Another Story From.I Promise「Twins」

ソメイヨシノ

Twins

Twins


ルピナス王国で、双子が生まれた。

元気な男の子に、王は、シュロとシトロと名付けた。

遥か遠い昔の言葉で、勇気と希望の意味を持つ。

「民を助ける勇気を持つよう、シュロ。希望溢れる国を作るよう、シトロ」

その名に応えるよう、まだ生まれたばかりの赤子は泣き出す。

「立派な王になるよう、お前達はこの運命に導かれよ」

王は国のシンボルである大きな鎌に祈る。

双子の王子に幸あれ——!


「やーい、ひっかかってやんのー!」

「え? え? プリンス・シトロ? プリンス・シュロの方じゃなくて?」

双子はすくすく元気に育ち、悪戯盛りを迎えていた。

「なぁ、この前来たビーストハンターって奴も、この手で遊んでやれば良かったな」

「あぁ、あの英雄シンバ・フリークスかぁ。英雄だのビーストハンターだの言われてる癖に、ちょっとした悪戯に直ぐに逃げて行っちゃったね」

「そうだよなー。もう少しいれば、俺達の新しい悪戯で遊べたのになー」

二人が今ブームなのは、入れ替えっこゴッコ。

つまり、シトロがシュロのふりをし、シュロがシトロのふりをして遊ぶのだ。


「俺達、双子でよかったな!」

シュロがそう言うと、

「僕もそう思う。だって楽しいもんね」

と、シトロがそう答える。

二人、見合って、笑う。

本当に鏡を見ているようにソックリ。

「きっと僕達は二人で一人なんだね」

「ああ! 俺はシュロだけど、シトロでもある!」

「僕はシトロだけど、シュロでもある!」

どちらかが欠けても駄目なんだと、二人、誓い合うようだ——。


「なぁ、次は誰を騙そうか?」

「今日はそれぞれの国の王が集るんだって。会議らしいよ」

「って事はページェンティスの王も来るのかな」

「多分ね。て事は、ラン王女も来る筈だよ!」

シュロとシトロはニィッと悪戯な顔になる。

「次のターゲットはラン王女だ!」

二人の全く同じ声が重なり、サウンド状態。


世界中の国の王が、ルピナスに集結する。

世界の平和の為、ビースト襲撃の会議が行われるとか。

だが、まだ幼いシュロとシトロには、世界なんて関係ない。

そう、二人の世界は、目の前にある全てだけで広く、果てしなく、大きい。

まだまだ広がる世界を誰も止められない。

二人の好奇心は底知れない。

この年齢の子供の遊び心は絶える事がない。


「ランちゃん」

中庭で、花を見ているランに話しかけたのはシトロ。

少し離れた大きな木の影でクスクス笑い声を出しているのはシュロ。

「お久しぶりです、プリンス・シトロ」

そう言ったランに、シトロは目を丸くし、シュロは木の影で笑い声を飲み込んだ。

「あら? どうしてシュロくんのピンバッチつけてるの?」

シトロの胸に光るシュロと書かれた小さなバッチ。

ルピナスの大鎌をモチーフにしたバッヂだ。

それを付け替えたら、皆、シュロとシトロの区別がつかない。

ルピナスの王ですら、間違える程だ。


「なんで僕がシトロだって思うのさ?」

そう言ったシトロに、クスっと笑い、

「今、『僕』って言った。シュロくんは『俺』って言うもんね」

ランが、そう答え、シトロはしまったと口を押さえる。

「でも、僕が僕って言ってないのに、わかったじゃん」

「わかるよ、だってシュロくんじゃない方がシトロくんだから」


シュロくんじゃない方がシトロくんだから——

シュロくんじゃない方がシトロくんだから——

シュロくんじゃない方がシトロくんだから——


木の影で、シュロの気持ちの中は、何度もランの言葉がこだましていた。

もう何も聞こえず、ストンとその場に座り込む。


「僕じゃない方がシュロって事?」

「んーん、シュロくんじゃない方がシトロくんなの。私、シュロくん、見間違えないもん」

「どういう意味?」

眉間に皺を寄せるシトロに、

「誰にも言わない?」

と、ランが尋ねた。強く頷くシトロに、ランはそっと耳元で囁く。

「私、シュロくんが好きだから」

「シュロがすっ・・・・・・」

思わず大声を出すシトロの口を急いで、塞ぎ、

「駄目! 絶対に口に出して言ったら駄目だからね!」

と、ランは怒った表情をした。

シトロは、木の影にシュロがいる事を思い出し、ふと木に目をやると、シュロがそこから駆け出して行くのが見えた。

「シュロ!」

シトロはシュロを追いかける。


「待って、待ってよ、シュロ!」

「付いてくんなよ!」

「何怒ってるんだよ!」

そう言ったシトロに、シュロは足を止め、振り向いた。そして、

「なんだよ、シュロじゃない方がシトロって、どういう意味だよ!」

と、怒鳴り出した。

「それは・・・・・・」


『駄目! 絶対に口に出して言ったら駄目だからね!』


シトロは何も言えなくなる。

「なんで何も答えないんだよ!」

「シュロじゃないって、シュロの事がわかるって事だよ。僕の事がわかってる訳じゃない。シュロをわかってるから、シュロじゃない方が僕なんだよ」

「違うだろ! お前がいて、俺じゃないんだよ!」

「シュロ、落ち着いて、ちゃんと意味を理解してよ!」

「悪かったな、馬鹿で!」

「そんな事言ってないよ」

「言ってるじゃないか!」

もう何を言っても、突っ掛かって来るシュロに、シトロは黙り込む。

そんなシトロに、

「どうして、お前はいつもいつもいつも、そんなに聞き分けがいいんだよ!」

と、吠え、また走り出した。だが、シトロはもう追う事はしない。


シトロとシュロの関係が崩れた。


まだ幼い二人だから、喧嘩しても直ぐに元に戻る筈である。

だが、双子として生まれた以上、その運命に悩めば、深い渦の中に迷い込んだように、なかなか抜け出せないのだ。


『俺達、双子でよかったな!』

シュロ、そう言ったじゃないか。

もうそうは思ってくれないの?

僕はまだそう思っているよ。

だけどね、ラン王女が、シュロじゃない方がシトロだって言った事に、僕は悲しいんだ。

シュロはそれを勘違いしてるだろうけど、僕は、ラン王女の気持ちも知ってる。

ラン王女の目に映っているのは、シュロであって、僕は存在しないのと同じなんだ。

僕達は双子じゃなければ、良かったのかな——。


「あら、薔薇園にいらっしゃったんですか? プリンス・シトロ」

その声に振り向くと、メイドのナターシャが立っている。

ナターシャは孤児で、幼い頃から、メイドとして、ルピナスにいる。

今は16、17くらいのおねえさんだが、シトロはまだ子供で、女性の見た目年齢がわからない。

最も、相手の年齢を気にするシトロではない。

ナターシャは薔薇の花ビラを集めだした。

「なにしてるの?」

「薔薇茶にするんですのよ、王妃様が大好きじゃありませんか」

「母が? そうだったんだぁ。僕、あんまり知らないや」

と、シトロは溜息を吐く。

「どうなさったんですか? 最近、元気がないようですが」

「ん? うん、なんで僕はシュロに似てるのかなって思って」

「双子ですから」

「わかってるけど、みんな一人一人いらない人間なんていないって感じで個性的でしょ。でも僕とシュロはどっちかがいなくなってもいいみたいだ・・・・・・」

「そんなこと・・・・・・」

「じゃあ、ナターシャは僕がこのピンバッチつけてなくても、シトロだってわかる?」

そう言ったシトロに、ナターシャは、

「プリンス・シトロ、おやつになさいましょうか」

と、言い、薔薇園の真ん中にシーツを敷いた。

そして、木の籠から取り出したカップとお皿と、ケーキなど——。


薔薇園に広がる甘い香り。

薔薇の香りに混ざって、それはとても穏やかな気持ちになる。

「ローズティーとストロベリータルトです」

と、ナターシャはシトロの目の前にカップとケーキを置いた。

「ありがとう」

シトロはおいしそうなストロベリータルトにフォークを突き刺す。

「プリンス・シトロ」

「シトロでいいよ」

「では・・・・・・シトロ様・・・・・・」

「様もいらない」

「そういう訳にはいきませんわ」

「あ、そ」

心を開いてくれてないような気がして、シトロはムッとする。

「シトロ様、この世には二人として同じ人間はいません」

「僕にはシュロがいるよ」

「いいえ、プリンス・シュロとプリンス・シトロは別の人間です」

「じゃあ、ナターシャは僕とシュロの見分けがつくの? ピンバッチがなくても!」

「いいえ・・・・・・」

「ほら! 父だって、母だって、僕とシュロを間違えるもんね!」

「それはシトロ様と赤い糸で結ばれてないからでございます」

「赤い糸?」

「はい。シトロ様の小指には目には見えない赤い糸があります」

「目に見えないのに赤だってわかるの?」

シトロはフォークを咥えたまま、自分の両手を広げ、小指を見る。

「赤は血の色です」

「血!?」

「ええ、王と王妃とは、既に血で繋がっているシトロ様。だけど将来、血の繋がりより深い人と出会い、シトロ様はその方と結ばれるのです」

「なにそれ」

「今はまだわからないのかもしれませんが、シトロ様はその方の為だけに生まれた存在なのです」

「・・・・・・」

「私も小指に赤い糸があります。勿論、見えませんが、それにまだ会った事もありませんが、私はその方の為だけに生まれました」

そう言ったナターシャの小指を見ると、ナターシャの手はガサガサに荒れ、傷だらけの手だった。

「確かに私はメイドとして様々な仕事をしています。一生懸命、王や王妃、プリンス・シュロ、プリンス・シトロのお役に立てたらと思い、生きています。だけどメイドは私一人ではありません」

「・・・・・・」

「私がいなくなっても、誰も困りません。でもきっとどこかに、私じゃないと駄目だと言う人がいる筈です」

「赤い糸で結ばれた人?」

「ええ。私はその人の為だけに生まれたのです」

「生きる事と生まれた事は違うんだね」

そう言ったシトロに、ナタ—シャは微笑む。

「シトロ様には赤い糸で結ばれた人の他に、赤い血で繋がっている王も王妃もおられます。プリンス・シュロもおられます。シトロ様がいなくなれば、悲しむ人は多くいます」

孤児として育って来たナターシャに、悲しい事を言わせてしまっているんじゃないかと、シトロは思う。

そして、シトロは、ナターシャの荒れ放題の手をそっと握った。

「シトロ様?」

「僕に赤い糸が本当にあって、いつか、シュロと僕を間違えない人が現れるなら——」

シトロは少し溜息を吐いた。そして、再び、口を開く、

「その時まで、僕は王や王妃の希望通り、立派な王になるよう、頑張って生きて行くよ」

ナターシャは、シトロの手を握り返し、微笑む。

薔薇の香りがシトロを優しく包む午後——。


それから、シトロは勉強熱心になった。

王として、この国の、どれだけの民を幸せにできるのだろうと考え始めたのだ。

奴隷解放なども考える小さな子供に、皆、次の王はシトロだと噂を始めた。

シュロは勉強よりも体を動かす方が好きらしく、兵士達と混ざり、戦闘の練習などをしている。

皆、シュロを立派な戦士になるなどと冗談っぽく言うが、子供ながら、階級の低い兵士なら打ち負かせるくらいの力はあり、満更、冗談でもない雰囲気もあった。

見た目はそっくりだが、こうして、シトロとシュロは全く違う人間になっていった——。


「シトロよ、プラタナスにメイド用のロボットを作れないかと依頼をしたと言うのは本当か?」

ある日、王が、シトロを呼び出し、そう聞いた。

プラタナスとは、この世界に唯一ある科学研究所である。

この世界に住む、それぞれの国の王は、科学の発展を望まない。

何故なら自然を愛しているからだ。

これ以上の便利さを求める事もなく、科学の発展も何かを失い、生まれるものなどないというのが王達の考えだ。

「父は知っていますか? メイド達の大変さを」

シトロは王に訴える。

「寒い日も外で水仕事をしなきゃいけない。暑くても火を熾さなければならない。僕達は何もせず便利に使っているけど、その影で働く者が沢山いるのです」

「だが、シトロ、それは人として生きて行く為の仕事だ」

「だけど僕は見てられません! メイドなどしなければ、綺麗な手だったかもしれないんですよ!」

「お前の考えは間違っている。お前の考えでは王にはなれない」

「どうしてですか!」

どんなに訴えても、王は首を縦には振ってくれなかった——。


バルコニーからは城下町が見える。

シトロは町を見下ろしながらぼんやりしていた。

『お前の考えでは王にはなれない』

その言葉に、シトロは頭を抱える。

「シトロ様」

そう呼ぶのはナターシャだ。

皆、プリンス・シトロと呼ぶから、直ぐにわかる。

「ナターシャ、僕は未熟だよ」

振り向きもせず、そう言ったシトロに、

「あら、よく私だとお分かりになりましたね」

と、ナターシャが驚いて言った。

シトロは振り向いて、悪戯っぽく、小指を見せ、

「赤い糸で結ばれてるんだよ」

そう言った。ナターシャは笑う。

「シトロ様、メイド用のロボットの話、聞きましたわ」

「ああ、でも駄目だった」

「駄目で良かったですわ」

「どうして? ロボットがいたら、ナターシャの手、綺麗になるかもよ?」

「この手が痛むのは、シトロ様の手が痛まないようにですわ」

「え?」

「王の手が、王妃様の手が、プリンス・シュロの手が痛まないよう、その変わりに私達メイドがいるんですもの」

「だからさ、メイド達の変わりにロボットを——」

ナターシャは首を振る。

「痛さがわからなくなれば、優しさを忘れる者達が多くなります」

「優しさ?」

「ええ、シトロ様のように、こんなメイドの私達を想ってくれる優しい気持ちを持った人達がいなくなってしまいます」

「・・・・・・」

「それに私達の仕事がなくなれば、私達は生きていけません。一生懸命働いて、一生懸命生きて行く。それが人生ですから。それに私達メイドは自分の仕事に誇りを持っています。王が安心して、この国を良い国へ導き、守って下さるよう、支えている仕事ですから」

——どうしてナタ—シャの言葉は、こんなにも素晴らしいんだろう。

——僕のお腹にストンと素直に入って行く。

「こんな私達メイドの事を考えてくださり、ありがとうございます、シトロ様」

そう言って微笑むナターシャに、シトロは首を振った。


ナターシャと入れ違いに来たのはシュロ。

「お前ってば凄いな」

と、シュロは感心したように言った。

「何が?」

「だって俺なんて自分の考えを王に言うなんてできないもん」

「僕だってできないよ。だから隠れて計画たててたのに、王の耳に入ってたんだもん」

言いながら、ふとシュロの小指に目をやる。

——あ、そうか、そうなんだ。

——シュロとランちゃんは赤い糸で結ばれてるんだ。

——だから、ランちゃんには、シュロがわかるんだ。

「なんだよ?」

「うん? ああ、シュロの手って汚れてんな」

「さっき剣振り回してたからな」

「また兵士達と練習?」

「うん、俺、王には向いてないから、王を守る守護士になろうかなって思ってるんだ」

「は?」

「お前は王に向いてるよ、だから俺はお前を支える役になろうと思って」

「僕はさっき父に、お前は王にはなれないと言われたよ。王をやるならシュロだよ。どこかの国の王女と結婚してさ、もっと国を大きくするんだよ、僕はシュロの命令に従う大臣かな」

どこかの国の王女と言ったが、本当はページェンティスのランちゃんと言いたかった。

「やめろよ、お前は大臣なんて小さな器じゃないよ。いいんだ、俺はお前を支える役で」

まるで態と目立たないようにしようとしてるんじゃないかとシトロは思う。

こんなにも似ているのに、こんなにも違う。

「とりあえず、二人で頑張ろうよ、二人、今、出来る事を——」

シトロがそう言うと、シュロは黙って、ルピナスの城下町を見下ろした。


シュロは僕と似たくなくて、戦闘術を学んでいるんじゃないだろうか。

だけど、やっぱり鏡を見る度に、お互い思うんだ。

僕達はどうしてこんなに似ているんだと——。

鏡に映っているのは、僕なのに、シュロに見える。

きっとシュロも鏡を見る度に、僕を見ているに違いない。


それから数年後、ルピナスはビーストにより堕ちた——。

皮肉にも、あれだけ鍛錬を積んだシュロは、シトロを守れなかった。

だがシトロはナターシャを庇いきり、ナターシャは生き残った。

最後の最後までシトロは、自分の想い描いた誇り高き王であったのだ。

己を支えてくれる下の者を、いざとなれば、己が身を捨て守る、それが王になる者の定め。


もうシトロのいないシュロは双子ではない。

父や母もいない。

国も失った。

だが、それでもシュロの中で、シトロは生き続けている——。


『きっと僕達は二人で一人なんだね』

『ああ! 俺はシュロだけど、シトロでもある』

『僕はシトロだけど、シュロでもある!』


何も守れず、全て失った王に残されたのは、永遠にまとわりつく呪縛だけ。

それでも生きなければならない。

シュロの中でシトロが生きているのだから——。

鏡を見れば、いつでも会える。

いや、全てを見抜かれているようで、俺は怖いんだ・・・・・・。

俺は本当にシュロなのだろうかと——。


〜Twins END〜

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Another Story From.I Promise「Twins」 ソメイヨシノ @my_story_collection

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る