これは悪じゃないだろ？

これは悪じゃないだろ？

「次のニュースです。ユーナビは、就職活動中の大学生に向けた就職セミナーで、社員が学生のフリをして質問をする、いわゆるサクラ行為が行われていたとして謝罪しました」

テレビから流れてくるニュースを確認した男は、憤怒の表情を貼り付けながら文句を垂れる。

「はああああ。こんな事をイチイチ悪事として取り上げるなよバカバカしい。なーにが“いわゆるサクラ行為”だよ。サクラ行為が完全なる悪みたいな言い方すんなボケ。一言にサクラ行為って言ってもよ、良いものと悪いものがあるんだ。例えば投資詐欺セミナーのサクラ行為、これは完全なる悪だ。純真無垢で金融リテラシー皆無のアンポンタンだからといって、騙していいわけがない。MCバトルに友達を呼びまくって、自分のバース中に声を挙げさせるサクラ行為、これももちろん論外だ。大したパンチラインを吐いていないのに、バカみたいに盛り上がるサクラ共を見てると、哀れな気持ちになってくる。ただ、就職セミナーのサクラ行為、これは悪じゃないだろ？ユーナビの社員は就職セミナーの雰囲気を盛り上げるために、一役買ってくれたんじゃないか。質問がなかなか出ないから、学生のフリをして質問をしただけだ。冷静に考えろ、これの何が悪い？別に、学生のことを騙したわけじゃない。ゆえに、不利益を被った学生はいないはずだ。場が活性化されて、利益を享受した学生が多かったに違いない。なのに世間のバカどもは“サクラ行為”というだけで炎上させやがる。こういったことをされるとよ、会社としても調査しなきゃならない。どれだけのサクラ行為があったのか、今後の防止策をどうするか。そんな無意味な事柄に、高い給料を貰ってる社員たちの貴重な時間が刈り取られるわけだ。それは巡り巡って学生や各企業の損失、ひいては炎上に加担してる奴らの不利益にも繋がる。ホントバカって、自分の人生を台無しにするのが好きだよな。お前らに、世のため人のために働けとは言わない。ただ、せめて大人しくしていてくれないか？それがバカに残された、唯一の選択肢だ。まあこれだけ炎上しちまってるってことは、バカどもが既に相当数のクソコメを垂れ流しているんだろうな・・・」

男は怖いもの見たさに、ニュースサイトのコメント欄を開いた。

“そろそろユーナビなどの人材サービス業者は破壊すべき。労働市場を汚染するばかりで、もはや企業組織としての存在価値がない。”

“ユーナビ、就活を食い物にしすぎやろｗ”

“イエス・キリストは神です。聖書には「偉大な神と救い主イエス・キリストとの栄光が現れる日を待ち望むようになることです。」と書かれています。”

「・・・くだらね、バカバカしい。もうこの件について考えんのは止めて、録画したドラマでも観るか」

男はサノバビッチの巣窟をそっと閉じ、ドラマを再生した。

「彼女、なかなか来ないなぁ、どうしたんだろ・・・。あっ！来た！」

「ごめん遅れちゃって！電車を間違えちゃったの。結構待ったよね？」

「いや、僕も今さっき来たところだから、全然待ってないよ」

「・・・！そっか。じゃあ、行こうか！」

男女の会話シーンを確認した男は、憤怒の表情を貼り付けながら文句を垂れる。

「いやいやいや、何嘘ついてんだコイツは。嘘はダメだろ嘘は。彼女が来る前に遅いなぁって言ってたじゃん。なのに、彼女にはさっき来たばっかりって言ったね？それ、完全なる嘘だよね。嘘は相手を騙す行為、つまり絶対ダメな行為でしょ？ったく、女を騙すなんて最低だな。この子が嘘に気づいた時、傷つくだろうなぁ。“あっ、私嘘つかれてたんだ”って。嘘は絶対にダメ。これは寓話でも語られているくらい明白なことだ。嘘をつくってのはな、鼻がニョキニョキ伸びたり、鯨に食われたりするくらいの罪なんだ。それをドラマで堂々と肯定しやがって。クレーム入れないとダメだなこれは」

「・・・はぁ、もう、ドラマはいいや。飯食いに行こう」

男は呆れ返った表情を携えながら、近所の中華屋へと向かった。

***

「しょうゆラーメン１つ」

「はい、しょうゆラーメンですね。少々お待ち下さいませ」

数分後、男の気が変わる。

「うーん、やっぱとんこつラーメン食いたくなってきたな。すいませーん！」

「はい、なんでしょうか？」

「さっきのしょうゆラーメンキャンセルで、とんこつラーメンにして」

「え？既にしょうゆラーメン出来上がりましたよ。あとは持ってくるだけなのですが・・・」

「だから？さっきのは無しで、とんこつラーメンにしてって言ったんだけど」

「いえ、それはできませんよ。もう出来上がりましたので」

「は？なにその態度？俺は客だよ？客の頼み事を無下に扱うって、店員としてどうなのかな？」

「勘違いしないでください。お客様だからという理由で、丁寧に対応するわけじゃありません。世の中には“良いお客様”と“悪いお客様”がいます。良いお客様に対しては、丁寧に対応します。しかし悪いお客様に対しては、残念ですが、厳しい態度を取らざるを得ないこともあります」

「は？何言ってんのかよくわかんね。客なんだから、絶対に丁寧な対応をしなきゃだめだろ。間違ってるのはお前だぞ？」

男がそう指摘すると同時に、周りの“良いお客様”が加勢する。

「お前さあ、迷惑なんだよ。出ていきなよ」

「店員さんの言い分がまともよ。間違ってるのはあなたでしょ」

周りに敵しかいない旨を認識した男は、次のように捨て台詞を吐いた。

「・・・なんだこの店、正しい俺を罵る奴ばっかじゃん。もしかしてサクラか？気持ちわりい」

「サクラ行為をやるカスは全員くたばれ」