第10話

 

 医務室へ塁を連れて行き、どうにか絆創膏を貼ってもらい、落ち着いた。


 またプールサイドに戻り、瑠美を迎えに行こうとした晃は、広いプールの方に人だかりが出来ているのが気になった。監視員の人が行ったり来たりするのが見える。


 何かが起きたのかと様子を伺うと、野次馬をかき分けて中を見ると瑠美が横たわって、監視員の1人に救護されているのが、見えた。

 晃は血相を変えてそばにかけよった。



「瑠美、瑠美!俺だ、わかるか?」


返答がない。



「この子のお父さんですか?」



 プール監視員の男性に声をかけられる。応答がないため、急遽、気道を確保して呼吸を確保し、脈をチェックしているが、明らかに弱々しく、肺呼吸も怪しかった。



「救急車! 誰か救急車、呼んでもらってもいいですか?」



「はい、わかりました。私が呼びます!」



 プール監視員の、もう1人の女性がスマホですぐに救急車を呼ぶ。


 呼吸が浅かったため、気道確保しつつ、人工呼吸をした。呼吸がもどってこない。


 プールの中で、排水溝に足を引っ掛けて、溺れていたのを、助けたようだか、大量に水を飲んでしまったらしく、呼吸もままならないようだ。



 心臓マッサージも行われていた。


 晃はどうしたらよいか分からず、ただただ、塁と一緒に見守るしかできなかった。



 プール受付スタッフがAEDの機械を見つけて持ってきた。



「これ、使ってください!救急車、まだ来てないので。」


「助かった。感電するのでみなさん離れてください。」



 音声と共に電気が走る。まだ

意識が戻ってないようだ。そうこうしているうちに担架を持った救急士が2人が、プールサイドにあらわれた。


 

 テキパキとこなして、もう一度、人工呼吸を、試みたが、変化はなし。


 肺を使って呼吸をしているか膨らみを確認するが、動いてないのを確認すると一気に危機感を感じた救急士2人は担架に乗せて、救急車の中で処置をしましょうということになった。



 かすかに脈はある。

 


 一刻を争う。


 晃と塁は、

 救急車の中に一緒に乗り込んだ。

 

  

 晃は状況が信じられず、瑠美が死んでしまうという不安にかられた。

  

 自分の行動に後悔した。

 

 大きな声を出して呼びかけた。



「瑠美!!戻ってこい!!」


「お姉ちゃん!!!」


 

 いつも名前で呼び捨てする塁はこう言う時はお姉ちゃんと言うらしい。


 声に反応したのか、ブハァという声を出して、息を吹き返した。声と共に体の中に入っていた水も出した。


 体を横にして今まで我慢していたかのように呼吸を早く繰り返していた。今度はそのまま過呼吸になり始めた。


 息をしなきゃ、死んじゃうという気持ちが大きく出て、慌てていた。


 救急士の1人は、茶色い紙袋を取り出した。酸素マスクを外し、瑠美の口に当て、ゆっくり吐くように促した。


「大丈夫だよ。ゆっくり吐いてね。……そうそう。」


 瑠美は泣きながら、ハカハカしていた呼吸をゆっくりと息の仕方を変更した。


「瑠美、お父さんここにいるよ!!」


「お姉ちゃん、よかったヨォー。起きたよぉ~。ずっと目覚さないと思ったよーーー。わーーーー。」



 塁は大きな声でギャーギャー泣いていた。晃も少し頬に涙をためていた。



「症状が落ち着きましたね。かかりつけの病院はありますか?もしなければ、こちらで判断して、近くの病院に問い合わせますが、よろしいでしょうか?」



「緊急性はなくなったってことですよね。良かった。」



「そうですね。ただ、今大丈夫でも苦しくなることもあるので、しっかり様子見ててください。乾性溺水や二次溺水という状態もあります。あとは病院の先生の指示にしたがってくださいね。」



「はい、わかりました。ありがとうござ

います。」



 晃は瑠美の手をしっかり握って、救急車の中で安堵した。意識が戻って良かったと心の底から思った。


 病院に着いてすぐに、絵里香に電話した。


 今、瑠美と塁を連れて病院に来ていることを伝えた。


 診察を終えると、入院するほどではなく、点滴をして、様子をみましょうとのことだった。


 特に今の状態は健康そのものだったらしい。



 呼吸をできるようになって、血液を順調に運ぶことができているようだ。


 


 電話を聞いた絵里香は、店長に無理を言って、仕事を抜け出し、瑠美のいる病院に駆けつけた。


外来の処置室で点滴を施されいた。



すやすやと瑠美は眠っている。



 ベッドの脇には晃と塁が座っていた。塁は暇つぶしに晃のスマホを借りてYouTubeを見ていた。晃は絵里香が来たことに気づいた。



「絵里香、ごめん。仕事中に、呼び出して……。瑠美が危なかったんだよね。救急士さんたちの甲斐があって一命とりとめてさ…。」


 立ち上がった晃の頬をバシッと思いっきり叩く絵里香。



「一緒にプールに行ってて、どこを見ていたのよ!! あなたの行動がこんな風に子どもたちを苦しめるのよ!!わかってる?!」



 頬を叩かれた晃は自分の叩かれた頬をおさえて呆然とする。何も言えなかった。全くのその通りだと思った。



「大体予測がつくわよ。どーせ、子どもたちがプールで遊んでいる時、若いママさんとか仲良くなったりして、全然見てなかったんでしょう!? 前に私たち4人で行った海水浴だって、同じ感じだったわ。家族で行ってるのに、他の女の人のことばかり目についてさ。」



 処置室でお仕事をしていた看護師2人も修羅場だと思い、そっとその場を離れていく。



「ねぇねぇ、夫婦喧嘩してるわよ。」


「本当にね。」



 小さな声だったにも関わらず、晃はしっかりと聞こえていた。


「なぁ、絵里香、ここじゃないところで…。」



「ほら、そうやって世間体ばかり気にして、家族のことなんて後回しじゃない。」



「な?! あのなぁ、言わせてもらうけど、常識ってあるんだろう?世間体の前に、人前で騒がないとか、静かにするとか、親に指導されなかったのか?話をするなら俺ら2人で十分だろ。他の人に聞かせるもんじゃねーだろ。」



「何それ、急に親の話…。育った環境違うんだから、違うのは当たり前でしょう。言いたくなったから言ったまでよ。あとどれくらいでこの点滴終わるの?」



「……あと1時間だって。」



「んじゃ、あなた、瑠美と一緒に帰ってきてね。責任持って親の勤めをやってよ。塁、ほら、行くよ。ここでずっとそれ見てる必要はないよ。」



「うん。お母さん、お腹すいたぁ。」



「そうだよね。お父さん、塁のことを考えないんだから、困ったさんだよね。」


 瑠美と塁は、父の晃には素直に気持ちを言えない。  

 

 言っても叶えてくれないことの方が

 多いため、我慢している。

 

 そうなると、

 自動的に母の絵里香にしか

 要求しなくなってくる。


 子どもの受け皿は


 すべて母親側になる。

 

 疲労困憊するはずだ。


 生まれてすぐは、

 イクメンとして、オムツ交換、

 ミルク、あやしなど

 一生懸命やってくれていたのに、

 大きくなってから、


 自分自身の育てられ方に

 ギャップを感じるのか

 育児書という

 教科書があっても

 適当にしかやってくれない。


 

 

「わかったよ。救急車乗ってきてしまったから、車スイミングセンターに置いてきたよ。タクシーで移動してもいいよね。」


「え、そうなの?タクシー代、バカになならないじゃない。ちょっと待って…。」



 絵里香は近くにいた看護師に声をかけて、抜け出してもいいか確認したら、大丈夫とのことだった。


「晃、今から、スイミングセンターまで送るからまた病院に来てもらえる?看護師さんたち、瑠美のこと見ててくれるって。すぐ戻ってくるからって言ってたから。ここからだと、30分前後で戻れるでしょう。」


「…うん。んじゃ、車は運転するから鍵貸してよ。」


 絵里香はバックから鍵を取り出して、渡した。



「すいません、よろしくお願いします。」



 声をかけて、処置室を後にした。

 塁はお腹減ったと駄々をこね始めた。病院内にあるコンビニに立ち寄り、適当におにぎりと飲み物を買って絵里香の車に乗り込んだ。


 いつも乗る助手席にはあえて乗らずに後部座席に塁と2人で座った。


 ブツブツ文句を言いながら、晃は車のエンジンをかけた。


 電子タバコを吸いたくてむずむずする。


「タバコは自分の車に乗ってからにしてよ!!臭いから。」


「はいはい。わかってます。」


「ほら、塁、おにぎり、鮭でいい?」



「うん。鮭がいい。」


 矢印の方向にビニールをひっぱっておにぎりを塁に渡した。


 たくさんプールで泳いでお腹が空いていたようだ。


 晃はお昼ごはんのことさえも忘れるくらい瑠美のことで余裕がなかったようだ。


 子どもは1人じゃない。

 2人いるんだ。


 確かに瑠美のことは死にそうになるくらい大変だったなのはわかる。


 こっちの気持ちも双方向に考えてあげないといけないんだ。


 両方を考えられずに片方がグレたという話も聞いたことがある。



 本当に子育ては予期せぬことが起こるものだ。


 晃は、スイミングセンターの駐車場に降りて、自分の車に駆け寄った。


 絵里香は運転席に乗り換えて、自宅へと車を進めた。



 塁は、ご飯を食べ終えると疲れたのか、いびきをかいて眠っている。


 空では東の方へ進む飛行機が雲をえがいていた。


明日はきっと雨が降るんだろうか。















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