使徒の力
「ともあれこの形は円だ。だから何かと繋がっている、のかな」
「円だから?」
「完全、循環、それから扉」
それが円のもたらすよくあるイメージだ。この手の甲の円はこの世ならぬなにかと繋がっている、のだろうか。
左手の甲に右手を重ねる。特別なものは感じない。
使徒? そもそも使徒とは何だ。通常はキリスト教における高弟を指す。けれどもあの玉は俺は神徒であると言った。神徒というのは一般にあまり聞かない言葉だが、神道に由来する言葉だ。この神が何者かはわからないが、使徒というのは関係性を示すのだろう。つまり、神の僕である俺の下にある存在、なんだろうな? なんだか馬鹿げている。
言葉尻を素直に信じれば、俺に神が使徒という名の力を与えるものだろう。力。力とはなんだ。その力の目的として思い浮かぶのは、あの玉のいうように八天閣の戦いで勝ち抜くためのものだろう。どうやって。
……俺にとっての力とは世界だ。世界を統べるのに一番必要なものは知識だ。戦いにおいても彼を知り己を知れば百戦殆からずという。何もわからなければ、何も出来ない。
力とは、世界の理を紐解く知識、だ。
ふと、円となにかが繋がった気がした。
「眉山、何か、変だ」
「変?」
「ああ。この円がどこかに繋がった気がした」
「ふうん? 何に?」
眉山は変わらず嫌そうに自身の右手に触れる。
「ともあれ、俺はこの想起を研究する。何かあれば伝えるよ」
「それよりさ、これ、消す方法ない?」
「最後の一人になれば消せるんじゃないか。なにせ神の依代だそうだし」
眉山は酷くつまらなさそうに俺を眺め、そして再び気だるく口を開く。
「やってらんないよ。誰かと戦うなんて御免だ」
眉山の言葉の意味は単純だ。眉山は誰かと戦うのが嫌なわけでも俺のように非力なわけでもなく、戦いの過程で自分に傷がつくのが純粋に嫌なのだ。
「じゃあ俺に協力しろ。俺と当たれば勝ちを譲れ。俺が唯一になれば一番にお前を不老不死にする。生き返らせないなら、お前の死体を完璧に保存する」
「……悪くないね」
眉山は窓を見たまま冷ややかに答える。
「お前にとって大切なものは……言うまでもないな」
「ああ、ここにくっついてる時点で、この円は俺の敵だ」
それは眉山の認識では、眉山の完全性を損なうものなのだろう。
「それでも一応、よく考えろ」
自室に戻って、どうするか考える。
大学図書館で調べる。何を? この仕組みと円について? けれども手がかりはこの円しかない。どう調べればよいのかも定かではない。徒労に終わるだろう。そうすると先程繋がったように感じた何かについて研究するべきか。
ちゃぶ台を広げ、左手の円に右手を重ねる。
何の神だかわからないが、これは俺に力を与えるものだ。俺が戦うための力だ。
そう思えば、たしかにこの円の奥に何かの意志があるのを感じる。
「お前は誰だ」
呼びかければ、円の奥から身じろぎをするような振動が伝わる。使徒。けれども未だ、それは茫洋としている。
「俺に何をくれる」
頭がくらくらしてきた。集中し過ぎかもしれない。
俺はこれから新月のたびに誰かと戦うらしい。神の依代となる戦いらしい。何の神だかわからないが、世界の戦争の大半は宗教に由来する。その字面は歴史から眺めても苛烈なはずだ。宗教というものは妥協がない。おそらく殲滅戦になる。
想像しろ。俺は俺のために人を殺す。もとよりそんなことはどうでもよいし、やれというなら覚悟はできる。けれども具体的に人を殺す方法を考えたことはない。
何があれば、人を殺せる。
武術の心得。それはあるにこしたことはないが、自らの肉体に依存した力は俺の肉体の貧弱さ故に効果は発揮しない。鍛錬というものは長い時間をかけて行うものだ。そうすると、即物的なものが必用となる。
殺傷力の高い武器、例えば爆弾があればどうだろう。けれどもどこで戦う。
あの白い玉は『新月のたびにここを訪れる』と言っていた。あの風の強い場所で爆弾など投げればどこに飛ぶかわからない。
そうすると武器。刀剣など使えるはずがない。奥義を得たとしてもやはり体はついてこない。体に依存しない武器。スリング。古今東西最も多くの人を殺した簡易的な武器だ。けれども相手が鎧などをまとっていた場合、確実に殺せるだろうか。
そうすると、現在の所で適する武器は銃器。先の
そこまで考えて、これまでの思考が左手の円の中に収束したような感触があり、気づけば洋弓銃の構造が頭に入っていた。
設計図、仕様書、操作方法などがひとかたまりになった一群だ。更に詳細に思い浮かべる。材料になると思い目の前のちゃぶ台と鉄瓶に触れれば、ちゃぶ台が分解されて一丁の洋弓銃が目の前に現れた。思い描いた通りのもの、に見える。これは左手の円が生み出したものであると直感的に感じる。
「これが俺の力」
そう呟いた途端、全身が奇妙に震えた。足りなかった目に見える力。求めてやまなかった人を超える力。
創造。無から有を生み出せるわけではないが、その有り様を改変する力。確かに、神の権能だろう。改めてそう思えば奇妙に世界は暖かく見えた。むず痒いような、訳の分からない感情に満たされる。これが万能感というものだろうか?
随分と気分がよいが、浸ってばかりはいられない。この力を維持し続けるには戦いに勝たなければならないのだろう。
武器以外でも作れるのだろうか。次に湧いたのはそんな疑問だった。つまりこの力は、満月のたびに訪れる戦いのためだけの限られた能力なのだろうか。
先程洋弓銃となったちゃぶ台を思い浮かべる。その構造は知るまでもなく簡単だ。傍らの箪笥にふれて求めれば、目の前に新しいちゃぶ台が湧いた。その代わり箪笥はバラバラとなり、その半分ほどの木材と乱雑に収められた衣類が放り出された。
どうやら日用品でも作れはするらしい。力は戦いに限定はされないようだ。
箪笥の残りから矢を何本か作り、壁に向かって番える。けれども引けなかった。力が足りない。やはりネックは自らの肉体の脆弱性だ。体を鍛えるのは費用対効果にあわない。他に方法がないか、もっとこの弓が絞りやすければいいのにと思い浮かべれば、頭の中の設計図に滑車が加わった。てこの原理で巻き上げる。なるほどこの方が体を鍛えるよりよほど効果が高い。
より強い弓と考えて思い浮かんだ強いケーブルの元となる材料が手元にない。入手しなければ。
……なるほど。これは便利な力だ。だからこそ何ができるか研究が必要だ。
その前に、この力に名前をつけよう。それが俺の仕事だ。
俺に知識を与える力。頭の中検索し、適切な名前を探す。広く浅く知識は持っていると自負しているが、やはり身近なのは日本神話だ。
「
名前をつければ、左手の甲の円はするりと俺の中に収まった、気がした。
そしてあっという間に一月が過ぎた夕飯時。
「眉山、本当にいらないのか」
「いらないよ。俺には使い方がわからないもの」
この一ヶ月、俺は力の把握に費やした。俺に何ができるかを。
一方で眉山は自身の力を引き出すことは一向にできなかったようだ。だから何度も武器の提供を申し出たが、断られた。確かに俺が極限まで簡易にしたとはいえ、武器を使うには一定の熟練は必要だろう。俺は知ろうと思えば、その使い方を俺の体に知らせることができた。常世思金神の知識は、結局のところ俺自身の体にも適用された。
「どうするんだ」
「さあね。なるようになるだろ。駄目だったら頼んだよ」
眉山は相変わらず窓の外を見つめ、朝よりもくっきりと反射する自らの姿を眺めている。
「俺が勝ち残るとは限らない。だから」
「青嵐が勝つよ。そのつもりだろ?」
「それはそうだが」
負けるつもりはサラサラ無い。けれども客観的な可能性が100%だと思えるほどお目出度くもない。
「大丈夫だよ。俺はお前の頭の悪さを信用している。それに俺のために何としても勝て」
やはり聞く耳はもたないらしい。断られた以上、やはり俺にはどうしようもない。眉山と会うのはひょっとしたらこれで最後なのかもしれない。けれども強制はできない。こいつの頭はものすごくわかりやすい。
じっと眺めていると漸く俺のほうを振り向き、わずかに申し訳無さそうに眉をひそめる。
「やるだけはやってみるよ」
「約束だぞ」
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