23 気付いた時にはもう手遅れ

「とりあえず、まずは紅茶が冷めないうちにシェフ特製の焼きたてアップルパイを頂きましょう」


僕の言葉にジュリオが反応する。


「何? あのヴィクター特製のか?」


「はい、そうです。ヴィクターさんが用意してくれました」


するとクレアが僕に尋ねてくる。


「ヴィクターさんというシェフのアップルパイはすごいのですか?」


「ええ。彼のアップルパイは絶品です。何しろ、彼のアップルパイの噂を何処から聞きつけたのか、王宮から依頼を受けて献上したこともあるくらいですから」


「それ以来、あいつ‥‥‥アップルパイを作るのを出し惜しみしやがって……」


ぶちぶち文句を言うジュリオ。


「でも僕と彼は友人同士ですからね。プレゼントしてもらえたのですよ」


そして二人の前に切り分けたアップルパイを置く。シナモンの香りが途端に漂う。


「まぁ、素晴らしいですわ! こんなに厚みのあるアップルパイ、私始めて見ます」


クレアが笑みを浮かべる。


「お前、ヴィクターと友人だったのか? そんなの初耳だぞ?」


何故かつまらなそうにジュリオは口を尖らせる。けれど、そこは笑みを浮かべて返答はスルーだ。


「このアップルパイはストレートティーとよく合いますよ」


二人の前でカップに紅茶を注ぎ、それぞれのテーブルの前に置く。


「クリフ様、貴方もどうぞ掛けて下さい」

「ああ、お前も座れ」


「は、はい……」


二人に着席を勧められ、僕も席に座る。丸テーブルに男女三人で座る……

何とも珍妙な光景だ。

けれど、僕はここから無に徹しよう。


「それでは、お二人とも。どうぞ僕のことはその辺に転がっている石ころか、空気だ

と思って気になさらずにお話を始めて下さい」


すると、早速ジュリオがクレアに尋ねた。


「それで、クレア嬢。先ほどの話の続きですが……何故クリフに自分のことを口止めされたのでしょうか?」


今更取り繕っても無駄なのに、丁寧な口調で質問するジュリオ。


「はい、それはお見合い相手の素の姿を見たかったからですわ。何しろ将来の伴侶となるお方ですから。……それにしても、随分女性友達が多いのですね」


「これは単なる見合いですよね? まだ将来の伴侶が決定したわけでは無いでしょう? それに僕には人望がありますからね。なので自然と女性友達が集まってくると言うわけです」


「そうでしょうか? でもここ数日の間、拝見していた限りではジュリオ様のお友達は女性しかいらっしゃらないようですが? 男性の友人はいらっしゃらないのですか?」


「いや? そんなことはありませんよ? 現にクリフは俺の大切な友人ですから。そうだよな?」


そしてジュリオは僕を見る。


「え!」


一体何を言ってるんだ? ジュリオは! いつから僕は友人になった?


「あら? クリフ様はジュリオ様の従者であって、友人とは違うのではありませんか? そうですよね? クリフ様」


「そ、それは……」


あろうことか、クレアが僕に同意を求めて来る。


「どうなんだ?」

「どうなんです?」


二人は僕をジロリと見る。これではまるで板挟みだ。


気付いた時には手遅れだった。


どうやら、僕はとんでもないことに巻き込まれてしまったのだということに――

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