第2話


「絵里香さーん、幼稚園の先生から電話です。」


 新人パートの井上が、たまたまサービスカウンターの担当になったらしく、長男の塁が通っている幼稚園から電話が入った。


 幼稚園の決まりで37.5度以上になると必ず迎えという決まりがある。ただ、今回は熱はなくても感染疑いがあるかもしれない嘔吐ということですぐに迎えに来てくださいとの話だった。


 まだ出勤して15分も経たない時なのに、体のエンジンからこれからかかる時にこんな調子。


 幼稚園の電話は恐怖でしかない。

 子どものことを大切にしなきゃいけないことがわかっているが、フルパートだとまるまる休むと給料にも響く。


 死活問題でもある。


 世界で流行った風邪にかかった時なんて、生きた心地がしなかった。1人でもかかると、疑いの恐れがあるため、家族全員仕事も学校、幼稚園を休まないといけない。夫の職場は正社員のため、後から緊急補助手当のような給料に追加分を入れてくれるか、絵里香はパートであって、そんな保障は少ない。


 


 家族全員、医療保険をかけていて、数ヶ月前まではかかっただけで、手続きすればすぐに振り込みされたのだが、その風邪が落ち着いた頃には保障は無くなっていて、本当にこれからどうしようと路頭に迷いそうになった。




 県の発熱センターに登録すると、3日分の生活用品が無料で宅急便が送られてきた。宅配員には、変な目で見られつつも、受け取ったが、嫌な気分がした。



 ダンボールの中身は果物の缶詰とサバ缶が数個、キッチンタオル、トイレットペーパー、ティッシュペーパー、お手軽に食べられるゼリー飲料のラムネ味、たまご、梅のおかゆパウチなど、大人なら喜んで食べるかもしれないが、小さい子たちにとってはどれも好んで食べられない。結局、3000円相当の食材は防災用に引き出しの中に閉まってすぐには食べられなかった。


 そういう状況が過ぎ去って、今は、具合悪くても普通に買い物できるし、病院にも通院できる。


 それが何よりも救いだった。



 そして、なぜか両親ともに仕事してるのにいつも母親の方ばかりに電話がかかる。確かに母の愛は偉大なのだが、代わってくれても良いのにといつも思う。親はもう1人いるんですよってなんで気づかない。こういう時ばかり、男女差別されるって理不尽でしかない。


 ため息をつきながら、更衣室で仕事着から私服に着替えて、塁の通う幼稚園に向かう。



「お母さーーん。気持ち悪い~。」




「お忙しいところ、お迎えありがとうございます。塁くん、登園してすぐに嘔吐してしまいまして、お洋服汚してしまいました。汚れた服はビニール袋に入れておきましたので、後日、新しいお着替え持ってきてくださいね。お熱はないようなので、様子見ててください。お母さんが来て、今やっと喋り始めました。さっきまではずっとだんまりだったんですよぉ。」



 担任の小堺先生は丁寧で優しい。的確に返答もくれる。絵里香は安心して任せられる先生だと思っている。



「いつもすいません。床とか汚しちゃいましたよね。手間とらせてしまって、申し訳ないです。熱はないのは安心ですね。様子見て、ゆっくり休ませます。ありがとうございました。」



 絵里香は、荷物を預かると、塁の手を繋いで、車の方へ急ぐ。


 思ったよりもバックが膨れていた。



「お母さん、来るの遅い~。」


 

 車の助手席のジュニアシートに座らせた。



「塁、あと帰るから。シートベルト締めるよ。ほら、座って。」



「はーい。」



「ウチ帰っても具合悪いんだから、ゲームは無しだからね。ゆっくり体休めるんだよ。」


「えー。お家なんだからいいんでしょう。ゲームしても疲れないから大丈夫。」


「そういう問題じゃないでしょう。言うこと聞かない子どうなるでしょうか?」



「え?鬼から電話でも来る?」



「それもありかな。他には?」



「えっと、こちょこちょ攻撃?」



「んー、薄いなぁ。他は?」



「大好きなチョコは無し?」



「うん。そうだね。それが1番妥当な感じ。」




「えーーーやだ。チョコ食べるもん。」





「嘔吐した人がよく言うよ。ウチついたらしっかり休むこと!!それがお母さんとお約束ね。」



「ぶぅー。」




「それにしても、熱はないのに、なんで嘔吐しちゃったんだろう。朝ごはんに食べたポテトサラダが悪くなってたかな?食中毒か…熱中症かな。」



「僕もわからない。急にオエっとなった。でも、出したらすっきりしたけどね。」



「え、さっき気持ち悪いって言ってたじゃん。」



「え、あれは嘘だよ。」



「は?!嘘? んじゃ、もう1回幼稚園に…。」



「いやいや、嘘じゃないよ。嘔吐したのは本当だよ。今はスッキリして、大丈夫ってこと。」



「はいはい。そうですか。」



 こうやって息子との会話する労力も楽しんでやれればいいのだが、疲れていると会話さえ疲れるときもある。


 誰の助けを得たらいいのやら、助けてくれる人もいないのに。



 育児に休みはない。


 休日にもつまんない攻撃の嵐で


 外行きたい。


 買い物したい。どこか行きたい。


 公園行きたい。


 お金も持ってないのに、お母さんのお金でとかいう。



 要求はいつまでも続く。


 これが、生まれたての赤ちゃんであれば話せずに、ただ泣くだけで、ミルクか母乳か、あやしかオムツかを要求する。



それが言葉を話せるようになると少し黙っててと言いたくなるくらい騒がしい。



うるさい静かにしてと言っても焼け石に水。きょうだい喧嘩が勃発する。


それを夫はわかっているのかシフトで日曜日にパートが入ると、ずっと自分はスマホでゲームをして、同じように子どもたちはゲーム機と睨めっこ。


 どうして、私と一緒にいるときみたいに外行きたいとか言わないのか。父親にもわがまま言ってみなさいよと腹が立って仕方ない。


大半のママ友に相談してもどこも一緒だよと同意してくれるが、それでいいのかと自問自答したくなる。



 健全な子育てをしたいと思っても夫に崩される。



 親子の在り方が、母親といる時と父親といる時と全然きっと違うんだ。



 いつになったら、愛妻の日が訪れるのか。


 

 上げ膳据え膳で食べられる日が来るのか。



 ただ、休んでいるだけなのに、ソファでゲームをされてるだけでイライラするのはなぜだろう。私も同じ格好でいたら、きっと文句言われるはずなんだ。


 どうして、こうも男女で生活が違うのか。



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