっちか当てゲームをやってみよう。

 う~ん……藍那だな! そう思って玄関で待っていると扉が開き、一人の女性が顔を出してにこやかに微笑んだ。

「いらっしゃい隼人君。待っていましたよ」

「あ、こんばんは咲奈さきなさん」

 出迎えてくれたのは彼女たちの母親でもある咲奈さんだった。

 いつ見ても高校生の娘が二人居るとは思えないほどの若々しい見た目と、亜利沙と藍那の母だと一発で分かる彼女たち以上のスタイルの良さに、ダメなことだと思いつつもやっぱりドキドキしてしまう。

 でも……そんな気持ちを容易に吹き飛ばすほどにこの人は優しかった。

「あ、そうでした――おかえりなさい隼人君」

「……ただいまです」

 俺は決してこの家の人間ではないし、咲奈さんからすれば自分の娘たちが付き合っている彼氏でしかない……それなのにこの人はいつも俺がここに来た時、いらっしゃいとも言うがおかえりなさいとも言ってくれる。

「外は寒かったでしょう? 部屋を暖めていますからどうぞ中へ」

「あ、はい」

「あぁでもその前に、今日もまたギュッとさせてくださいね?」

 両腕を広げて咲奈さんは俺を待つ。

 ……これ、完全に息子同然に思われているよな? こうされるといつもどうすべきか迷ってしまうが、その迷いも一瞬ですぐに消え、俺は咲奈さんへと身を寄せてしまう。

 亜利沙と藍那とも違う大きな安心感――それは大人の包容力と共に、亜利沙と藍那の二人にも受け継がれた優しさなんだろうなと強く思った。

(……あぁ、母性の暴力が凄まじい)

 全てを包み込んでしまうほどの優しさと、服の上からでも伝わる圧倒的なまでの大きさと柔らかさ……流石に亜利沙たちみたいにムラムラしないのは咲奈さんが亡くなった母さんを彷彿とさせるからだろうな。

「二人は?」

「仲良くお風呂に入ってますよ。さっさと済ませて隼人君とイチャイチャしたかったんでしょうね」

「あはは、それは光栄ですね」

 咲奈さんと一緒にリビングに向かうと、やっぱり二人は居なかった。

 それから夕飯の準備をする咲奈さんを手伝いながら二人を待っていると、先に風呂から上がってきたのは藍那で、しばらくして亜利沙も上がってきた。

「いらっしゃい隼人君」

「おかえりなさい隼人君♪」

 そうして当たり前のように二人は俺の腕を抱きしめた。

 亜利沙がピンク、藍那がオレンジでデザインはほぼ同じパジャマ姿だけど……こんな完全プライベート姿も彼氏だからこそ見られる光景だろうか。

 制服とも私服とも違う彼女たちに囲まれ、俺は緩みそうになる頬を必死に引き締めることに必死だった。

「ふふっ、それじゃあ私もお風呂に入ってくるわ。二人とも、戻るまで準備は任せたわよ」

「分かったわ」

「寒いからしっかり温まってねぇ!」

 咲奈さんがリビングから姿を消し、残ったのは俺たちだけだ。

 パジャマ姿で風呂上がりの亜利沙と藍那……風呂で温まった二人に抱き着かれているのは気持ち良いし、ボディソープやシャンプーも凄く香りが良い。

「ふふっ」

「えへへっ」

 両サイドから天使のような微笑みを向けられ、チュッと同時に頬にキスをされる。

「さあ藍那、隼人君のためにお料理を頑張るわよ」

「分かってるよぉ♪ じゃあ隼人君はゆっくりしててね?」

 いや手伝い……するよ……?

 ゆっくりしててと言われたものの、咲奈さんの手伝いをしていたので俺は腕捲りをしてやる気満々の顔を彼女たちに向けるも、再びゆっくりしててねと言われて仕方なく引き下がった。

「……本当にもっともっとダメにされちまいそうだ」

 楽しそうに料理をしている美人姉妹の二人を眺めているだけでも贅沢なのに、俺のためにと腕を振るって料理を作ってくれているのだから更に贅沢だ。

「……………」

 それからずっと、俺は何をするでもなく料理する二人を眺めていた。

 咲奈さんが風呂から上がってきてからは迅速に準備は進んでいく。亜利沙と藍那の愛情がたっぷりと詰まっているのはもちろんのこと、咲奈さんも料理に手を加えており本当に最高の夕食だった。

「今日のお料理はどうだった?」

「うん。めっちゃ美味かった」

「とても美味しそうに食べてくれていたものね。それが見られただけで嬉しいわ」

 夕飯の後は亜利沙の部屋にお邪魔していた。

 明日も学校があるため、俺はそろそろ帰る時間ではあるがもう少しだけ彼女たちと一緒に居たかった。

「そろそろクリスマスだねぇ。その後は冬休みだし……う~ん、隼人君とたくさん一緒の時間が過ごせると思うと凄く幸せだよぉ♪」

「退屈なんてさせない。絶対に寂しくなんてさせない冬休みにするって豪語してしまったものね。覚悟してね隼人君」

「お、おう……ちょっと怖い気もするけど」

 怖い……おかしいな。

 待っている日々は間違いなく幸せなもののはずなのに、何故か何が起こるんだと少しだけ背中が震えてしまう。

 そんな風に体を震わせていた俺に彼女たちが一斉に飛び付いてきた。

 片方だけならまだしも、二人の体重を支えることは残念ながら出来ず……俺は柔らかな質感の絨毯の上に横になる。

「……夜、寂しいわ」

「……夜、寂しいよ」

「亜利沙……藍那」

 寂しい……それは俺が帰ることに対する彼女たちの気持ちの吐露だ。

 別に会おうと思えばいつでも会えるし、話だけなら電話さえしてくれればいつだって俺たちは気持ちを繋ぐことが出来る。

 それでもやはり一時とはいえ別れの時間が来ると、彼女たちは途端に弱々しくなる。

 こうなってしまうと俺としては彼女たちを反射的に抱きしめ、俺はずっと傍に居ると言いたくなってしまう……だが、あまり心配する必要はなかったようだ。

「早く一緒に暮らしたいわね」

「うんうん♪ そうしたら朝から晩までずっと一緒なのになぁ……一緒に住むのがすっごく楽しみだよ!」

「……あはは」

 さっきまでの不安そうで寂しそうな表情は一変し、二人とも未来の姿を楽しそうに語り合っている。

 その後、俺は支度を整えて名残惜しさを残しながらも新条家を後にした。

 暖かな彼女たちの家を出ると俺を包み込むのは冬の寒さ……夜はかなり冷え込み、これはちゃんと防寒しないと風邪を引くなんてことになりかねない。

「体調を崩して心配を掛けたくないからな……亜利沙と藍那だけじゃなく、颯太と魁人にも心配されそうだし」

 それにしても、本当に毎日が充実しているなと俺は思った。

 ずっと一緒だった親友たちとも変わらない仲の良さだし、彼女になってくれた二人とも掛け替えのない幸せな日々を送っている。

 こんなに幸せで後になって反動とかないだろうか、そんな不安を抱いてしまうけど無用な心配なんだろうなぁ……何があったとしても、俺が絶望するような未来が訪れる気配すらないのだから。

「……いや、俺だけがじゃねえな。彼女たちもだ」

 自分だけでなく、彼女たちも悲しむ未来は絶対に来させない。

 それが俺の誓いであり……これからずっと、この胸に秘め続ける想いだ。

「ただいま~っと」

 向こうで夕飯を済ませたのもあってやることはそんなにない。

 風呂に入って歯磨きをした後、部屋に戻ってスマホを確認すると藍那からメッセージが届いていた。

『もう家に着いたかな? 今日は楽しかったよ隼人君♪ あたしも姉さんもお母さんも幸せな時間だった! 本当に好き! 愛してる隼人君!』

「文字だけなのに熱量が凄いなぁ」

 文面から藍那の情熱が伝わってくるかのようだった。

 返事が遅くなったことの謝罪と既に風呂も済ませたこと、後はもう寝るだけなのを彼女に伝えた。

『分かったよ。それじゃあおやすみなさい――隼人君、寝るその瞬間まであなたのことを想ってるね♪』

「……可愛いかよ」

 今は俺一人のため、いくらニヤニヤしたところで誰にも見られない。

 窓ガラスに薄く反射する俺の顔は案の定、にやけてしまっており外ではこんな顔、絶対に見せられないな。

「ふぅ、今日は疲れたな」

 部屋に戻ってすぐ、簡単に明日の準備をしてからベッドに横になった。

 亜利沙と藍那、咲奈さんと過ごす時間は最高だったし親友二人との時間も当然最高だった……けど、まさか彼女を見ることになるとはなぁ。

「……………」

 中学時代の元カノ……何故か彼女を思い浮かべた時、すれ違った男子たちの言葉が脳裏に蘇った。

『確かになぁ! 俺たちみたいな普通の男じゃ満足させられねえわ』

 満足させられない……ねぇ。

 実は一瞬、本当に一瞬だけ俺は自分に言われているように思ってしまった。

 俺は亜利沙と藍那を満足させてあげることが出来るのか? もしも出来なかったらまた離れていってしまうんじゃないかと……。

「ったく、情けねえ」

 そこで俺は強く首を振った。

「これはもう前に一度悩んだことだろう隼人――二人と付き合うことを決めた時点で全部受け入れて覚悟しただろうが。今更そんなことで悩むんじゃねえよバカタレ」

 自分で自分に活を入れるように、俺はパシッと両頬を叩く。

 満足させてあげられなかったらとか、いずれ元カノのように離れていってしまうのではないかとか、そんなことを考える暇があったら、今の俺が彼女たちにしてあげられることを考えるべきだろう。

 難しくなんてない……彼女たちが向けてくれる想いに応え、俺もまた想いを返しをしていくだけだ。

「うん……これもまた切り替え、メリハリってやつだよなぁ……にしても――」

 さてさて、そんな風に気持ちを落ち着かせて想像するのはクリスマスのことだ。

 亜利沙たち二人と過ごすことになるのはほぼ確定だけど、一体どんなクリスマスになるんだろうか……亜利沙はともかく、藍那は何か企んでいるような様子だったんだよなぁ。

「……くぅ! ワクワクするぜこんちくしょー!」

 興奮を隠せずバタバタと足をベッドに叩きつける。

 これは決していやらしいことを考えているわけではなく、単純に彼女という存在とクリスマスを一緒に過ごせることにワクワクしているだけだ! 絶対にそう! 異論は認めないぞ誰にもな!

「……ふわぁ」

 ひとしきり興奮した後に訪れたのは、とてつもない眠気だった。

 部屋の電気を消してボーッと暗い天井を眺めているとすぐに眠たくなる……俺は眠る直前、こんなことを呟いていた。

「楽しいクリスマスになると良いな……いや、絶対になるな」

 そうして、俺はそのまま夢の世界に旅立っていた。

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