一、目覚めた女心に嘲笑うカボチャ(1)

 俺がしんじよう姉妹とその母親を何とか助けることが出来た翌日のことだ。

 流石さすがに強盗が入り警察も出動する事態ともなれば、本人たちの意思にかかわらずうわさはかなり広がってしまったのが現状だ。

「お前の家の近くだよな確か」

「大丈夫だったのか?」

 学校に着いて早々に事件現場が俺の家の近くということで友人が心配してくれた。

 いつもアホみたいに遊び歩いてばかりいるのに、こうして何かあった時には心配してくれる彼らの優しさは本当にうれしかった。

「俺もビックリしたけど新条さんたちが無事だったんだ。だから今はそっちのことを喜ぼうぜ?」

 俺の言葉に友人たちはそうだなとうなずく。

 今こうして話をしている彼ら二人とは高校からの知り合いだが、まだ出会って一年もっていないのに長年一緒に過ごしてきたかのような親しさがある。

「まあでも、心配してくれてありがとな。そうかい

「へへ、まあな♪」

「当然だろ?」

 みやなが颯太、あおじま魁人、二人とも本当に大切な俺の友人だ。

 颯太はコスプレなどが好きなオタクで魁人は筋肉質な肉体と少し不良っぽい見た目をしている。そんな二人と知り合ったきっかけは俺から声を掛けたのが始まりだが、よくここまで仲良くなったなと心から嬉しいと思うと同時に感慨深い。

「それでさぁ、昨日は──」

「あぁそうそう、それで──」

 友人たちの話に耳を傾けながら俺は昨日のことを思い返してため息をく。

「……ふぅ」

 昨日の出来事は本当にとうのような時間だった。

 あの後のことを話すと、男を拘束して新条さんたちの安全を確保していたが、到着した警察の人たちはカボチャを被った状態の俺を見てそれはもうぜんとしていた。

『……どっちが不審者だ?』

『どっちも?』

 そんなことを言い合う前に早く強盗を捕まえてくれとそんな気持ちになったが、確かに俺が彼らの立場でも同じことを口にしたと思う。

 それだけあの現場においてカボチャを被った俺の存在は異質であり、ある意味でシュールな絵面だったわけだ。

 俺は不審者であっても犯罪者ではない。そんな俺も最初は警察の人に取り押さえられそうになったものの、かばってくれたのは新条さんたちだった。

『この人は私たちの恩人なんです! 決して怪しい人ではありません!』

『……いやでもカボチャ被ってるし』

 庇ってくれた新条さんに感謝すると共に、小さくつぶやいた警察の人に心の中でごめんなさいと謝った。

 流石に事件に遭遇したということもあって、それから解放されるまでが本当に長かったのだが、無事に事件は終わりを迎え俺もちゃんと帰宅することが出来た。

 ちなみに警察の人には俺の正体をさらしたものの、新条家の三人は最後まで俺の顔を見てない。ああいう場合にどんな顔をすれば良いのか分からないし、何より俺という存在を近所や学校で見かける度にこの事件のことを思い出してしまうかもと思ったからだ。

『名前を教えて……』

『誰なんですか……?』

 俺にすがるように声を掛けてきた姉妹を含め、彼女たちの母親もまるで頼れる存在を求めているかのようだった。

 三人とも俺から離れたくないとばかりに手を伸ばしてきたが、俺は後ろ髪を引かれる思いで彼女たちの前から去った。

(まあなんというか、あの三人から向けられる気持ちが俺にとってはあまりにも荷が重いように感じたんだよな)

 男としてを張りたい気持ちはあるし、たぐまれなる美しさを持った女性に頼られるというのも悪い気分はしなかったけど、結局彼女たちには何も伝えなかった。

(でも二人とも変わらずに学校に来ているし、本当に強い子たちだと思うよ)

 あんなことがあったのだからしばらく学校は休んで心のケアをしてほしいところだが、それでもしっかりと登校してくるあたり心は強いんだなと思う。

(ま、俺にはもう関係のないことだ)

 別に正義のヒーローを気取るわけじゃないが、俺は彼女たちに恩を売ったとも思ってないし何も見返りは求めていない。

 ただただ助けることが出来た、それだけで俺には十分だ。

 あのような出来事があっても学校での時間はいつも通り進んでいき、あっという間に昼休みになった。

「じゃあ飯行こうぜ!」

「おうよ」

「分かった」

 弁当を開けている生徒もいる中、俺たちは学食に向かう。

 なぜ弁当じゃないかというと、うちは早くに父が亡くなり、中学の頃に母も病気で亡くなってしまったため昼食は学食で済ますことにしているんだ。

「何食うかねぇ」

はやは何にすんだ?」

「俺はしよう焼き定食かな」

 注文してからしばらく待ち、用意された昼食を前にして俺たちは手を合わす。

「いただきます」

 早速、メインの生姜焼きを口に運ぼうとしたところで少し学食内が騒がしくなった。

「お姫様たちが来たみたいだぜ?」

「相変わらず人気者だよなぁ」

 二人の言葉を聞いて学食の入り口に目を向けると、そこに居たのは二人の友人を連れた新条姉妹がやってきていた。

 類い稀な美貌と抜群のスタイルはそれだけで数多くの男子の視線を集めてしまう。

 というかあの二人が学食を利用するのは珍しい気もするけど、おそらく昨日の今日なので弁当の用意が出来なかったのかもしれないな。

「俺たちみたいなのは近寄れないたかはなだよなぁ」

「んだんだ。遠くから見るだけで満足しようぜ」

 いや結局見るのかよと俺は苦笑した。

 でも友人二人が言うように、本当にあの二人は美人だと思う。

(ジッと見なくても伝わってくるオーラがあるもんな。そりゃモテるわ)

 まず姉のさんだが、漆黒の長い髪をサイドで編み込み、クールビューティーとも称される冷たさを帯びた青い瞳が印象的だ。あまり声を出して笑ったりすることは少ないらしく、彼女のそんな姿を見れたらかなり運が良いらしい。

 そして次に妹のあいさんは姉と違ってとても明るい性格の持ち主らしく、見た目も派手で少々ギャルっぽい。明るい色の茶髪のボブ、いつも表情豊かでニコニコと笑顔を浮かべており、姉の青い瞳とは対照的な赤い瞳が特徴だ。

(……本当に同じ高校生かよ。何度見てもレベルが違うだろ)

 そして極めつきとして二人に共通するのが暴力的なまでのそのスタイルだ。

「っ……」

 っていかんいかん、変に考えようとすると昨日の光景を思い出してしまう。

 あの時は新条さんたちを助けるために必死だったし、常に強盗から気をらさなかったがそれでも彼女たちの下着姿は見えてしまっていたので──亜利沙さんも藍那さんも、そして彼女たちのお母さんの豊満な肉体がハッキリと脳裏に焼き付いてしまった。

「ここにしましょうか」

「そうだね」

 そんな外では決して言えないことを思い出していると彼女たちが近くに座った。

 颯太と魁人が黙ってトレイを少しズラして距離を取るあたり、さっきも口にしていたが彼らにとって彼女たちは本当にまぶしい存在なのだろう。

「……?」

 俺はジロジロと見たわけではないが、ふと妹の藍那さんと目が合った。

 血のようなというと少しオーバーかもしれないが、彼女の深紅の瞳に見つめられるのは中々にドキッとする。

「藍那?」

「ううん、何でもないよ」

 しかし、すぐに藍那さんは俺からすぐに視線を逸らしてくれたのでホッとする。

 それと同時にやっぱり俺のような者に興味はないんだなと、分かってはいたが少しだけ残念に思ったりもした。

 学校一の有名な美人姉妹がそばに居るということで、颯太と魁人はれいに口を閉じてしまったので彼女たちの会話がよく聞こえてくる。

「でも本当に大丈夫なの? 今日くらい休んでも良かったんじゃない」

「本当に心配は要らないわ。自分でも思った以上に平気だし……それもこれも、きっと私たちを助けてくれたあのお方のおかげなのでしょうね」

「名前くらい教えてくれても良いのになぁ……あ~あ、ほんと素敵だったなぁ」

 ガチャンと少し大きな音を立ててしまったものの、それを気にしたのが傍に居る二人で助かった。

「……ふぅ」

 そんな中、俺はあんするように息を吐く。

 彼女たちにとって後少し遅かったら最悪な展開になっていたはず、それこそ一生消えることのない傷を心に負っていたかもしれない。だがああやって笑顔を浮かべて話が出来るくらいなら、これ以上は何も心配する必要はなさそうだった。

 それから俺たちは黙々と昼食を終え席を立つ。

「ごそうさまでした」

「ごっそさん!」

「……あまり食った気がしねえって」

 どれだけ緊張してるんだよ、と俺は苦笑した。

「そういや話は変わるんだけどさ。隼人はハロウィンでの仮装アイテムは何を買ったんだ?」

「レーザーソードとカボチャのかぶもの

「……芸がないな」

「うるせえよ」

 俺は颯太みたいにこういうのはガチじゃないんだから良いんだよ!

 それにあまりそういったことにお金を掛けたくないってのもあるからな……まあある程度は自由に使えるお金は祖父じいちゃんから仕送りしてもらっているけどあまりぜいたくはしたくないんだ。

 昼食も終えたので後は教室に戻るだけなのだが、俺は少しトイレに行きたくなったので二人には先に戻ってもらった。

「ふぃ~」

 リラックスしていることが分かるような声を出しながら用を足し、手を洗って廊下に出たところで俺はまさかの人物が目に入った。

「……え?」

「ふんふんふ~ん♪ ふふふ~ん♪」

 窓の向こうを見つめながら機嫌良さそうに鼻歌を口ずさむ藍那さんがそこに居た。

 トイレの前で何やってるんだと思ったけれど、女子トイレも隣にあるので別におかしなことではないか。

 ジッと見つめてしまったのがいけなかったのか、当然のように彼女は俺に気付きその深紅の瞳に俺を映す。

「こんにちは。良い天気だね今日は」

「え? あ、あぁ……そうだね」

 確かに雲一つない良い天気である。

「それじゃあね♪」

「っ……おう」

 ニコッと綺麗な微笑ほほえみで手を振りながら彼女は食堂に戻っていった。

 美人の笑顔とはこんなにも破壊力があるのかとぼうぜんとしてしまったが、それにしても彼女はここで何をしていたんだろう。

「食堂で目が合った時は完全に興味なさげだったんだけどな……う~ん?」

 もしかして彼女は俺に気があるのか!? いやいやないない。

 まさか俺がカボチャを被った男だと分かったのか!? いやいや、それこそ絶対にないだろうと首を振る。

「でも……本当に綺麗な人だよな。あんな子が恋人だと毎日が幸せそうだけど、俺にはマジで縁がなさそうだ」

 そんな分かり切ったことをつぶやき、俺は二人が待つ教室に戻るのだった。

「ただいま」

「おかえり」

「長かったな。ウンコか?」

「違うわい。ちょっとな」

 ちなみに、俺は基本的に毎朝大便を済ませる健康体である。大人の一部の人が羨ましがりそうなこの生活習慣はちょっと自慢だったりする。

「それにしても初めてあんな傍であの姉妹を見たけどオーラがヤバいな!」

「それな。ありゃ確かに何度も何度も告白されるわけだ」

 早速二人の会話は新条姉妹についてだ。

 俺は通学路で時々出会うこともあるのでそこまでだが、確かに学校であんなに距離が近づいたのは初めてかもしれない。

 彼女たちとはクラスも違うし何かの合同授業でも近づくことがそもそもないからな。

「隼人はどうなんだ? ああいう子たちはさ」

「俺? まあすごい美人だし、あんな子たちが恋人とかなら毎日楽しそうだよな」

「恋人かぁ良いねぇ。夢の中でしか実現しなそうだわ」

「悲しいことを言うんじゃねえよ。俺たちだって頑張ればいけるだろ……あの二人は無理だと思うけど」

 そりゃそうだと俺と魁人は肩を震わせて笑うのだった。

「なんつうか美人だとかそれだけじゃなくて、こう……他人を魅了する何かがあふれまくっているようにも見えるよな」

「あ~分かる!」

 そう、ただ美しいだけではなく言葉にし難い魅力が彼女たちからは溢れている。

 見た目だけでなく性格も良いみたいだし、そんなところでも彼女たちは多くの人をけると思うのだ。

(……でも姉に関しては男嫌いなんてうわさを聞いたことあるけど実際どうなんだろ)

 クラスメイトが噂をしていたことだが、亜利沙さんは男に対して苦手意識を持っていると聞いたことがある。それがうそか本当かは分からないが、しょっちゅう告白などをされたらそうもなるだろうし、昨日の出来事のせいでそれが曖昧な噂から真実になっても仕方ない。

「お~い席に着け~授業を始めるぞ~!」

 さて、午後の眠たい授業の幕開けだ。

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