6、パーティの夜、あなたと

 パーティの夜。

 地上はきらびやかに照らされていた。

 黒や藍色といった複雑な色合いを魅せる幻想的な天空には、星々がきらきらと輝いている。


 シルフリット殿下にエスコートされて、エヴァンジェリン――私は絢爛豪華けんらんごうかな会場の薔薇色のカーペットの上を進む。優雅に、堂々と。


 視線が前からも後ろからも寄せられている。

 いつもはあまり良い感情ではない視線が、今夜は好意的な温度感。


 私が前世を思い出して変わったから。

 そして、殿下が大切そうにエスコートしてくださるからだ。


「お二人で衣装合わせをなさったのですね、素敵です」

「エヴァンジェリン様、とてもお似合いです!」

 いろいろな人に褒められて、私は嬉しくなった。

「ありがとうございます……!」

 

「公爵令嬢が変わったという噂は、本当なのだな」

「殿下はエヴァンジェリン様に夢中なのよ、見て、あの愛しそうな眼差しといったら!」 

 

 噂する声が聞こえる。

 嬉しいような恥ずかしいような気分だ。 


「ご存じ? ナタリア嬢は公爵家のご令嬢をおとしいれようとなさったのですって」

「目撃者が共犯者だったのですって」

「道理で。怪しいと思っていたんだ」

  

 ひそひそ話がとても気になる。


「どんな教育を受けているんだ」

「あれは正気ではないな」

 貴族たちが顔をしかめている。

「処刑されるのですって」

「当然ですわ。恐ろしい。毒を自分で飲んで誰かに毒殺の罪を着せようとするなんて」


(あ、れ? ナタリア?) 

 私には何が起きたのかわからないけれど、現実は前世の記憶と違う展開を迎えたようで、ナタリアの居場所は、もう貴族社会にはない様子だった。

 それどころか、ナタリアは処刑されるらしい。


 

「エヴァンジェリン、ダンスを踊ろう?」

 シルフリット殿下は私の気を引くように柔らかに微笑んで、ダンスに誘ってくださった。 

  

 ダンスフロアに宮廷楽団が演奏する音楽が響き渡る。

 ワルツを踊る貴婦人のドレスが揺れるさまは、色とりどりの花が咲き乱れる花園のよう。


 シルフリット殿下のリードは、とても気遣いにあふれている。

 優しくて頼もしくて、踊りやすい。

 

 殿下の耳を私が贈った真っ赤なルビーが飾っている。

 もちろん、私の耳にはアメシストが煌めいている。

 お互いの色を飾り合う特別な感じが、嬉しい。

 

「疑ったりしてごめんね。真っ先に君を信じて守ってあげないといけなかったのに、私は愚かだった」

「い、いいえ……っ」

「ナタリア嬢にざまぁノートを渡してみたんだ。そこから本格的に調査をして、父上に報告したんだよ」

「そうだったのですね」


 ダンスフロアで踊っているペアは、どのペアも仲睦まじそうで、微笑ましい。

 私たちも、他の方々からみたらあんな風に仲睦まじく見えるのかしら。


「私も、今まで殿下にご迷惑をおかけする振る舞いが多かったと思うのです。すみませんでした」

「そんな顔をしないで、エヴァンジェリン」

 思い返すと、過去の自分っていろいろと恥ずかしい。

 私がそう打ち明けると、シルフリット殿下は切なそうな眼差しで私を見つめた。

 この殿下は、こんな風に優しさと愛情の伝わる目で私を見てくださるのだ。

 

「浅い表面の部分だけをみて、君の良いところを知ろうとしなかった私も悪いと思う。婚約者なのだから、もっと歩み寄るべきだったんだ」

 

 リズムに合わせて二人、一緒に体を揺らして。

 ダンスフロアを泳ぐように、ゆっくりゆったり、移動する。

 踊るうちに、過去のわだかまりが、じっくりと溶けていくみたい。


「君のことが好きだよ」

 

 春の陽だまりのような、見る者の心をとろかす柔らかな笑顔が咲く。

 その声が、甘く優しく私の耳朶じだを痺れさせる。


「君の良いところも悪いところも知って、全部が素敵だよと抱きしめて、……君を守りたい。幸せにしたい」

 

 シルフリット殿下は優しく手を取って、婚約指輪が光輝く指先に幸せなキスを贈ってくれた。

 

 ああ、お化粧が崩れちゃう。泣いちゃだめ。

 けれど、心が揺れて、涙がこぼれてしまいそう。


「わ――私も、お慕いしています」

 ずっと、ずっとです。


「……好きです」

 私の声は甘やかな喜びの震えを含みながら、シルフリット殿下に届いた。

 

 ダンスの曲が止む。いつの間にか、フロアには私たちだけになっていた。そして、やり取りを見守られていたみたい。


「愛し合うお二人に祝福を!」

「特別なお二人に拍手を!」

 周囲の人々の喝采かっさいが鳴り響く。拍手してくれている。

 祝福されている。

 

 ……これは、原作だと「悪役令嬢が断罪されたあと、周囲の人たちが勝手に盛り上がって王子とナタリアを恋仲のように扱い、二人が互いを意識する」というシーンに似ている。

 原作のシルフリットは困ったように恥じらい、「私と彼女はそんな仲ではないよ」と言うのだ。

 

 現実、現在のシルフリットは。

「皆、祝福してくれてありがとう。私は彼女を心から愛していて幸せにするつもりであるのだと、ここにいる全員に誓おう」


 みんなにそう言ってから、優しく私を抱きしめた。

 そして。

「私を好きになってくれてありがとう、エヴァンジェリン」

 誤解しようもない確かな愛情の感じられる声で。

「私と結婚してほしい」

 と、ささやいてくれた。

 

 

 そのあたたかな温もりで私は胸がいっぱいになって、その夜いちばんの幸せな笑顔を咲かせたのだった。



 


 ――HAPPY END!



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作品を読んでくださってありがとうございました。


『亡国の公主が幸せになる方法 ~序列一位の術師さん、正体隠して後宮へ』

https://kakuyomu.jp/works/16818093073133522278


新連載です。

中華後宮ファンタジーです。もし作風が合うかも、と思った方は、よければ読んでください! 

ぜひぜひよろしくお願いします( ⁎ᵕᴗᵕ⁎ )❤︎

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【完結】私のゆるふわな絵に推しの殿下が和んでくださいました ~ざまぁノートってなんですか? 朱音ゆうひ🐾 @rere_mina

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