第20話

「忘れものない?」



 晃は車のトランクを閉めた。



 2泊3日の小旅行。

 榊原家とっての生まれて初めての

 旅行だった。

 いつも忙しくて、夏休みの長期休みは

 日帰り温泉やプール、海水浴で

 済ませていて、

 ゆっくり泊まりなんてできなかった。



 旅行ではないが、泊まったと言えば、

 塁が生まれてすぐに黄疸の検査に

 ひっかかり、入院した時は、さすがに

 長女の瑠美は一緒に病院に入院は

 難しかったため、福島にいる絵里香の

 実家に頼り、瑠美だけ泊めていた。



 晃は単身赴任のような形で自宅に

 ひとり過ごしていた。



 瑠美は、おばあちゃんの家に

 1人送り込まれ、寂しい思いをさせた

 記憶がある。



 その時以来、

 実家に帰っていなかった。


 年末年始もお盆も普通に仕事で

 高齢でも仕事している母の予定と

 合わないことが多く

 会う機会を失っていた。



 今回、連絡なしに驚かせようと

 仙台の菓子折りを持って、

 実家に行ってみようということに

 なった。


 絵里香の母は、

 抹茶クリーム味の大福が大好物

 だった。



 きっと喜ぶだろうと心躍らせて、

 車に荷物を積む。



 大きなキャリーバック2つと

 瑠美と塁の好きなおもちゃやゲーム、

 スマホやゲームの充電器をバックに

 入れた。



「瑠美と塁の着替え袋入れた?」



「どこにあんの?」



「クローゼットに

 いつもまとめて

 置いてるよ。

 中身確認してないから見て。

 上のシャツとインナーと

 パンツと靴下。

 あと、

 粗相した時用にビニール袋を

 たっぷり入れておいて。」



「…マジ、要求多すぎ…。

 自分で用意しろよ。」



「はぁ?!

 それくらいしてくれても

 いいでしょう。

 いつも外出や通院するとき

 私、全部やってるんだから、

 休みの日くらいやっても

 バチ当たらないよ?」



「はいはい。

 んじゃ、着替えのものは 

 入れるから

 トランクに運ぶくらいは

 できるでしょう。」



 ブツブツ文句を言いなから、

 晃は必要なものを袋に詰め込む。


 結局、絵里香の言いなりだ。


 文句を言っても却下されることが

 ほとんどだ。

 

 だから、話すのも疲れて

 黙っておくと

 今度はずっと黙っているのはずるい

 って言われる。


 女ってわからない。


 ああいえば、こういう。


 何をしても何を言っても満足しない。


 どうしたらいいんだよと

 腹が立つ。



 ずっとスマホ画面で

 ゲームや、小説、漫画

 YouTubeのゲームや

 パチスロ実況、

 ネットニュースを見て、

 現実から逃げている晃。

  

 絵里香が注意すると今度は

 タバコを吸いに行く。

 

 そういうことじゃない。


 子どものこと見てほしいのに

 ぼーとするだけで何も対応しない。


 その“見てる“ではない。


 ずっと母親の絵里香ばかりの対応。


 やっと意味がわかって相手したかと

 思うとスイッチが入ったように

 子どもたちに

 脇や足をこちょこちょ攻撃をして、

 子どもに本当に嫌がられている。

 

 はじめは面白くてもっとやってって

 度がすぎて泣き始める。


 相手するって他にもあるでしょうがと 

 ツッコミどころありすぎている。



 ため息をつきながら、

 絵里香は忘れていた荷物を

 トランクに積んだ。


「ほら、そろそろ行くよ。

 本当に今度こそ、忘れ物ないよね?」



「うん、大丈夫!」

 

 塁が返事する。


 瑠美は好きな本を読みながら、

 後部座席に乗り込む。


「瑠美は?歩きながら本読むと

 危ないよ?」


「うん、もう車にあるよ。」


「大丈夫なら、いくよ?」


 晃が声をかける。


 車を進めて、

 高速インターに

 差し掛かろうとした頃、

 絵里香は叫ぶ。



「あ、財布忘れた!!

 リビングの机におきっぱなしだ。」



「マジかよ。

 今ならギリギリ戻れるよ。」



「んじゃ、今回の旅行は晃の財布から

 ってことで。」


「俺、財布に

 3千円しか入ってないよ?」


「んじゃキャッスレス決済ってことで

 クレジットカードとか、

 バーコード決済しちゃお。」


「いや、現金も必要だよ。

 多少。

 ガソリン入れるとき

 ポイント貯めてるって

 言ってたでしょう。

 そのカードも財布じゃないの?」



「うん。そうだよ。」



「だって面倒なんだもん。」



「ほら、戻るから、取りに行こうよ。」



「仕方ないなぁ。」



「てか、運転するのは俺だけど…。」



 晃は助手席に腕を回して

 車をバックさせ、来た道を戻った。



「これこれ。

 車運転するときの

 なんかモテる仕草らしいよね?」


「はいはい。」


 拍子抜けして、ため息をつく晃。

 忘れものをして、がっかりなのか

 嬉しいのかよくわからない絵里香に

 呆れていた。



 瑠美と塁は

 ワイヤレスイヤホンをつけて

 早速携帯ゲームを

 堪能していた。


「お母さん!! インターネットを

 つないでよ。

 ケータイの設定変えてー。」


「えー。お母さんの電池すぐ

 無くなっちゃうよ?」


「私もつないでほしい。」


 そう言いながら、絵里香はスマホの

 インターネット共有をオンに

 設定した。


 外出先でテザリング設定をしながら

 ゲーム機の通信機能を繋げる。

 世界のお友達と遊ぶのが

 2人にとっては必須のようだ。


 必ず4人パーティを作ってやらないと

 いけない色塗りバトルにハマる2人。


 もちろんそれは、車の中でも同じ。


 もう、昔のように家族全員での

 しりとりや連想ゲームでは

 飽きてしまう。


 ゲームに飽きると晃と同じで

 YouTubeを見て楽しんでいる。


「親の声より、画面から出てくる

 声の方が興味あるって何か切ない。

 小さい頃は、何がなんでも

 ママ、パパ言ってたのにな。」



「そんなこと言って、

 スマホやYouTubeを預けたのは

 誰だよ。」



「確かに……私だけどさ。

 親だってスマホばかり見てるから

 ダメとか言えないもんね。

 ラインとかネットニュースとか

 見ちゃうし。」


「いいんじゃないの?

 昔みたいにご近所の友達集まって

 遊ぶって少なくなってる世の中

 なんだから人間同士繋がれるところが

 あるだけでも、助かるっしょ。

 やりすぎはよくないけど、

 いつかは飽きが来るって。

 なんでもそうじゃん。

 ゲームだって、

 ずっとしてるわけじゃないから。」



「……もっと遊んであげたいって思うの。

 公園連れてくとか、遊園地とかさ。 

 親心子知らずなんだけどさ。

 私の体力が続かないってことも

 あるけど。

 仕事しながらは無理だわ。」



「仕事やめたんだから、いいだろ。

 好きなところ連れて行けよ。

 そういや、スイミングどうするの?

 習い事させてたよね。瑠美の方。」



「あー、もう、辞めさせないとね。

 手続き取らないと。

 忘れてた。

 引っ越ししたら、学校に慣れるまで

 時間かかるだろうから

 習い事は

 落ち着いたらでいいよね。」


「それは瑠美次第じゃないの。」


 運転しながら、晃は答えた。

 絵里香は手持ち無沙汰で

 普段言えないことを

 次から次へと滝のように

 話し出す。


 普段どれだけ夫婦会話をして

 いなかったんだと

 思い出した。


 会話不足だったんだろうな。


 1日の流れのミッションを

 こなすだけで手一杯で

 あれやってこれやってしか

 言っていない気がする。



 まともな会話って

 子どもたちが生まれる前くらいは

 2人の時間がたっぷり

 合ったから、

 仲睦まじい関係性を

 築けていたのかもしれない。


 実家近くに引っ越して果たして

 家族を平穏に過ごせるのかと

 考えていた。








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