男嫌いな美人姉妹を名前も告げずに助けたら一体どうなる?
みょん/角川スニーカー文庫
男嫌いな美人姉妹を名前も告げずに助けたら一体どうなる? 1
プロローグ
「ハロウィンが近いなぁ……」
十月もそろそろ終わりが近くなった頃、俺はハロウィンの仮装で必要なグッズを
よくニュースなどでマナーの悪い仮装した人たちが取り上げられるが別にあのように騒ぐつもりはなく、ひっそりと高校で仲良くなった友人たちと過ごすだけだ。
「……ったく、高校生になってまで何やってんだかな」
買い物袋に収まるカボチャの
最初は面倒だなと思っていたはずなのに、気付けば俺なりにどんな仮装にしようかと考え込んでいた……まあ選んだのはこんな簡単なものだけど、それでも友人たちと楽しむことが出来るなら幸いだ。
「にしてもあいつ、どんな仮装するんだろうな。オタクなのは分かってるけど、かなりガチめなのを用意するって言ってたし……」
ハロウィンを共に過ごす予定の友人は俺を含めて三人なのだが、その内の一人はとんでもないレベルのオタクであり、こういった仮装に関しては一切の手を抜かないらしくかなり気合が入っていた。
「ハロウィンにこうやって集まるのも何だかんだ初めてだな。せっかくの友人たちとの時間だし思いっきり楽しむかね」
最初はそこまで乗り気じゃなかったけど、こうして実際にイベントが近づくとソワソワするのは俺も子供だな、当たり前だけど。
「よし、帰るか」
既に目的の品は手に入れたのでそろそろ帰るとしよう。
「ねえパパ! ピクニックとか行きたい!」
「ふふ、良いじゃないの。どうなのあなた?」
「よし! それじゃあ有休を取って行くとしようか!!」
見るからに仲の良い親子連れとすれ違い、俺はのんびりと帰り道を歩く。
少しばかり歩いたところで一度振り返ると、そこにはもう先ほどの親子連れの姿はなく、何をしてるんだと俺はため息を
「……あれ?」
買い物袋を片手に歩いていると、俺は一軒の家に目を向けた。
「
新条さんたち──俺が通う高校に在籍している双子の美人姉妹のことだ。
二人ともそこらのアイドルでは到底
そんな美人姉妹が住んでいる家の更に先に行ったところが俺の家で、近所ということもあって挨拶をすることも少なくはない。
『おはようございます』
『おっはよう~』
近所に住むからこその
「二人揃って本当に美人だし、お母さんも美人だからなぁ……ほんと
そんな風に彼女たちのことを考えていたわけだが、別にこれだけで彼女たちの家のことが気になったわけではない。
「なんで扉が全開なんだ?」
そう、新条家の玄関扉が不自然に全部開いていたせいだ。
スマホを手にして時間を確認すると、現在時刻は18時過ぎ。徐々に寒い季節が近づいていることもあって日が落ちるのも早い。
そんな中で不自然に扉が全開なだけでなく、家の中も電気が
「……泥棒とかじゃないよな? いやいやまさかそんなことが……」
あり得るわけがないと苦笑してその場を立ち去ろうとしたが、やっぱり気になってしまって俺はゆっくりと玄関に近づいた。
「……………」
何事もなくて彼女たちのどちらかに見つかっても、謝罪の一つでもすれば良いかという軽い気持ちで近づいたところ──中から聞こえてきたのは男の声だった。
「くくっ、金目の物はともかくいい女が
鼓膜を震わせたその言葉に俺は自然と額に手を当てていた。
(……マジかよ)
絶対にあり得ないと思っていたことが最悪な形で的中してしまったみたいだ。
気付かれないように細心の注意を払いながら移動し、なんとか庭の方から家の中を
(……ゲス野郎が)
心の中で俺は吐き捨てた。
母親は涙を流し恐怖で声が出せないようで、反対に姉妹二人は捕まっているわけでもないのにその場から動こうとしない。
これは近所だからこそ知っていることなのだが、新条さんたちは早くに父親を事故で亡くして以降、姉妹二人は母親の負担を減らすため助け合って生活していると聞いたことがある。きっとどうにか大切な母親を助けようと考えているんだろう。
「
持ち物を確認すると、俺の手元にあるのは買ったばかりのカボチャの被り物とレーザーソードだけだ。
チラッとまた家の中を見ると、姉妹は男の言葉に従い下着だけの姿となっており、一刻の猶予もない状況だった。
ここからは二人の顔が見えないけれど、きっと怖い思いをしているんじゃないかと思う……いや、確実にしているはずだ。
「……女性を泣かすんじゃねえよ」
そう
昔から何かをやる時、こうやって顔を隠した方が実力を発揮出来る……何だよそれはって話だが、中学の時にやっていた剣道で全国大会にも出場したこともあり、ある意味で実証済みだ。
性格と雰囲気も変わるなんて当時の同級生に言われたこともあるけど、
「よし、行くぞ」
あの強盗と思わしき男は刃物を持っているため、関わることで俺自身が何か
我が身
「母さん、父さん……俺に力を貸してくれ」
天国に居る両親にそう告げ、警察に通報をしてから一歩を踏み出した。
▼▽
「……っ」
「姉さん……」
それはまさかという思いだった……まさか自分たちがこんな目に遭うなんて。
ハロウィンが間近に迫る十月の後半、いつものように母の待つ家に妹と一緒に帰ってきた時だった。
不自然に玄関の扉が開いていたのは気になったものの、特に何も考えずに私と妹は家の中に足を踏み入れた。
『……母さん?』
『暗いね……どうしたんだろう』
玄関に母の靴があったので帰っているはず、それなのに明かりが点いていないことに私と妹は
『……え?』
恐ろしいほどの静寂の中、私たちは大柄の男に羽交い絞めにされている母を見た。
『なんだ娘か?』
『に、逃げなさい二人とも!!』
男が母に突き付けている刃物、そして母の逃げなさいという言葉……私たちはその男が強盗だとそこで理解した。
男は私たちを逃がさないようにと刃物を向け、動けば母を殺すと脅してきた。
怖い、逃げたい、それよりも助けを呼びたい……でもここから離れたら本当に母が殺されてしまうのではと恐ろしくて足が動かなかった。
動きを止めた私たちに対し男は服を脱げと命令し、私は母を助けるためにそれに従うことにした。
「本当に母さんを離してくれるのね?」
「お前たちが言うことを聞けばな?」
裸になって母が助かるならば安いものだ。
そう思って私は服を脱ぎ、妹も続くようにして下着姿になった……そんな私たちを見て男はニヤリと気色の悪い笑みを浮かべていた。
「……これだから男なんて」
昔からそうだ。
男なんて下劣で野蛮な生き物、私が男性で
父は亡くなる最期の瞬間まで母を愛し、そして私たちを大事な娘として慈しんでくれた。
「くくっ、まさかターゲットにした家でこんな上玉に出会えるなんてなぁ。っと、その前に縛らせてもらうか」
男は妹にロープを投げ、私の手足を縛れと命令した。
今気付いたけれど母も手足を縛られているので、同じように私たちの自由を奪うつもりなのだろう。
小さな声で
「やめて! 妹に手を出すのはやめなさい!!」
妹や母に手を出すくらいなら私にしろ、本当は怖くて仕方ないのに私はそう声を大にして叫んだ。
「うるせえ! お前は後で相手してやるから黙ってろや!!」
男は怒鳴り散らすようにして刃物を床に突き刺す。
鈍い音を立てて深く突き刺さった刃物に母と妹が小さな悲鳴を漏らし、私も恐怖で体が動かなくなった。
(どうして……どうしてこんな目に遭うの?)
自分たちの理不尽な境遇に泣きそうに……いや、既に私は泣いていた。
結局、いつもこうやって理不尽な目に遭うのだと私は諦めた……父が亡くなった出来事でさえ、その原因となった事故は理不尽な理由で引き起こされたのだから。
「くそ……くそくそくそっ!!」
何も出来ない無力な自分、大人しく不運を受け入れるしかない自分に悔しさが募る。
強く拳を握ると爪が皮膚に食い込み痛みが走る。目の前で妹が薄汚い男の欲望をその身に受けようとしている。
そんな理不尽を前についに私は大粒の涙を流した。
「助けてよ……」
それはとても小さな呟きで、誰でも良いから助けてとそう願ったその時だった。
「え?」
何かが音を立ててリビングの中央に転がってきたのだが、それは玄関に置いてあるはずのテニスボールだった。
「なんだぁ? テニスボール?」
男は転がってきたテニスボールに手を伸ばして取ろうとする。
妹からも完全に注意が
「な、なんだ──」
男が反応するよりも早く、赤色の発光する棒のようなものが男の肩に振り下ろされて鈍い音を上げる。
男は痛がる素振りを見せて刃物を落とし、すかさず男に追撃を加えるように一撃が腹部へと
「がふっ……なんだてめえは……っ!」
「……!?」
「……カボチャ?」
突然の
苦しむ男を見下ろすのはカボチャの
その人は体格からして男性だということは分かるのだが、それにしてもどうしてカボチャの被り物をしているのだろうか。
「強盗かレイプが目的かは知らんが、アンタはここで終わりだ」
カボチャの彼がそう言った瞬間、サイレンの音が近づいてくるのが聞こえた。
「あ……」
「たす……かったの?」
その音は確かに私たちを安心させてくれるものだった。
「クソが……
「ダメに決まってるだろうが。犯罪者は大人しく縄に付きな」
くり
「ほら、早く服を着ろ。もう大丈夫だ」
「っ……」
大丈夫だと、そう言われてようやく私たちは助かったと実感した。
私は服を着ることも忘れ大きな声を上げて泣いてしまった。妹も私に続くように大泣きをして母もそんな私たち二人を抱きしめて泣いていた。
「……参ったな。ってちょうどいいところに毛布があったな」
ソファに置かれていた毛布を手にして私たちに近づき、肩に掛けてすぐ離れたのは私たちを怖がらせないようにしたのだろうか。
(……不思議ね。全然嫌な感じがしなかった)
昔から色々とあったので男性は苦手……ううん、嫌いと言っても良い。
それでも目の前の彼には嫌な感じは一切なくて、それどころか傍に居てくれることに安心感さえ覚える。
カボチャの隙間から
「良かった。本当に……本当に良かったよ」
その声はまるで父を連想させるような優しさに満ちたものだった。
急激に
今回の事件、強盗の男は逮捕され襲われそうになった私たちは全員無事だった。
一瞬とはいえ、全てを諦めかけた絶体絶命の状況の中──私たちを救ってくれたヒーローはカボチャ頭の男性だったのである。
私は……私たちはこれ以上ないほどの運命を感じざるを得なかった。
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