教育現場の悩みをかいけつするいじめられロボット

ちびまるフォイ

クラスの人間へのいじめはゼロになりました!

「それでは職員会議をはじめます。

 今回の議題は1年1組のいじめについて……」


「本当にいじめは起きてるんですか?」


「残念ながら……。山田くんがいじめられているようです」


「保護者はなんと?」


「本人からは何も伝えてないようで、認識はされてないかと」


「それで……私たち教職員はどうすれば?

 いじめをやめるように言うんですか」


「そんなことすれば、他の保護者がなんていうか。

 "うちの子がいじめに加担したって言うんですか!"と血相変えてくるぞ」


「しかしこのままじゃ……山田くんへのいじめも保護者にバレるだろう」


「そうすれば今度は山田くんの保護者がなんて言うか。

 "どうしていじめを知ってて何もしなかった"と言われそうだ」


「いじめを止めようとしても非難され、

 そのままにしても非難されるのか」


すると、1年1組の担任が立ち上がった。


「みなさん、さっきから誰の話をしてるんですか!!

 山田くんがいじめられているのに保護者の対面ばかり!!

 それでも教師ですか!?」


「まあまあ佐藤先生、おちついて……」


「山田くんはいじめられている!

 その事実さえあれば、守るために動く理由になるでしょう!?」


「だから、我々はどうすれば波風を立たせずに解決できるかを考えているんですよ」


「波風なんかを気にしている場合ですか!?」


「水面下で解決できないと、ますますいじめが陰湿になるんだよ」


誰もが八方塞がりとばかりにうつむいてしまった。

しばらくの静寂のあと、学年主任がつぶやいた。


「……そうだ。いじめロボットを使いましょう」


「え?」


「前に学校へ営業が来ていたんですよ。

 かわりにいじめられるためのロボットの売り込み。

 どうでしょう。ここは実験的に使ってみませんか」


賛成するでも反対するでもないが、

かといって他の案があるわけでもなくいじめロボットは導入されることになった。


数日後、学校には人間とまるで見分けのつかないロボットが到着した。


「すごい……人肌の温度も再現されてる。

 とてもロボットには思えない……」


「佐藤先生、このロボットはあなたのクラスへ編入させます。

 どうか生徒にはロボットということは秘密にしてください」


「……わかりました」


いじめの真っ只中にある1年1組に転校生としてロボットが配属された。


誰もロボットだとわかっていないようで、

休み時間になると転校生の目新しさからクラスメートに囲まれていた。


(そうかいじめロボットが入ることで

 クラスの雰囲気を変えていじめを消すのが効果だったんだ)


佐藤先生はいじめロボットがクラスの空気を変えてくれると信じていた。


けれど、いじめロボットがそんなふうにできていないことは

クラスに入って数日もするとわかるようになった。


いじめロボットはあえてクラスの人気者に反抗していたり、

周りと浮きがちな服装や文房具をあえて持ち込むようになっていった。


コミュニケーションもそっけなく、

誰もが興味をひかれる転校生というポジションを捨て、

いけすかないよそ者という地位を確固たるものにしていた。


やがていじめの矛先は、

どんくさく大人しい山田くんから転校生のロボットへとシフトした。


「やい転校生! お前、雑巾くさいんだよ!」

「くっせぇ~~wwww」

「近づくな! 呪いがうつる!! うわぁ触っちゃったぁwww」


クラスのいじめがロボットに向けられているのを、佐藤先生は遠巻きに見ていた。

そして、職員会議が開かれた。


「それでは職員会議ですが……。

 今回の議題は1年1組のいじめについてですね、佐藤先生?」


「はい。いじめロボットが入ったことで、いじめの矛先は山田くんからロボットになりました」


「良いことじゃないか。これでもう誰も不幸にならない」


「本当にそうでしょうか……。私はこれが良い状態だとは思えません」


「いじめなんて環境がもたらす一時的なものですよ。

 どうせ次のクラス替えが行わればすぐに止みます。何を心配してるんですか?」


「うまく言葉にはできないんですが……」


「それに山田くんも不登校ぎみだったのに、

 最近は登校しはじめている。いい傾向じゃないですか」


「でも、最近はいじめられていたはずの山田くんも

 ロボットに対するいじめを始めているんですよ」


「それはいじめに加担しないと仲間はずれにされるからでしょう?

 いじめそのものは良くないですが、人間がいじめられるよりも、

 ロボットが犠牲になって仲間意識が強まれば儲けものでしょう」


「このままで良いのでしょうか……」


「新卒の教師でもあるまいし、青臭い理想はドラマだけにしてください。

 我々は保護者から子供をあずかっているだけです。親じゃない。

 いじめから守るのは我々教師の義務なんです」


「……」


「さあチャイムもなりました。教室に戻りましょう。

 我々教師は、勉強を教えて、子供を傷つけずに保護者に返す。

 それが求められていることなんですから」


佐藤先生は授業の道具を整理して職員室を出た。

そのとき、職員室に1年1組の女子があわてた顔で走り込んできた。


「せ、せんせい!! 男子が! 男子が!!」


「……?」


その焦った様子と要領の得ない話しぶりに、

クラスでなにかトラブルがあったことを佐藤先生は察した。


急いで1年1組の教室に戻る。


「おいどうした!?」


ドアの向こうではぼうぜんと立ち尽くす山田くんと、

教室の床に血色のオイルを流して倒れているいじめロボットがいた。


山田くんは先生の到着に驚いていた。


「ちが……ちがう。ぼくは、ふざけてやっただけで……」


必死に弁解する山田くんにクラスの女子は敵意むきだしで反論した。


「ちがうもん! 山田くんずっと転校生のこといじめてたもん!」

「私たちやめようって言ったのに山田くんが! ね!?」

「うん! 山田くんが勝手にやったんだもん!」


「山田……これ、お前がやったのか……」


「ぼ、ぼくじゃない! みんな度胸だめしで……。

 それで、ぼ、ぼくの番のときに、たまたま……」


クラスの男子が代わる代わるいじめロボットに暴行していたらしい。


"俺はもっとすごいことができる"とイキった山田くんは、

外にある石のブロックを教室に持ち込み、ロボットにぶつけたのだろう。


「なんてことを……」


いじめロボットは反撃しない。

そもそも攻撃するプログラムもない。


ただ好き勝手サンドバッグのように殴られるために生まれた存在。


「せ、せんせい! はやく病院に!」


「……その必要はない」


ロボットの服の内側にある皮膚に偽装された再起動ボタンを押した。

いじめロボットの目から光が失われ、ふたたび戻る。


『再起動完了。自動修復プログラムを実行します。


 ……、……、……。修復完了。

 

 続いて、前回の強制終了データを読み込みます。

 

 外的な衝撃を検知しました。

 レコーダーのデータを送信しますか?』


佐藤先生はロボットへの答えに詰まった。


いじめロボットにはドライブレコーダー同様に、

衝撃が加わったときにはその前後の映像を記録している。


いじめの現場の証拠としては十分すぎる映像が残っていた。


それでも佐藤先生はロボットに答えた。



「……不要だ。データを削除」



『承知しました。レコーダーデータを消去しました』



ロボットは起き上がったがぎこちなく様子。

教室の子供たちはみんなポカンとしていた。


「みんな、黙っていてすまなかった。

 実は転校生はいじめを受け止めるためのロボットだったんだ」


「し、死んでないの……?」


「ロボットだから死なないよ。

 でももう動かないだろう。こんなことは二度と……」


佐藤先生が言いかけたところだった。

殺人にはならなかったことで安心したのか山田くんは言った。



「先生、それじゃ次のいじめていい奴はいつ持ってきてくれるの!?」



子供たちは皆おもちゃを欲しがるようなキラキラした目を向けた。



佐藤先生はどこで間違えたのか最後までわからなかった。

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