第21話



 人は幸せを求めて


 次から次へと場所を変えては


 人を変えていくことで


 ここがきっと幸せなんだと


 探し求めて生きていく。



 青い鳥の症候群。


 今の若者でにわかに考える思想。


 ここじゃないどこかに行けば

 きっと僕、私たちは

 幸せになれるという。



 でも生きていく中で楽園のような

 常に幸せになれるところなんて

 存在しない。



 自分自分がどんなに辛くても

 幸せなんだと言い聞かせないと

 幸せになれる場所なんて

 存在しないのだ。



 絵里香は、

 身に染みて感じることと

 なったのは

 実家に帰って来てからだった。




「ただいまぁー。」



 アポイント無しに榊原一家は絵里香の実家の里中家に到着した。


 瑠美と塁を後ろに最後は、晃が荷物を思って実家の玄関に入った。


 たまたま今日は絵里香の母は

 仕事休みだった。



「一家お揃いでどうしたの?

 何も買ってきてないから

 おもてなしもできないよ?

 東京にいるかと思うくらい

 連絡も来ないし、

 家に来ることもないあんたは

 一体どうしたの?」


 絵里香はグサグサと刺さる棘の

 ある言い方に気にせず対応する。



「そうだねぇ。孫の顔を見ないと

 忘れちゃうと思って連れて

 来てみたの。

 ダメだった?」



「仕事の優雅なお休みの時に

 孫の相手なんて

 できないけど

 それでもいいならいいわよ。」



「はいはい。

 どーせ期待はしてないわよ。

 母さんは体力ないですものね。」



 こちらも棘のある言い方を

 返してやった。


「そうね。体力全然ないから。」



 ありのままを言う絵里香の母

  里中美那子さとなかみなこ

 68歳。

 今でも現役でお弁当屋さんで

 フルタイムの仕事を

 やりこなしている。

 調理をすることは昔から

 好きだったらしい。



 絵里香の父

 里中耕太郎こうたろう

 70歳になった今でも

 地元のスーパーで

 雑用業務でパート勤務している。


「おー、瑠美と塁。来たか来たか。

 じいじと一緒にお風呂入るか?」


「えー、じいじ、まだ昼間だよ。

 入るなら、夕方でしょう。」


 塁につっこまれる。

 瑠美は嫌がる顔を見せた。


「私はばあばと一緒に 

 お風呂入りたいな。」



「えー、ばあばは1人で入るから無理。

 絵里香、一緒に入りなさい。」



 実家に帰るといつもこの調子。

 満足にじいじばあばは孫の面倒を

 見てくれない。

 実家に帰ることが少なくても

 孫の世話をあからさまに嫌がる。


 いやいや、孫と接する時間

 少ないんだから少しくらい

 頑張ってくれても。



 孫である瑠美と塁も顔の表情や

 話す言葉で雰囲気を読み取るのか、

 絵里香とお風呂に入りたいと言う。


(いやいや、久しぶりなんだから、

 普通、おばあちゃん、

 おじいちゃんって

 近寄っていくでしょう。

 なんで拒否るのよ。

 そもそも、嫌がるなよ。

 孫を。)



 腹が立って仕方ない絵里香。

 ため息をつきながら、結局、

 絵里香は瑠美と塁と一緒にお風呂に

 入る。


 なぜか、婿である晃は重宝されて

 1人でゆったり浸かりなよと

 声をかけられている。

 

 (私の方が1人で入りたいのに。

  子どもの世話から

  リフレッシュするのが

  お風呂だったりするのに

  理解してくれない。

  義理息子だからって何が

  えらいのよ。)


 絵里香は

 実家に帰ってきても不満ばかり募る。



「夕飯、食べていくの?

 出前でいいわよね。

 来るって聞いてないから

 何も用意してないし。

 これから買い物なんて

 無理だからさ。」



「え、瑠美と塁、結構、偏食だから

 何食べてくれるだろう。」



「ほら、メニュー表。

 それか、

 近所のファミレスでもいく?」


 上げ膳据え膳で食べたいのが見え見えの美那子。長旅で子どもたちも疲れているため、これから外食は厳しいと判断した絵里香は。


「ごめん、洗い物とかするから

 出前でもいい?」


「ああーそう。はいはい。

 好きなもの言って

 注文するから。」



 出前の店は地元で

 流行っている中華の店だった。

 酢豚のメニューが

 里中家の定番だったが、

 お肉を食べるのを嫌がる

 瑠美と塁は中華そばを頼んだ。



「好き嫌いが多いんだな。困ったな。」


 じいじが言う。


「まぁ、中華そばは好きだから

 大丈夫。

 晃は好き嫌いないんだけどね。

 子どもだから舌が敏感なのかも。」



「遺伝とかじゃないのね。」



「そうそう。」



「あ、晃くん。お酒飲むだろ。

 ビールいける?」



「え、飲むの?」



「いいだろ。別に。」



「はいはい。わかりました。」



「今日はどこか泊まるところ

 決まってるの。」


「一応、ホテルは予約してたよ。

 だって、

 泊まって欲しくないんでしょう。

 他人を泊めるのは嫌がるもんね。」


「そうね。神経質だから、私。」



 美那子はぼそっという。

 瑠美と塁たちにとっては

 祖父母なのに、

 気軽に泊まって行きなよとは

 言ってくれない。


 こんなに受け入れられない実家への

 帰宅。


 悲しすぎて

 今にでも逃げたい気持ちになる

 絵里香。


 演技でも良いから

 帰ってきたね。

 良かったとか。

 

 孫の顔見てて嬉しいわとか

 なんで言えないのか。


 絵里香は母に何を求めているのか。


 周りのママ友に聞くとしょっちゅう

 実家に行っては泊まってくるよって

 言われると

 うちでは違うことに

 現実を知ると

 心なしか自分が存在しては

 いけないのかと思ってしまう。



 毒親。

 漫画やネットニュースなんかで 

 良く見るワード。

 絵里香の母もきっとそうであろう。



 自分もそうなってしまいそうで

 仕方ない。


 子どもを受け入れない。

 孫を受け入れない。

 誰なら受け入れるのか。



「ごめん、晃。お風呂入らないで

 ご飯食べたら、ホテル行こうか。」


 廊下の隅に晃を呼び寄せて

 絵里香は小声で言う。


「え、じいじが喜んで

 お風呂入るって言ってるけど

 帰ってしまって大丈夫?

 いいの?

 久しぶりに帰ってきたのに。」



「……ごめん。

 私がここにいるのが

 耐えきれないの。

 無理。

 ご飯も一緒に食べられるか微妙。」



「そっか。わかった。

 俺も、会社に顔出しするの

 忘れてたから

 その用事あるってことで

 ご飯食べたら行こうか。」



「うん。そうしてくれると助かる。」



 絵里香は胸を撫で下ろした。

 

 義理関係はむしろ、晃の方なのに

 気を使うのが娘の方であるのは

 なんか違うんじゃないかと

 思ってきた。



 耕太郎は引き出しの中にあった

 シャボン玉液を取り出して、

 ストローで膨らまして見せた。



 瑠美と塁も喜んで、

 シャボン玉に盛り上がりを

 見せていた。



 耕太郎は孫のことを

 少しわかってくれる方ではあった。



 遊び道具を物置から

 出してくれた。



 サッカーボールやキャッチボールを

 出して、遊んでくれた。



 いつもこうであればいいのに

 仕事で忙しいと言って、

 相手してくれるのは

 休みの日くらいで

 こちらの都合の良い感じでは

 なかった。




 それでも実家があるって安心感と

 思っていたが、

 核家族で過ごしていた方が楽だったと

 思い出した。



 辛いことがあると

 それさえも忘れてしまうようだ。



 絵里香は福島に引っ越しても

 過去から逃げることはできても

 育児の大変さは変わりないだろうと

 改めて感じた。



 頼みの綱である両親に

 孫を見るという気持ちは

 これっぽっちも持ち合わせて

 いないのだ。

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