第8話
「課長? そろそろ出ません?」
小松は化粧やヘアスタイルを整えて、帰り支度を終えた。
晃はあれから汚れたワイシャツをどうにか乾かして、袖を通した。上からジャケットを着て、誤魔化した。
ワイシャツの汚れが完全に落ちたわけじゃない。
ジャケットを着てしまえば、どうにか見えないだろうとたかをくくって部屋を出た。
時刻は午前5時。仮眠を多少とっていたため、酔いも覚めた。服も乾いたということもあり、帰る準備を始めた2人。
忘れ物確認をして、バックを手に取った。
「忘れ物ないよな。んじゃ、出るか。」
靴べらでシューズを履いて、外を出た。
晃はタクシーを拾って、小松を隣同士後部座席に乗せる。
「小松ってウチどのへん?先におりていいから。」
「あ、えっと、東仙台駅の近くです。」
「あぁ、あの辺ね。わかった。運転手さん、東仙台駅までお願いします。」
「はい、かしこまりました。東仙台駅に向かいます。」
タクシーの運転手は、無線を使って本部に連絡する。シフトレバーをDに変えて、発車した。
タクシーが小松の住むアパート付近に到着する頃がには朝日がのぼり始めていた。
手を振って、別れを告げると、晃は運転手に目的地の自宅の住所を伝えて、タクシーを進めた。
東仙台駅から約23分。
仙台市青葉区にある2LDKのアパートに榊原家は存在した。
タクシー運賃は約3000円。随分と贅沢なご帰宅だと絵里香から嫌味を言われそうだ。しかも時刻は午前6時。
朝帰りも朝日が登った後だ。
「……。」
晃は音を静かに玄関のドアを開けた。
抜き足差し足で入るが、トイレから出てきた絵里香に気づかなかった。殺気立ったオーラが背中で感じ取れる。
「今何時だと思ってるの?」
「え…午前6時ですね。」
「…あなたの職場に夜勤って言うシフトはいつからできたんですか?」
「えっと、昨日から…。」
ボフッと鈍い音がして、腹をパンチされた晃。
避けきれずに思いっきり入った。
「ばかやろ~。そんなのあるわけないだろうが!! 汗臭いからさっさとシャワーで流して!!私、これから出勤なんだけど!!!子どもたち見るのは今日あんただかんね!」
「…つぅ…。すいません。今急いで流してきます…。」
荷物を奥の部屋に慌てて持って行き、着替えの服をささっと選んで急いでお風呂場へ向かった。冷や汗が止まらない。
こんなふうに朝帰りするのは初めてではある。
腹パンチで許してほしいとは思ってないが、何だか逆に潔く感じた。
あとで仕事から帰ってきたらコンコンと説教されるのだろうかと不安になりながら、シャワーをして汗を流す。
確かにお風呂に入ってきたのに寝ている間に汗をかいていたのか、全然良い匂いはしない。自分でもわかる。
逆にこの汗の匂いがあってよかったと安堵する。
晃がシャワーしている間に、絵里香は洗濯ものの確認をすると、バックの中から不思議なものを見つけた。
小さなトルコ石のピアスが晃のバックに奥の奥に入っていた。自分、こんなもの持っていたっけと、自分を疑う絵里香。
じっと見つめて、思い出す。
確かに何十年前に誕生日プレゼントに貰った覚えはある。
ドレッサーの近くに置いていたアクセサリーケースに入っているピアスを確認する。確かにトルコ石はあって、1組、揃っていた。しかも全く同じデザイン。
2個も買ったかなと疑問符を浮かべる。これは片方しかない。
そうこうしているうちに、シャワーを終えた晃が出てきた。頭から足先まで順々にタオルに拭いていた。
「ねぇ、これって、私の?」
絵里香はピアスを見せた。
晃はタオルからピアスを見て、さっと目を逸らして、歯を磨こうとする。
突然の口の中の違和感をかき消したかった。
「ちょっと、これ誰の?」
「あぁ、それ?俺のじゃない? ほら、忘年会とかで女装ダンスするし。」
「今、夏ですけど?」
「あぁー、昨日は飲み会ですしね。余興はありませんでしたが…。」
裸のまま、うがいを終えて、ドライヤーを取り出して髪を乾かす。
パンツを履くのを忘れるくらい動作がおかしい。
まず、パンツだろと絵里香に指さされる。
「黒だな。」
「は?俺は、肌色だ。ほら、みろ。」
「勝手に言ってろ。私はもう行くから。子どもたち起こして、日中プールにでも連れてってね!!帰ってきてから話あるから。」
「へいへい。」
ワシャワシャとしながら、ドライヤーを続ける。
絵里香はそのまま、荷物や鍵、スマホを持って、家を出た。
駐車場に停めておいた軽自動車にエンジンをかけて、あっという間にいなくなった。
「瑠美、塁。ほら、プール行くから。起きて!」
「え、何?プール?嘘、やったー。」
「えー、僕泳げないから行きたくなーい。」
2段ベットで寝ていた2人。
上は姉の瑠美、下は塁で、どちらも寝ぼけ眼だった。
塁の方は行く気がないようで、寝返りを打って、また寝ようとする。
瑠美はやる気満々。2人の温度差に両親とも手を焼いている。
どちらの意見も尊重したいが、できないこともあり、どちらかが我慢しないといけない。
それが、親にとっても子供にとっても苦痛だった。
どちらの望みも叶えられない。時々合うこれやりたいが嬉しかったりする。
「塁、塁が行かないと瑠美も行けないから。俺がずっと一緒におんぶして泳ぐからそれじゃダメなの?お留守番できないでしょう。」
「やだって言ってるじゃん。」
「塁、行くんだよ。ほら!!」
瑠美は必死に連れて行こうとする。
「何をしたら、一緒に行ってくれるの?」
「そうだなぁ。プール終わったら、僕と一緒にゲームしてくれたらいいよ。」
「えー、だって、塁、いつもゲームやってる最中にリスポーンするじゃん。あれ、ヤダもん。せっかくやってるのすぐリセットするし。」
「しないよ!!瑠美が悪いんでしょう。こっち来てって言ってるのに来てくれないから。だから、僕リスポーンするの。そしたら、怒るし。」
「あー、めんどくさい。塁、1人でやりなさいよ。」
「んじゃ、プール行かないもん。」
姉弟の喧嘩が繰り返される。
堂々巡りだ。
「あああああーーーー。お父さん!!どうにかして。」
「わかった。んじゃ、塁、プール終わったら、プロモンセンター行こう。ぬいぐるみ貯金たまったって言ってたじゃん。買いに行こう。」
「あ!そうだった。僕、あのぬいぐるみ欲しいって言ってて、この間貯まってさ。やっと買えるって先週言ってたんだった。そうだそうだ。お父さん、絶対連れてってよぉ。」
よいしょとベッドから起き上がって、塁はバックの中から財布を取り出した。
お金が貯まってることを確認して気持ちがホクホクしていた。
「やった。買えるんだ。そうだった。」
ご機嫌になってきた塁。
プールのことは何も言わないが、自分でプールバックに自分の水着と巻きタオルとフェイスタオルとゴーグルをポイポイ入れていた。
瑠美も嬉しそうだった。
「私もそういや、ぬいぐるみ貯金貯まってたんだ。楽しみだなぁ。」
瑠美と塁は腕を組んでぐるぐる回り始めた。
何とか落ち着いた2人。
晃はため息をついて、食卓に適当にパンやおにぎりを出して、牛乳をコップに注いだ。
軽く朝ごはんを食べて、キースタンドにかけていた車の鍵を出して、ルンルン気分の2人を引き連れて、玄関を後にした。
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