僕は、ここにいる

「僕は、ここにいる」その少年はそう考えながらひたすら文を書いていた。


「僕は、ここにいる」この事実をほかの人たちは、知っているのか。


「僕は、ここにいる」このことを発しなければいけない。


「僕は、7年前からここにいる」みんな見てくれ、僕はいる。


体が重いし、縛りつけられたかのように身動きがとれない。


「僕は、ここで生きているんだ」





「耳人形さん、だいたいそうだな、6、7年前からこの家の2階から夜な夜な鉛筆で、カチッ、カチッ、と机に先を当てる音がするんです。


噂によると、たいそう勉強が好きだった子が、この近くで交通事故で亡くなった、とのことです。」


その年配の男は、顔を近づけてきた。

「もしかして、地縛霊とかでしょうか。あぁ気味が悪い。」


耳人形は、少し嫌な印象を抱いたが、誰だってその手の話は背筋が寒くなるものだ。


ピンポーン


インターホンがなった。


「いや、いや、」と言って男が、ドアの外を見た。


「また、お漬物のおばさんかい」

ドアを開けるとそこには、優しそうなお年寄りがいた。


耳人形も「こんにちわ」と顔を出した。


「はい、これはお供えもの用のぼたもち。

あの子、このぼたもち好きだったんだけどね〜」


耳人形は、その言葉を聞くと「おじさん、失礼ですがここに住まわれてどれ位になりますか。」と思いきって尋ねた。


「うーん...」男は黙り込んだ。


「え、お二人ともどうかしなさいましたか?」


「実は、耳人形さんに謝らなきゃいけない。

いや、本当にすまない。

実は、引っ越してきて2ヶ月なんですよ。

なんせ、この物件の不動産屋が安いって押して来てね。それでついつい。」


耳人形は、ぼたもちをじっと見ると、

「見ただけで、美味しそうなぼたもちだ。

あの子もそう思っているはずです。」

とそのおばちゃんに伝えた。


その時、どこからともなく風が吹いた。


以後、鉛筆の音は夜に聞こえなくなったという。

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